宇田川耕一の「天まで昇れ札響通信」

札幌交響楽団の更なる飛翔(昇天ではありません)を願い、ほぼ全てのコンサートをレビュー!

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プレイバック09年⇔09年度の札響定期演奏会は、昨年、首席客演指揮者に就任したチェコの巨匠ラドミル・エリシュカの指揮で幕を開けた。ヤナーチェクの組曲「利口な女狐の物語」(ターリッヒ編)、モーツァルトのバイオリン協奏曲第3番、ドボルザークの交響曲第7番というプログラムで、協奏曲のソリストには木嶋真優を迎えた。

音楽監督の尾高忠明が、日本ではほとんど知られていなかったチェコの指揮者エリシュカの演奏録音を聴き、「これは大変な指揮者だ。ぜひ札響を指揮していただきたい」と定期演奏会に招いたのが06年12月のこと。その慧眼どおり、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」などで圧倒的な名演奏を繰り広げたエリシュカは、異例のスピードで首席客演指揮者に迎えられた。

このエピソードと評判は日本中を駆け巡り、NHK交響楽団の定期演奏会にも登場。その演奏がNHK教育テレビの「N響アワー」で放映され、キタラにも東京から多くの音楽関係者が駆けつけるなど、地味ながらも「エリシュカブーム」が起きている。

ヤナーチェク作品は、そのエリシュカが情熱を傾けるチェコの音楽だけあって、経験に裏打ちされた解釈は説得力十分。札響の響きが、以前キタラで聴いた本場の名門オーケストラ、チェコ・フィルハーモニーとそっくりになっていることに驚かされた。これもエリシュカ効果であろう。

続くモーツァルトは木嶋のソロが力演ではあったが、前後のチェコ音楽に比べると、やや特徴に乏しい演奏になっていたのが物足りなかった。

ところで、エリシュカの練習指導には「妥協」という文字がない。満足がいくまで繰り返し演奏する。その成果は、後半のドボルザークでも存分に発揮されていた。舞曲のリズムをしっかりと刻んだ第3楽章では、チェコ音楽特有の哀愁が感じられ、続く第4楽章は、劇的な表現で壮大なクライマックスを築いた。

何よりも素晴らしいのは、エリシュカの指揮がどれほど激しい表情をみせても、札響が音のうるおいを失わないことである。両者の幸福な結びつきが、昨年よりも一層強くなっていることを感じさせる充実した演奏会だった。
 
※当コラムは新聞掲載記事をもとに、筆者自身がリライトしております。オリジナルの著作権は写真(筆者撮影)も含め毎日新聞社にあります。無断転載は固くお断りします。
プレイバック08年⇔ラドミル・エリシュカの札響「首席客演指揮者」就任記念公演、第508回定期演奏会(キタラで11、12日)は、圧倒的な名演奏が聴衆を魅了し記憶に残る2日間となった。

1931年生まれのチェコの指揮者。ロシアや東欧諸国が「鉄のカーテン」の向こう側だった頃は「知られざる巨匠」が突然西側に現れることがあった。しかし「21世紀になってからはもうないだろう」と思っていたところに、登場したのがエリシュカである。2006年12月に札響定期演奏会を指揮、その名演が大評判となりいち早く実力を認めた札響は、首席客演指揮者としてエリシュカを迎えることになった。

一曲目からヤナーチェクの狂詩曲「タラス・ブーリバ」という意欲的な選曲。さすがに難曲だけあって初日は硬さがあったが、二日目は完璧に仕上げたあたりは、札響との相性が抜群であることがうかがえる。

ソリストに伊藤恵を迎えてのモーツァルトのピアノ協奏曲第24番では、積極的な伊藤のソロに流れをまかせているようで、要所はピシリと手綱を締める。サバリッシュなど巨匠との共演経験が豊富な伊藤も面目躍如、こちらも指揮者に逆らわずに、随所に「短調のモーツァルト」特有の暗い音色を響かせ、強烈な存在感をアピールした。

そして圧巻は後半のドボルザーク・交響曲第6番。音楽の若々しさは年齢を感じさせず、テンポや音量の変化を巧みな指揮で表現する。メロディーの歌わせ方は息が長いが、それでいて弛緩する部分は全く無いのが特徴で、小気味良くフレーズを刻んでいく。弦楽器を中心とする音色の重なりにも、隅々にまで神経が行き届いている。
 
それら全てがドボルザークの作品を生かすことにのみ奉仕し、聴き手は「なんて美しい音楽だろう」と思わずにはいられないのだ。これ以上、何を求めることがあろうか。

練習も見たが団員への要求レベルはかなり高く、各奏者のパート譜に直接指示を書き込むことも。それだけに本番で期待に見事に応えた札響には、エリシュカも心底感動したようであった。終演後には指揮台から離れ各奏者のもとに歩み寄り、健闘を称えていた。
 
※当コラムは新聞掲載記事をもとに、筆者自身がリライトしております。オリジナルの著作権は写真(筆者撮影)も含め毎日新聞社にあります。無断転載は固くお断りします。
「札響の森へ」季刊ゴーシュ≪2010春 第21号≫より(敬称略)
――まず、指揮者のお二人に今年度の抱負をお願いします。
 
尾高忠明(音楽監督) 今年1月からNHK交響楽団の正指揮者とオーストラリアのメルボルン交響楽団の首席客演指揮者に就任しました。しかし、札響との契約も5年間延長しましたし、活動の中心はあくまでも札響であることに、何ら変わりはありません。何といっても2011年には創立50周年を控えているので、その足固めをする意味でも、とても大事な一年であると思っています。
 
高関健(正指揮者) 今年はシューマンの生誕200年なので、5月の定期で交響曲第3番「ライン」を取り上げます。昨年はオペラを数多く指揮しましたが、今年はキタラ主催の「フィガロの結婚」のみです。来年は、尾高さんに声をかけていただき、初めて新国立劇場で「夕鶴」を振ります。
 
――日本人作曲家の作品もありますね。
 
高関 5月に柴田南雄さんの「シンフォニア」を指揮します。柴田先生には学生時代に少しだけ、授業で教わったことがあります。この頃作曲された日本人による作品には、独特の魅力があります。
 
尾高 あの頃はみんなパッションが強くありました。作曲家が真っ向から勝負していた時代です。
 
――定期初登場の指揮者・ソリストが多くフレッシュな顔触れになりました。
 
尾高 日系カナダ人のデリック・イノウエさん(10月定期に登場)は、私も少し教えた人ですが、どこか元首席指揮者の秋山和慶さんに似ています。その意味でも札響には相応しいのではないでしょうか。昨年一度札響を指揮してもらったのですが、お客さんや団員からも大好評で、定期公演への抜擢になりました。
 
宮下(札響事業部) ブルガリア出身の指揮者ロッセン・ゲルゴフさんと、トランペットのフランシスコ・フローレスさん(12月定期)は、ともに1981年生まれです。ゲルゴフさんはウィーンで活躍中、フローレスさんは今話題になっているベネズエラの、シモン・ボリバル響のスター・トランペッターです。
 
尾高 スペインで活躍する指揮者のエイドリアン・リーバーさん(11年1月定期)は経験豊富でレパートリーも多彩です。注目の若手ピアニスト、河村尚子さんとのブラームスのピアノ協奏曲第1番は、彼女の良さを引き出そうという狙いの選曲でしょう。
 
――今年は生誕150年、来年は没後100年のマーラー・イヤーですね。
 
尾高 9月に私が交響曲第3番、来年3月には高関さんが交響曲第7番と、あまり演奏されない2曲をあえて取り上げます。
 
高関 第7番は今までに3回指揮しています。そして今年度だけで札響も入れると3回取り上げます。この曲を振りたいという指揮者が少ないのでしょう。でも、本当はとても良い曲なので、ぜひ実演で聴いていただきたいですね。
 
尾高 オーケストラにとっては、実力のバロメーターにもなるので、気合を入れて取り組みます。期待して下さい。
 
 
※当コラムは「季刊ゴーシュ」掲載記事をもとに、筆者自身がリライトしております。オリジナルの著作権は「季刊ゴーシュ編集委員会」にあります。無断転載は固くお断りします。
 
音楽監督の尾高忠明が登場、三善晃「交響三章」とラフマニノフ「交響曲第2番」という近・現代の名曲を並べた意欲的なプログラムである(敬称略)。
 
三善晃「交響三章」 ★★★★☆
ラフマニノフ「交響曲第2番」 ★★★★★
(10点満点 ★=2点 ☆=1点)
 
定期公演では珍しいが、社団法人日本オーケストラ連盟が全国で展開している「オーケストラの日」の協賛事業として、休憩前に尾高による指揮者トークコーナーが設けられた。それによると「交響三章」はオーケストラのみならず指揮者にとっても、技巧的に大変な難曲であるという。「何しろ一つ振り間違えたら、もう終わりです。この曲を振る時はいつも2、3日前から胃が痛くなります」とのこと。尾高ほどの名手をしてこう言わしめるのだから、50年前の作曲とはいえ相当手強い作品である。
 
しかし、その難曲をむしろ軽々と演奏しているかのように聴かせてしまうこと自体が、現在の札響の好調を物語る。首席奏者に名手を揃えていないと、この曲はまず演奏不可能であろう。作曲家と親しい尾高の入念なスコアの読み込みも深く、聴衆を「三善ワールド」に引き込むのに十分である。尾高は「もう、こんな大変な曲はこれを最後にしたい」と冗談めかして述べていたが、そんな事を言わず、ぜひ再演していただきたい。
 
ラフマニノフの代表作「交響曲第2番」、約1時間の大曲が後半に演奏された。尾高が指揮するラフマニノフは、私にとっては「特別な存在」である。05年に聴いた札響定期での「パガニーニの主題による狂詩曲」は、涙が出るほどに美しい情感に溢れた演奏で、未だに忘れることが出来ない。

今回は、それをも上回る名演奏!特に、静かな序奏から息もつかせぬように緩急の波が押し寄せる劇的な第1楽章が絶品。ラフマニノフと言うと、どうしても「保守的」、「ロマンティックだが軽い」といったレッテルを貼られがちだが、そんな事をいう人にこそ、この熱い演奏を聴いてほしい。指揮者の深い共感がオーケストラを通して聴衆に伝わっていく。そんな幸福な時間が過ぎていくのである。
 
ただし、曲自体に冗長な部分が皆無というわけにはいかず、第4楽章などは尾高+札響をもってしても、やや持て余す部分もあった。しかし、この長大な曲で最後まで緊張感が全く切れなかったのは称賛に値する。終演後は「ブラボー」の声が飛び交い、大歓声に包まれたのも当然である。
プレイバック09年⇔08年度定期演奏会の締めくくりはブラームスとベートーべンの名曲による重厚なプログラム。客演のハンス=マルティン・シュナイトの指揮、ソリストに07年チャイコフスキー国際コンクールで優勝したバイオリンの神尾真由子を迎えた(3月20、21日、キタラ)。
 
前半はこのジャンルでも屈指の名曲として知られるブラームスのバイオリン協奏曲、実力者の神尾にはピッタリの選曲である。札響は抑えた音色で静かに曲を開始した。シュナイトの指揮はゆったりとしたテンポ設定が特徴である。札響の透明感あふれる音色と相まって、テンポは遅いが粘らない独特の世界が現れた。

そこに決然とした神尾のソロが加わると、音楽が一段階深くなる印象である。とにかく気迫が尋常ではない。音色が美しさを失うギリギリのところまで、ひたすら集中してバイオリンを鳴らしきる様子は、聴き手にも並々ならぬ緊張を強いる。それでも音楽が窮屈にならないのは、シュナイトが指揮する札響による豊かな響きに包まれているためだろうか。逆にその緊張が心地良く感じられるほどであった。 

後半のベートーベン交響曲第6番「田園」は、ソリストがいないこともありシュナイトの意図はより徹底していた。前半同様ゆっくりとしたテンポで、今はあまり聴かれなくなった巨匠的な演奏になっていた。しかし、首を傾げるような瞬間もあった。特に1日目は札響が指揮に完全にはついていけず、3楽章ではアインザッツ(フレーズの出だし)が揃わないところもあった。2日目はかなり改善されたとはいえ、違和感を拭うところまではいかなかったのが残念である。

全曲の終結部での祈るようなシュナイトの指揮はすばらしく、強く印象に残った。いずれにせよ、きわめて個性的なシュナイトとの共演は、札響にとっては新鮮かつ貴重な体験になったのではないだろうか。
 
※当コラムは新聞掲載記事をもとに、筆者自身がリライトしております。オリジナルの著作権は写真(筆者撮影)も含め毎日新聞社にあります。無断転載は固くお断りします。

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