徒然なるままに

古希を迎えた暇人がBlogに挑戦します。日頃の様々な出来事を中心に、感じた事や思う事を表現してみようと思い立ちました。

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給食費、保育費などの不払いをする馬鹿親の存在がニュースになっていたと思ったら、今度は
・ 「うちの子には掃除をさせるな!」
・ 石を投げて教室のガラスを割った子供の親が「石をそこに置いたままにしておく方が悪い!」
と開き直る親がいるというニュースが流れた。

 ここまで脳が軟化した親がいる事に開いた口が塞がらないが、こんな箸にも棒にもかからない“イチャモン話”にまともに付き合う学校や先生の顔も見てみたくなる。
 何故、「そんなくだらない話に付き合うほど退屈はしていません! どうぞお帰り下さい!」 と言えないのだろうか。
 それで馬鹿親が訴訟を起こすのだったら、堂々と受けて立てばいいだけの事ではないのか。

文科省、地方自治体・教育委員会、教職員、PTA等は何を考えているのだろうか。
若しも「法律に決まっていない事は出来ない」と言う発想が基本にあるのだったら、教職の仕事をする資格はないと思うべきである。

 法律の欠陥と馬鹿親から子供を守るのが教職に携わるものの責務である。

 藤原正彦氏の著書「父の威厳 数学者の意地」にあった「そしょうに関する一文を以下に紹介する。

「訴訟を恐れる社会」
法律や契約に違反した場合の訴訟は当然だが、本質的に自己責任あるいは確率論的不運に過ぎぬものを、他人に責任転嫁し金銭をせびり取る、と言う風潮がアメリカを蝕んでいる。

・・・(中略)・・・

論理は確かに有用だが、人間を全てそれで律しようとすると、人と人との間隙が冷却し、必然的に訴訟が多発する。 そのうえ大抵の考えや行為は論理的というだけでよいなら正当化し得るから、なお始末が悪い。

日本はアメリカの最も恥ずべき部分を模倣しようとしていまいか。 学校等は増加する訴訟に対する防御を固めんと、健康維持とか事故防止の大儀の下、生徒管理を徹底させている。 その結果、「個の尊重」は掛け声ばかりとなり、子供達は息苦しさを味わっている。

訴訟の蔓延は人間不信を助長し、自由な言動や行動を束縛し、やがて社会を窒息させる。 日本には古くよりきめ細かな情緒があり、それが人と人との間隙を埋めていた。 「恥」の意識も強い。 アメリカの如く論理のみに頼る必要はない。訴訟およびそれに対する過剰防衛を抑制し、わが国本来の姿に戻るよう、真剣に考えるべき時期に来ていると思う。

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文化の香り

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年末、来たる新年に想いを寄せたカレンダーが沢山、私達の目を楽しませてくれる。
特に、世界遺産のカレンダーには毎年心を動かされる。
動植物達にとっては、はなはだ迷惑で理解に苦しむ事であろうが、私達人間にとっては人種、歴史の違いを超えて貴重な歴史上の財産の一つが世界遺産とされているものであろう。

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ブログに写真を載せる操作が面倒で、今までの投稿はほとんどがおよそ写真とは縁のない内容のものだったが、先日来たまたま自分のデジカメの写真を載せて投稿したのがきっかけで、何となく写真入りのブログの投稿も楽しそうだと思い始めている。

自分の気持ちが、何時どんな風に変わって行くかは分からないが、素直に自分の気持ちに従って、当分の間は自画自賛の写真を載せる記事も投稿することにした。

何年前になるだろうか。“新宿副都心”と云う言葉が定着した頃、そのビル群の一つの上層階のレストランで食事をしたことがあった。
 窓外を眺めると、すぐ目の前に隣のビルが手を伸ばせば届きそうに迫って見える。

 その時ふと考えた事を今も引きずっている。

 「大きな地震で、これらのビルが前後左右に振れ始めた時に、ビル同士は同じ方向に振れてくれるのだろうか? 夫々がばらばらの方向に振れるとビル同士がぶつかり合う事にならないか?」

 最近、東京に出てみると東京駅周辺の超(でもないのか?)高層ビルの乱立ラッシュである。
 新宿副都心ほどに密集している感じはしないが、しかしビルの足元を歩いていると“不気味なもの”を感じるのは私だけではないだろうと思う。
 総ガラス張りの“超高層”の姿は「壮観」と云える凄い眺めであり、このようなものを企画・設計・製造する関係者の能力も“凄いもの”だと思う。

 しかし、一方では「大丈夫か?」と思う不安は常に付きまとう。
 その不安を裏付ける一つの例が先日の“絶叫マシンでの死亡事故”である。
 たったあの程度のマシンで、点検の基準がどうのとかその点検をやっていたとかいないとか、右往左往の騒ぎをやったが、これもまた人間の(日本人の?)“文明”の実力の一つであることを思い知らされた。

 人間の“刺激を追い求める欲望”に追従していると切りがない。その結果の産物の一つが“絶叫マシン”である。
 あんなものこそ国家の意思で禁止すべきである。

 超高層ビルのスケールは絶叫マシンとは比較にならないほど大きい。
 ニューヨークの“9.11”は飛行機を使ったテロだが、超高層ビルが天災や事故で崩壊を始めると“9.11”と同じ事になるのは目に見えている。

 数年前に台湾の台北に行く機会があった。 丁度 “台北101” と云うバカ高いビルが完成直前だった。
 台湾に対しては失礼な言い方になるだろうが 「果たして、台湾がこの巨大なエネルギーを秘めた建築物を長年に亘って維持管理出来るだろうか?」と素朴な不安を感じた。

     今、同じことを自分の国で感じている。

昨年、友人から“台北101”が花火に包まれている動画を見せて貰った。 
実に驚いた。あの眺めは、私のように気の小さい人間なら誰でも 「大丈夫??」と思うだろう。

 先日、今度は上海で超高層ビル建築ニュースが流れた。

  上海ヒルズ(上海環球金融中心)
               高さ世界一 492メートル 101階   森ビル

何処までやれば気が済むのだろうか。

 「触らぬ神に祟りなし。」
 巨大文明に対して、私はこの言葉を処世訓としようと思う。

保育費滞納問題

 学校給食費滞納問題が最近どうなっているのか よく見えなくなっているが、今朝の新聞で他にも似たような問題があるのを知り、腹が立つやら、情けないやら…。

 全国の認可保育園で、ふざけた理由による保育料の滞納があるというのである。
例えば、「パチンコに使ってしまったから払えない。」なんていうのは言い様のない、世の中を舐めた理由ではないだろうか。
こんな親に対して、保育拒否制度を適用することに厚生労働省が児童福祉法違反だと言ってクレームをつけているという。
 また、ある大学教授は、「児童福祉法上、子供は安心して暮らすことを保証されており、滞納を理由に退園させることが福祉の侵害に当たるのは明らか。 自治体は保護者に対し、滞納が自治体財政を圧迫して保育サービスにも悪影響を与える事などをきちんと説明し、自覚を持たせるべきだ。 それでも滞納する保護者については、強制執行などで対応していくしかない。」とのコメントを寄せているが、これは言わずもがなの事ではないか。 自治体が滞納の理由も確かめずに退園させているとでも言いたいのだろうか。 何故わざわざこんな事を言わなければならないのか理解出来ない。

 保育園に入れない待機児童が全国で約2万人に上っている事は周知の事と思うが、 厚労省や上記の教授先生は待機させられている児童や家族は「児童福祉法」に照らしてどういう位置づけになると考えているのだろうか。
 こちらの状況の方がよほど「児童福祉法違反」ではないだろうか。

 公営住宅、水道・電気などの滞納がどう処理されることになっているかと云う事は大いに関係のある事だと思う。よく確かめる必要がある。

 厚労省や教授先生は「木を見て森を見ず。」と云う過ちを犯していないか考えて欲しい。

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