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何年前になるだろうか。“新宿副都心”と云う言葉が定着した頃、そのビル群の一つの上層階のレストランで食事をしたことがあった。
窓外を眺めると、すぐ目の前に隣のビルが手を伸ばせば届きそうに迫って見える。
その時ふと考えた事を今も引きずっている。
「大きな地震で、これらのビルが前後左右に振れ始めた時に、ビル同士は同じ方向に振れてくれるのだろうか? 夫々がばらばらの方向に振れるとビル同士がぶつかり合う事にならないか?」
最近、東京に出てみると東京駅周辺の超(でもないのか?)高層ビルの乱立ラッシュである。
新宿副都心ほどに密集している感じはしないが、しかしビルの足元を歩いていると“不気味なもの”を感じるのは私だけではないだろうと思う。
総ガラス張りの“超高層”の姿は「壮観」と云える凄い眺めであり、このようなものを企画・設計・製造する関係者の能力も“凄いもの”だと思う。
しかし、一方では「大丈夫か?」と思う不安は常に付きまとう。
その不安を裏付ける一つの例が先日の“絶叫マシンでの死亡事故”である。
たったあの程度のマシンで、点検の基準がどうのとかその点検をやっていたとかいないとか、右往左往の騒ぎをやったが、これもまた人間の(日本人の?)“文明”の実力の一つであることを思い知らされた。
人間の“刺激を追い求める欲望”に追従していると切りがない。その結果の産物の一つが“絶叫マシン”である。
あんなものこそ国家の意思で禁止すべきである。
超高層ビルのスケールは絶叫マシンとは比較にならないほど大きい。
ニューヨークの“9.11”は飛行機を使ったテロだが、超高層ビルが天災や事故で崩壊を始めると“9.11”と同じ事になるのは目に見えている。
数年前に台湾の台北に行く機会があった。 丁度 “台北101” と云うバカ高いビルが完成直前だった。
台湾に対しては失礼な言い方になるだろうが 「果たして、台湾がこの巨大なエネルギーを秘めた建築物を長年に亘って維持管理出来るだろうか?」と素朴な不安を感じた。
今、同じことを自分の国で感じている。
昨年、友人から“台北101”が花火に包まれている動画を見せて貰った。
実に驚いた。あの眺めは、私のように気の小さい人間なら誰でも 「大丈夫??」と思うだろう。
先日、今度は上海で超高層ビル建築ニュースが流れた。
上海ヒルズ(上海環球金融中心)
高さ世界一 492メートル 101階 森ビル
何処までやれば気が済むのだろうか。
「触らぬ神に祟りなし。」
巨大文明に対して、私はこの言葉を処世訓としようと思う。
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