徒然なるままに

古希を迎えた暇人がBlogに挑戦します。日頃の様々な出来事を中心に、感じた事や思う事を表現してみようと思い立ちました。

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親学???

最近 “親学” と云う言葉を見たり聞いたりする機会が増えてきたように感じている。
私は嬉しいことだと受け止めていた。
 何故なら、私の“親学” と云う言葉を以下のように理解していた。

 「“親”と言われて恥じない社会人となるためには(であるためには) “大人”はどうあらねばならないか」を考えること。
ところが、インターネット等で述べられている “親学” はどうも私の思いとは噛み合わないものが多いように感じた。 多くの中から、代表的と思えるものを拝借して以下に紹介する。

“親学”とは…
“親学” とは、子どもにとって親はどうあるべきかを考え、子育ての責務やその楽しさなどについて学ぼうというものです。
子育てに完璧なマニュアルなどありません。どの親も失敗したり、迷ったりしながら、その子にあった子育てを、喜びや時には涙のなかで学んでいくのです。子どもとともに学びあい、自らも一人の人間として成長していくことができれば、きっと素晴らしい親子関係を築くことができるのではないでしょうか。

このような考え方の“親学”の場合、親は人間として、大人として立派な社会人であり、唯一子育ての知識・技能に足りないもがあるので、子供と共に切磋琢磨する事になってしまう。

そもそも “親学” の議論は“教育の再生”の議論から始まったものではなかっただろうか。 誰しもが「親がしっかりしなければ・・・」ということに気がついて始まったものではなかったか。
 私は納得していた。
    子は 親の背中を 見て育つ。
という親の責任の自覚はしっかり残っていると思っていた。・・・・しかし・・・・・

 先日夕刻8時頃、最寄の駅前の海鮮居酒屋に立ち寄った。 案内されて席に落ち着いたが、柵を隔てた隣の席からの予想外の甲高い声に吃驚して、声の方向を見てしまった。
 20歳代の母親が二人と幼稚園年長組位の女の子3人が食事をしており、女の子の一人が何かの駄々をこね、そのお母さんがなだめる、子供が「いやだ!」と喚く、お母さんが「静かにしなさい!」を繰り返す。そのうちにお母さんの科白の中に
  「だから連れて来るのが嫌だった」
  「いくら言っても云う事を聞いてくれないんだから…」
と云うのが始まった。
しかも、これらの科白は連れのお母さんと盛んにおしゃべりしている合間のものである。
実質的には周りの客に対する配慮や気兼ねのようなものは全く感じられない、「利己」の世界に浸っているとしか思えないものであった。
 周りに申し訳ないという気持ちがあれば、子供を外へ連れ出してなだめ、黙らせて来るくらいの事をするのがまともな母親であろう。 
 余程注意しようかと思ったが、店員に状況を話し、私は離れた場所の空いている席へ移動して貰い、やっと落ち着いて食事をした。
連日の報道は、幼児虐待や、親子同士の殺傷、挙句の果てに生後1年にもならない我が子をバイクのヘルメットボックスに押し込んでパチンコや買い物に行き、死なせてしまい、そして遺体を遺棄するという信じられない事件を伝えている。
 明らかに日本人は、何かが変わって(狂って?)しまっている。
読売新聞5月5日朝刊1面の特集記事に、“親学” に深く関わると思える記事が掲載されていたので以下に紹介する。

『日本 第3部 漂流する倫理 弱者への優しさどこへ』 から抜粋
 利己とは逆に、他人の幸福を願う利他の精神。 東洋大の中里至正名誉教授(社会心理学)が手がけてきた日本人の利他心に関する調査の一つに、小学生にゲームをさせ、勝った子が、貰ったチップをどう使うかで思いやりの度合いを測るという実験がある。 1980年代半ばまで、余ったチップを負けた子に分け与えるこの割合は約80%に上ったが、80年代後半に突如40%台に下がってしまった。
 「ここで手を打たなければ殺伐とした社会が到来するという当時の懸念が、現実のものになりつつある」。 中里名誉教授は警告する。

 東大の黒住真教授(日本思想史)によれば、他者への優しさは本来、日本人の重要な特性の一つだったという。 「その根底には、草木など万物に霊魂が宿るというアニミズムの伝統がある。それが人間を含む命あるものへの優しさをはぐくんできた。」

 作家のマークス寿子さん(71)は、3年前に東京の地下鉄で多雨検した出来事が忘れられない。
 足が悪かったマークスさんに席を譲ろうと、前に座っていた男児が腰を浮かした。すると隣の父親がぴしゃりと言った。「お前も疲れているんだから余計なことはしなくていい」
 71年から20年間、英国に滞在したマークスさんは、70年代以前の日本を思い返して、こう言う。
 「相互扶助がなければ生きていけなかった貧しい時代には、弱い立場の人を助ける利他の精神が、当然の規範として人々の心に根付いていた。急激な経済成長を遂げた後も、ある時期までは、親から子へその精神が引き継がれていた」

 しかし、豊かな時代しか知らない世代が親になり、そうした親子間の規範の継承は途絶えた。 「過去に体験していない豊かさの中で、それにふさわしい社会規範を見つけられないまま、日本人はここまで来てしまったのではないか」
 戦後60年を経て、私たちの社会は、規範を再構築する必要に迫られている。

閉じる コメント(3)

親学、私も必要なことだと思っています。子どもたちと接することの多い立場であればあるほど強く感じてしまいます。いつから親が親として学ぶべきことをできなくなったのでしょうね。

2007/5/21(月) 午前 7:01 lily_m123m0m0

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ハウトゥ本が売れる世の中で、ついに親のやり方までマニュアル化しようとしていることは次の時代を考えると殺伐とした気持ちになります。親のやり方云々の前に、親としての自覚が持てないなら、親になるのが間違いですよ。僕は、自分の子育ては試行錯誤でも苦労だと思ったことはないです。(^_^)

2007/5/21(月) 午後 4:04 [ 石川 ]

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momo産、石川さん コメント有難うございます。 私の書き方が舌足らずだったようです。 私が言いたい事は、大人が大人としてしっかりしていれば、子供は大人を尊敬し、信じてついてくるという事なんです。 つまり、「親はどうあるべきか」ではなく「大人はどうあるべきか」という事です。

2007/5/21(月) 午後 8:31 [ xcm**522 ]


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