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			<title>徒然なるままに</title>
			<description>現役時代の単身赴任、定年後の中国・台湾での単身生活で自然に身に付いたものだろうと思っていますが、ＴＶを観ていて感じた事の諸々を独り言にする癖になっており、毎日家内から ｢また始まった！　煩い！｣ と小言を言われています。
そんな独り言をBlogに書き込むとどうなるかを試してみようと言う気持で始めます</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>徒然なるままに</title>
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			<description>現役時代の単身赴任、定年後の中国・台湾での単身生活で自然に身に付いたものだろうと思っていますが、ＴＶを観ていて感じた事の諸々を独り言にする癖になっており、毎日家内から ｢また始まった！　煩い！｣ と小言を言われています。
そんな独り言をBlogに書き込むとどうなるかを試してみようと言う気持で始めます</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522</link>
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		<item>
			<title>藤原正彦氏著書抜粋（１）</title>
			<description>給食費、保育費などの不払いをする馬鹿親の存在がニュースになっていたと思ったら、今度は&lt;br /&gt;
・ 「うちの子には掃除をさせるな！」&lt;br /&gt;
・ 石を投げて教室のガラスを割った子供の親が「石をそこに置いたままにしておく方が悪い！」&lt;br /&gt;
と開き直る親がいるというニュースが流れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ここまで脳が軟化した親がいる事に開いた口が塞がらないが、こんな箸にも棒にもかからない“イチャモン話”にまともに付き合う学校や先生の顔も見てみたくなる。&lt;br /&gt;
　何故、「そんなくだらない話に付き合うほど退屈はしていません！　どうぞお帰り下さい！」 と言えないのだろうか。&lt;br /&gt;
　それで馬鹿親が訴訟を起こすのだったら、堂々と受けて立てばいいだけの事ではないのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文科省、地方自治体・教育委員会、教職員、ＰＴＡ等は何を考えているのだろうか。&lt;br /&gt;
若しも「法律に決まっていない事は出来ない」と言う発想が基本にあるのだったら、教職の仕事をする資格はないと思うべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　法律の欠陥と馬鹿親から子供を守るのが教職に携わるものの責務である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　藤原正彦氏の著書「父の威厳　数学者の意地」にあった「そしょうに関する一文を以下に紹介する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「訴訟を恐れる社会」&lt;br /&gt;
法律や契約に違反した場合の訴訟は当然だが、本質的に自己責任あるいは確率論的不運に過ぎぬものを、他人に責任転嫁し金銭をせびり取る、と言う風潮がアメリカを蝕んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・（中略）・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
論理は確かに有用だが、人間を全てそれで律しようとすると、人と人との間隙が冷却し、必然的に訴訟が多発する。　そのうえ大抵の考えや行為は論理的というだけでよいなら正当化し得るから、なお始末が悪い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本はアメリカの最も恥ずべき部分を模倣しようとしていまいか。　学校等は増加する訴訟に対する防御を固めんと、健康維持とか事故防止の大儀の下、生徒管理を徹底させている。　その結果、「個の尊重」は掛け声ばかりとなり、子供達は息苦しさを味わっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
訴訟の蔓延は人間不信を助長し、自由な言動や行動を束縛し、やがて社会を窒息させる。　日本には古くよりきめ細かな情緒があり、それが人と人との間隙を埋めていた。　「恥」の意識も強い。　アメリカの如く論理のみに頼る必要はない。訴訟およびそれに対する過剰防衛を抑制し、わが国本来の姿に戻るよう、真剣に考えるべき時期に来ていると思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/48449734.html</link>
			<pubDate>Fri, 22 Jun 2007 20:19:05 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>文化の香り</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-45-56/xcmjh522/folder/523517/24/48250524/img_0?1181733356&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-45-56/xcmjh522/folder/523517/24/48250524/img_1?1181733356&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-45-56/xcmjh522/folder/523517/24/48250524/img_2?1181733356&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
年末、来たる新年に想いを寄せたカレンダーが沢山、私達の目を楽しませてくれる。&lt;br /&gt;
特に、世界遺産のカレンダーには毎年心を動かされる。&lt;br /&gt;
動植物達にとっては、はなはだ迷惑で理解に苦しむ事であろうが、私達人間にとっては人種、歴史の違いを超えて貴重な歴史上の財産の一つが世界遺産とされているものであろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/48250524.html</link>
			<pubDate>Wed, 13 Jun 2007 20:15:56 +0900</pubDate>
			<category>家庭環境</category>
		</item>
		<item>
			<title>デジカメビギナーの独り言</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-45-56/xcmjh522/folder/523517/15/48136815/img_0?1181295521&quot; width=&quot;500&quot;&gt;&lt;br /&gt;
ブログに写真を載せる操作が面倒で、今までの投稿はほとんどがおよそ写真とは縁のない内容のものだったが、先日来たまたま自分のデジカメの写真を載せて投稿したのがきっかけで、何となく写真入りのブログの投稿も楽しそうだと思い始めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分の気持ちが、何時どんな風に変わって行くかは分からないが、素直に自分の気持ちに従って、当分の間は自画自賛の写真を載せる記事も投稿することにした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/48136815.html</link>
			<pubDate>Fri, 08 Jun 2007 18:38:41 +0900</pubDate>
			<category>家庭環境</category>
		</item>
		<item>
			<title>超高層ビル乱立に素朴な不安</title>
			<description>何年前になるだろうか。“新宿副都心”と云う言葉が定着した頃、そのビル群の一つの上層階のレストランで食事をしたことがあった。&lt;br /&gt;
　窓外を眺めると、すぐ目の前に隣のビルが手を伸ばせば届きそうに迫って見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その時ふと考えた事を今も引きずっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「大きな地震で、これらのビルが前後左右に振れ始めた時に、ビル同士は同じ方向に振れてくれるのだろうか？　夫々がばらばらの方向に振れるとビル同士がぶつかり合う事にならないか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最近、東京に出てみると東京駅周辺の超（でもないのか？）高層ビルの乱立ラッシュである。&lt;br /&gt;
　新宿副都心ほどに密集している感じはしないが、しかしビルの足元を歩いていると“不気味なもの”を感じるのは私だけではないだろうと思う。&lt;br /&gt;
　総ガラス張りの“超高層”の姿は「壮観」と云える凄い眺めであり、このようなものを企画・設計・製造する関係者の能力も“凄いもの”だと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、一方では「大丈夫か？」と思う不安は常に付きまとう。&lt;br /&gt;
　その不安を裏付ける一つの例が先日の“絶叫マシンでの死亡事故”である。&lt;br /&gt;
　たったあの程度のマシンで、点検の基準がどうのとかその点検をやっていたとかいないとか、右往左往の騒ぎをやったが、これもまた人間の（日本人の？）“文明”の実力の一つであることを思い知らされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人間の“刺激を追い求める欲望”に追従していると切りがない。その結果の産物の一つが“絶叫マシン”である。&lt;br /&gt;
　あんなものこそ国家の意思で禁止すべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　超高層ビルのスケールは絶叫マシンとは比較にならないほど大きい。&lt;br /&gt;
　ニューヨークの“９．１１”は飛行機を使ったテロだが、超高層ビルが天災や事故で崩壊を始めると“９．１１”と同じ事になるのは目に見えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　数年前に台湾の台北に行く機会があった。　丁度 “台北１０１” と云うバカ高いビルが完成直前だった。&lt;br /&gt;
　台湾に対しては失礼な言い方になるだろうが 「果たして、台湾がこの巨大なエネルギーを秘めた建築物を長年に亘って維持管理出来るだろうか？」と素朴な不安を感じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　今、同じことを自分の国で感じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨年、友人から“台北１０１”が花火に包まれている動画を見せて貰った。　&lt;br /&gt;
実に驚いた。あの眺めは、私のように気の小さい人間なら誰でも 「大丈夫？？」と思うだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　先日、今度は上海で超高層ビル建築ニュースが流れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　上海ヒルズ（上海環球金融中心）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　高さ世界一 ４９２メートル　１０１階 　　森ビル&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何処までやれば気が済むのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「触らぬ神に祟りなし。」&lt;br /&gt;
　巨大文明に対して、私はこの言葉を処世訓としようと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/48125591.html</link>
			<pubDate>Fri, 08 Jun 2007 06:53:14 +0900</pubDate>
			<category>家庭環境</category>
		</item>
		<item>
			<title>保育費滞納問題</title>
			<description>　学校給食費滞納問題が最近どうなっているのか よく見えなくなっているが、今朝の新聞で他にも似たような問題があるのを知り、腹が立つやら、情けないやら…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　全国の認可保育園で、ふざけた理由による保育料の滞納があるというのである。&lt;br /&gt;
例えば、「パチンコに使ってしまったから払えない。」なんていうのは言い様のない、世の中を舐めた理由ではないだろうか。&lt;br /&gt;
こんな親に対して、保育拒否制度を適用することに厚生労働省が児童福祉法違反だと言ってクレームをつけているという。&lt;br /&gt;
　また、ある大学教授は、「児童福祉法上、子供は安心して暮らすことを保証されており、滞納を理由に退園させることが福祉の侵害に当たるのは明らか。　自治体は保護者に対し、滞納が自治体財政を圧迫して保育サービスにも悪影響を与える事などをきちんと説明し、自覚を持たせるべきだ。　それでも滞納する保護者については、強制執行などで対応していくしかない。」とのコメントを寄せているが、これは言わずもがなの事ではないか。　自治体が滞納の理由も確かめずに退園させているとでも言いたいのだろうか。　何故わざわざこんな事を言わなければならないのか理解出来ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　保育園に入れない待機児童が全国で約２万人に上っている事は周知の事と思うが、　厚労省や上記の教授先生は待機させられている児童や家族は「児童福祉法」に照らしてどういう位置づけになると考えているのだろうか。&lt;br /&gt;
　こちらの状況の方がよほど「児童福祉法違反」ではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　公営住宅、水道・電気などの滞納がどう処理されることになっているかと云う事は大いに関係のある事だと思う。よく確かめる必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　厚労省や教授先生は「木を見て森を見ず。」と云う過ちを犯していないか考えて欲しい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/47871627.html</link>
			<pubDate>Mon, 28 May 2007 05:36:37 +0900</pubDate>
			<category>社会教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>国立病院を受診して思うこと</title>
			<description>喉に異常を感じ、耳鼻咽喉科の医院で診てもらった結果、喉に腫瘍があるとのことで紹介状を持たされ、国立の医療センターへ行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　名前を呼ばれて診察室に入って直ぐ、部屋全体から何か落ち着かないものを感じた。　椅子に腰を下ろして医師に面したときに「ああ、これか」と思ったことは、&lt;br /&gt;
　・　机の上いっぱいに書類が広げられている。&lt;br /&gt;
　・　壁際の書棚は書籍が乱雑な雰囲気で押し込められている。&lt;br /&gt;
　・　足元の使用済み品の容器は投棄したものが溢れている。&lt;br /&gt;
等等・・・・。&lt;br /&gt;
　大病をしたことは無いが、歯科、眼科および行きつけの内科の医院には定期、不定期に行くことがあるが、こんな風景・雰囲気の診察室にお目に掛かった事は無いと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　兎も角、診察さえ確かなら風景・雰囲気は二の次の事と思いながら診察を受けることにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最初の問診から実際の診察に移ったあたりから、私の「？？？」がまた始まった。&lt;br /&gt;
　医師が、次の作業に入る際に、頻繁に探し物をするのである。　極めつけは、鼻から喉へカメラを入れた時であった。　部品か用具かわからないが、看護師さんに何かを持って来るよう指示し、看護師さんが急ぎ足で何処かへ去った。　&lt;br /&gt;
　看護師さんが中々戻って来ないのである。　その間医師は鼻から入れたカメラを構えたままじっと待っているのである。&lt;br /&gt;
　何分待っただろうか。　業を煮やした医師はいったんカメラを抜いた。　看護師さんが戻ってこないので医師一人である。　また探し物か何かで看護師さんの手が必要になったようで、「すみません！　誰か来て！」と大きな声を出したりし始めた。&lt;br /&gt;
　看護師さんが何かを持って戻ってきた。　どうやら腫瘍部分からサンプルを採取したかったようで、再度カメラが鼻から挿入された。　ところが、採取は満足できる状態では出来なかった様で、口から直接採取する事になってやっと診察が完了した。&lt;br /&gt;
　最後に、採取したサンプルを入れた透明の容器を手に取った医師が「アレッ！」と声を出し、容器の中を眺め始めた。　堪りかねて私は「サンプルが無いんですか？」&lt;br /&gt;
と聞いてしまった。　「そうではない」というご返事だったので、私の質問は余計なことだったと自分に言い聞かせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　何とも後味の悪い診察だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　現役時代に仕事の関係で通産省によくお邪魔したことがあり、その頃の通産省のオフィスのあらゆる所が書類の山だったことを思い出した。&lt;br /&gt;
「こんな状態でよく仕事が出来るなあ・・・」と云うのがその時の感想だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　国立病院の職員は医師を含め全て公務員なのかどうか知らないが、現在住んでいる町の区役所の職員の応対がそうだし、通産省の事務職員の対応もそうだし、そして今回の医療センターの職員もそうだが、応対の中に｢温か味｣を感じる事が中々無い。　これは、民間企業の世界に行った時には全く感じない肌合いである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　民間人と公務員の間には、何かしら基本的に対立するものがあるように思えてならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは恐らく民間人は｢法律の欠陥から苦しめられている｣立場であり、公務員は｢法律を盾にして生きている｣立場だという違いであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夜が遅くなりました。　この続きは明日にします。　おやすみなさい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/47795819.html</link>
			<pubDate>Thu, 24 May 2007 21:09:49 +0900</pubDate>
			<category>社会教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>親学？？？</title>
			<description>最近 “親学” と云う言葉を見たり聞いたりする機会が増えてきたように感じている。&lt;br /&gt;
私は嬉しいことだと受け止めていた。&lt;br /&gt;
　何故なら、私の“親学” と云う言葉を以下のように理解していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「“親”と言われて恥じない社会人となるためには（であるためには） “大人”はどうあらねばならないか」を考えること。&lt;br /&gt;
ところが、インターネット等で述べられている “親学” はどうも私の思いとは噛み合わないものが多いように感じた。　多くの中から、代表的と思えるものを拝借して以下に紹介する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“親学”とは… &lt;br /&gt;
“親学” とは、子どもにとって親はどうあるべきかを考え、子育ての責務やその楽しさなどについて学ぼうというものです。&lt;br /&gt;
子育てに完璧なマニュアルなどありません。どの親も失敗したり、迷ったりしながら、その子にあった子育てを、喜びや時には涙のなかで学んでいくのです。子どもとともに学びあい、自らも一人の人間として成長していくことができれば、きっと素晴らしい親子関係を築くことができるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 このような考え方の“親学”の場合、親は人間として、大人として立派な社会人であり、唯一子育ての知識・技能に足りないもがあるので、子供と共に切磋琢磨する事になってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも “親学” の議論は“教育の再生”の議論から始まったものではなかっただろうか。　誰しもが「親がしっかりしなければ・・・」ということに気がついて始まったものではなかったか。&lt;br /&gt;
　私は納得していた。&lt;br /&gt;
　　　　子は 親の背中を 見て育つ。&lt;br /&gt;
という親の責任の自覚はしっかり残っていると思っていた。・・・・しかし・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　先日夕刻８時頃、最寄の駅前の海鮮居酒屋に立ち寄った。　案内されて席に落ち着いたが、柵を隔てた隣の席からの予想外の甲高い声に吃驚して、声の方向を見てしまった。&lt;br /&gt;
　２０歳代の母親が二人と幼稚園年長組位の女の子3人が食事をしており、女の子の一人が何かの駄々をこね、そのお母さんがなだめる、子供が「いやだ！」と喚く、お母さんが「静かにしなさい！」を繰り返す。そのうちにお母さんの科白の中に&lt;br /&gt;
　　「だから連れて来るのが嫌だった」&lt;br /&gt;
　　「いくら言っても云う事を聞いてくれないんだから…」&lt;br /&gt;
と云うのが始まった。&lt;br /&gt;
しかも、これらの科白は連れのお母さんと盛んにおしゃべりしている合間のものである。&lt;br /&gt;
実質的には周りの客に対する配慮や気兼ねのようなものは全く感じられない、「利己」の世界に浸っているとしか思えないものであった。&lt;br /&gt;
　周りに申し訳ないという気持ちがあれば、子供を外へ連れ出してなだめ、黙らせて来るくらいの事をするのがまともな母親であろう。　&lt;br /&gt;
　余程注意しようかと思ったが、店員に状況を話し、私は離れた場所の空いている席へ移動して貰い、やっと落ち着いて食事をした。&lt;br /&gt;
連日の報道は、幼児虐待や、親子同士の殺傷、挙句の果てに生後１年にもならない我が子をバイクのヘルメットボックスに押し込んでパチンコや買い物に行き、死なせてしまい、そして遺体を遺棄するという信じられない事件を伝えている。&lt;br /&gt;
　明らかに日本人は、何かが変わって（狂って？）しまっている。&lt;br /&gt;
読売新聞５月５日朝刊１面の特集記事に、“親学”　に深く関わると思える記事が掲載されていたので以下に紹介する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『日本　第３部　漂流する倫理　弱者への優しさどこへ』 から抜粋&lt;br /&gt;
　利己とは逆に、他人の幸福を願う利他の精神。　東洋大の中里至正名誉教授（社会心理学）が手がけてきた日本人の利他心に関する調査の一つに、小学生にゲームをさせ、勝った子が、貰ったチップをどう使うかで思いやりの度合いを測るという実験がある。　１９８０年代半ばまで、余ったチップを負けた子に分け与えるこの割合は約８０％に上ったが、８０年代後半に突如４０％台に下がってしまった。&lt;br /&gt;
　「ここで手を打たなければ殺伐とした社会が到来するという当時の懸念が、現実のものになりつつある」。　中里名誉教授は警告する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東大の黒住真教授（日本思想史）によれば、他者への優しさは本来、日本人の重要な特性の一つだったという。　「その根底には、草木など万物に霊魂が宿るというアニミズムの伝統がある。それが人間を含む命あるものへの優しさをはぐくんできた。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　作家のマークス寿子さん（７１）は、３年前に東京の地下鉄で多雨検した出来事が忘れられない。&lt;br /&gt;
　足が悪かったマークスさんに席を譲ろうと、前に座っていた男児が腰を浮かした。すると隣の父親がぴしゃりと言った。「お前も疲れているんだから余計なことはしなくていい」&lt;br /&gt;
　７１年から２０年間、英国に滞在したマークスさんは、７０年代以前の日本を思い返して、こう言う。&lt;br /&gt;
　「相互扶助がなければ生きていけなかった貧しい時代には、弱い立場の人を助ける利他の精神が、当然の規範として人々の心に根付いていた。急激な経済成長を遂げた後も、ある時期までは、親から子へその精神が引き継がれていた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、豊かな時代しか知らない世代が親になり、そうした親子間の規範の継承は途絶えた。　「過去に体験していない豊かさの中で、それにふさわしい社会規範を見つけられないまま、日本人はここまで来てしまったのではないか」&lt;br /&gt;
　戦後６０年を経て、私たちの社会は、規範を再構築する必要に迫られている。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/47707129.html</link>
			<pubDate>Mon, 21 May 2007 06:41:31 +0900</pubDate>
			<category>社会教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>憲法施行６０周年</title>
			<description>美しい日本への再生を目指している阿倍総理が「改憲」に強い意欲を示している。&lt;br /&gt;
　大いに頑張ってほしいと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「改憲」というと、憲法９条とか集団的自衛権のことが真っ先に頭に浮かぶが、もっと基本的なことに「教育の再生」が「改憲」の工程の中で常に意識にあり、議論されていって欲しいと思っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　先日実施された全国学力テストについては未だにその実施に反対する（日教組関連？）変な教師がいる事に奇異なものを感じている。&lt;br /&gt;
　日教組とかＰＴＡという活動団体(？)は要は現行憲法の保護の下にあることが団体が今の日本にとって、極端にいえば「邪魔もの」になっていても手を出せないという、厚い壁に囲まれていると考えるのは乱暴だろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　もう一つ、公務員制度改革に関連して 『中央省庁は今、どこも似たような悩みを抱えている。若手官僚の質の低下や“公務員離れ”だ。　多くの幹部が現状を「危機的」と表現する。』（５月３日読売朝刊から引用） という意味の記事や発言が多くなっている。&lt;br /&gt;
　私は、ここでいう「官僚の質」とは何かと問い直す時期が来ているのだと思う。&lt;br /&gt;
同時に、その内容の善し悪しは別にして、「官僚の質」が変わったのは矢張り「教育の質や厳しさ」がレベルダウンしたことが背景にあると思っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「子は親の背中を見て育つ」ことは否定出来ない事実であり、だからこそ今の子供達に一刻でも早く「再生した教育」を施し、「美しい日本」の礎になって貰いたいと願っている。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/47260254.html</link>
			<pubDate>Thu, 03 May 2007 06:49:34 +0900</pubDate>
			<category>政党、団体</category>
		</item>
		<item>
			<title>テレビ “大食い番組”の意義は何か？</title>
			<description>　アフガニスタンで空爆が始まった頃、次の様な報道を皮肉る川柳を 何かで見かけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　アフガンの 裏で 大食い選手権&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　テレビが、連日のようにアフガニスタンの空爆と国民の悲惨さを報道しているとき、裏番組では、大食い選手権番組が華やかに流れていた。当時、大食い競争番組はどちらかと言うと人気番組だった様に思う。&lt;br /&gt;
　その後、だいぶ低調になったように感じ、“罰当たり競争”がなくなりつつあるのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。&lt;br /&gt;
　最近も若い女の子が大皿に盛りつけた焼きソバにかぶりついている様子を見せている番組があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　こんな番組を目にする度に、「この放送局は、この内容で視聴者に何を伝えようとしているのだろうか？　そんな事は関係なく“面白ければ（視聴率が上がれば）何でもいい”という事だろうか。&lt;br /&gt;
　放送局が死守しようとしているように見える報道の自由に関する倫理観とはその程度のモノなのだろうか？&lt;br /&gt;
　「国民の”知る権利”を護る」という大義名分に隠れて“下らない情報の押し売り”をしている事になっているとしたら、視聴者（国民）はたまったものではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　下らない番組と共に、毎日続く不必要なほどにくどい様々な事件報道を思うにつけ、大宅壮一さんが言われた『一億 総白痴化』が現実のものになりつつあるような錯覚に陥る事がある。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/46672038.html</link>
			<pubDate>Tue, 10 Apr 2007 08:32:30 +0900</pubDate>
			<category>社会教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>タミフルと厚生労働省</title>
			<description>　「中身を見る視点が欠けていた。」&lt;br /&gt;
　これは先日、タミフルを１０代のインフルエンザ患者には原則使用禁止とする発表をした時の厚労省幹部の発言の一部である。&lt;br /&gt;
　これは日本語だろうか？　それとも官僚の高度な専門言葉なのか？&lt;br /&gt;
　少なくとも、私たちの普段の会話や文書・報道の中ではお目にかかれない日本語である。&lt;br /&gt;
　意地悪く取ろうと思えば、後でどうにでも言い抜けできる言い回しが出来るように苦心した「日本語」に聞こえる。「言語明瞭、意味不明瞭」を絵に書いたような傑作に見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　昨日、その後の厚労省の調査結果は発表された。&lt;br /&gt;
　異常行動１２８例の内訳は、１０代が５７人（４４．５％）、１０歳未満が４３人（３３．６　％）両方を合わせて８８％との事で、この数字に対して大方の人は「やっぱり！」と言う印象を持ったのではないだろうか。&lt;br /&gt;
　ところが、昨日までの結論には１０歳未満に対するアクションは全く見えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　タミフル問題に対し、厚労省の腰が引けている印象は初めからあったが、まだまだその心理状態は続きそうである。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　これでいいのだろうか？？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/xcmjh522/46553806.html</link>
			<pubDate>Thu, 05 Apr 2007 20:02:00 +0900</pubDate>
			<category>子どもの病気</category>
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