宇田川耕一の「天まで昇れ札響通信」

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札響演奏会レビュー

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「名曲シリーズ」今シーズンの第1回のタイトルは「白夜の北方圏」、尾高忠明指揮によるロシア・北欧の名曲集である。ピアノ独奏に清水和音を招き、チェロ独奏には石川祐支(札響首席奏者)が登場した。リャードフ「魔法にかけられた湖」、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」、グリーグ「抒情組曲」、「二つの悲しい旋律」、シベリウス「二つの荘重な旋律」、交響詩「夜の騎行と日の出」という曲目であった(敬称略)。
 
リャードフ「魔法にかけられた湖」 ★★★☆
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」 ★★★★
グリーグ「抒情組曲」ほか ★★★★☆
シベリウス「二つの荘重な旋律」ほか ★★★★☆
(10点満点 ★=2点 ☆=1点)
 
まず、注目は前半のラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」である。尾高−清水という豪華な組み合わせで悪かろうはずはない。清水のピアノは、ロマンティックというよりも直截な表現でグイグイと進んでいく。ただ、テクニックは完璧で気持ちの良いぐらいだが、ラフマニノフにはもう少しほの暗い不健康さがあってもよいのではないだろうか。
 
ところで、このコンサートの演奏曲目をみて「おや、名曲シリーズにしては珍しい曲が多いな」と感じた人も多いだろう。有名曲はラフマニノフだけといってよく、他は滅多に演奏されないものばかりである。
 
尾高の舞台上での解説によれば「始まる前は集客も含め、不安でいっぱいでした。この選曲ではたしてお客様が集まり、また、喜んでいただけるだろうか。しかし、その心配は杞憂に終わりました。客席は一杯だし、大きな拍手をいただいていることに安堵しています」とのことである。
 
確かに、有名曲ばかりが「名曲」ではない。1曲目のリャードフも小品だが、まさに「魔法にかけられた湖」というタイトル通りの神秘的な雰囲気をもった作品である。それ以上に、後半演奏されたグリーグやシベリウスの作品がどれをとっても素晴らしい。ギリギリまで抑制された弦楽器の弱音が、キタラの音響の良さにも助けられ、あたかも白夜の地にいるかのような錯覚をもたらす。
 
聴き慣れた名曲が並んだコンサートが、必ずしも聴衆の心を打つとは限らない。むしろ、観客席に媚びない姿勢が強い共感と感動を生むこともある。そのことを再認識させられたという意味でも、貴重な演奏会であった。
第24回を迎えた「道銀ライラックコンサート」、指揮は札響正指揮者の高関 健、チェロ独奏は札響首席奏者で、道銀芸術文化奨励賞を受賞した石川祐支がつとめた(敬称略)。
 
「セヴィリアの理髪師」序曲 ★★★★
ラロ「チェロ協奏曲」 ★★★☆
ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」 ★★★★☆
(10点満点 ★=2点 ☆=1点)
 
ロッシーニの歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲で幕開け。高関は昨年の「名曲シリーズ」でもロッシーニの序曲をまとめて取り上げるなど、イタリア物にも強い。軽快なリズムに乗って、ロッシーニ特有の思わず口ずさみたくなるような名旋律が駆けめぐる。これならば、「名曲シリーズ」のような指揮者による解説は不要であろう。
 
ラロの「チェロ協奏曲」はプログラムの解説によれば代表作とのことだが、私は今回初めて聴く曲である。ラロといえば、何といっても「スペイン交響曲」(ヴァイオリン協奏曲第2番)が有名である。「チェロ協奏曲」にも、「スペイン交響曲」同様に、スペインを思わせる明るい旋律や軽やかなリズムが溢れていて、聴いていて楽しい。
 
ソリスト、オーケストラ共に弾き慣れた曲とは(多分)いえないので、そのためか、ところどころに表情の硬さも見られた。しかし、あえてこの曲を取り上げた意欲には敬意を表したい。
 
休憩をはさんで、後半はベートーヴェン交響曲第3番「英雄」。高関は大阪センチュリー交響楽団と2002年頃にベートーヴェン交響曲全集を録音していて、それらのCDは私の愛聴盤である。今回もベーレンライター版に基づくすっきりとした表現で、表面的には大きな違いは無いようにみえる。
 
だが、私は今回の実演から、CDでの演奏を大きく上回る感銘を受けた。CDと実演、あるいはオーケストラの違いもあるのだろう。しかしそれ以上に、均整を保った端正な表現のところどころから、溢れ出るような熱い感興が感じられ(ちょっと意外ではあったが)、そこに大いに共感をおぼえた。
 
 
指揮とお話に「アキラさん」こと宮川彬良を迎えた特別演奏会「アキラさんのモダン・コンサート2010」を聴いた。アキラさんの名編曲と新井鴎子の巧みな構成は今回も見事に決まり、理屈抜きで楽しめる2時間となった(敬称略)。
 
「第1部」ミュージカル、スクリーンから ★★★★☆
「第2部」東京・大阪 そして札響 ★★★★
(10点満点 ★=2点 ☆=1点)
 
大型連休入り直前、しかも例年になく寒く小雨がぱらつくという最悪のコンディションで、毎回完売を誇るこの公演にも今回は若干の空席が見られた。それでも人気はさすがで、ステージ袖からアキラさんが登場するだけで、自然に拍手と笑い声が起こる。
 
タイトルからは分かりにくいかもしれないが、このコンサートは、ポピュラー音楽やクラシックの名曲をフル・オーケストラにアレンジして聴かせるという、いわゆる「ポップス・コンサート」とは一味違う工夫が加えられているのが特徴である。
 
たとえば、前半の第1部では「半音」をテーマに、作曲家が「愛情表現」にいかに「半音」を上手く使っているかを、自らピアノを弾きながら解説する。ベートーヴェンの「エリーゼのために」を用いて、出だしのフレーズを「うじうじうじうじじ〜」と節をつけながら弾き語りする。それだけで、いかにもベートーヴェンらしい、不器用な愛情表現が一発で客席に伝わる。
 
その解説があればこそ、ルグラン:シェルブールの雨傘やマンシーニ:ひまわりなどの選曲が生きてくる。これらの曲にも、確かに半音が効果的に使われている。作曲家・宮川彬良の分析力が、このコンサートを一本筋の通ったものにしているのである。
 
後半の第2部も同様の趣向だが、こちらはやや凝りすぎの感もあった。「東京ドドンパ娘」などは、もう少しストレートな表現でも良かったのではないかとは思う。しかし、ここでもアキラさんの意図は徹底していて、「表現者としての強い意欲」は十分に伝わった。
 
プロ中のプロによる、表面的には面白いがじつは真剣な再現芸術の凄みに、思わず背筋を伸ばす瞬間が幾度となくおとずれた。
2010年度の定期演奏会シーズンは、首席客演指揮者ラドミル・エリシュカによるチェコ音楽で開幕した。曲目はドヴォルジャーク序曲「謝肉祭」、「交響曲第5番」、そしてヤナーチェク「シンフォニエッタ」 である(敬称略)。17日昼の公演を聴いた。
 
ドヴォルジャーク序曲「謝肉祭」 ★★★★
ヤナーチェク「シンフォニエッタ」 ★★★★☆
ドヴォルジャーク「交響曲第5番」 ★★★★★
(10点満点 ★=2点 ☆=1点)

エリシュカと札響の幸福な出会いと絶妙な関係については、すっかり有名になった。とはいえ、華やかなスター指揮者ではなく、英語もほとんど話せない。そのためリハーサルも当初は困難が多かったが、共演を繰り返すたびに、意思の疎通もスムーズになってきたようである。

以前に練習風景を見たが、とにかく妥協しない指揮者である。自分のイメージが強固にあって、ひたすらそれを実現しようとするプロセスの繰り返しである。ただ、その表現の仕方に嫌みがなく、作品の偉大さに迫ろうとする強い意欲が伝わるので、団員も(楽ではないだろうが)しっかりとついていく。今回は、演奏機会の少ないドボルジャークの交響曲第5番がメインということで、エリシュカの要望により練習日も一日多く取ったという。ここまでの準備をした演奏が、悪かろうはずはない。
 
そして本番はその期待通り、いや期待以上!まさにシーズン開幕に相応しい、目を瞠るような美しい演奏となった。 「謝肉祭」序曲冒頭から、やや硬質ながらも雰囲気のある豊かな音楽が流れ出す。尾高忠明音楽監督や高関健正指揮者が指揮する札響とは、音色も微妙に違う。これが一年間を通して同じオーケストラを聴き続ける醍醐味でもある。
 
「シンフォニエッタ」は、かつてチャールズ・マッケラスがチェコ・フィルを指揮した実演を聴いたが、それと同等か、あるいは上回る快演。ただ、金管のバンダが舞台後方のP席に並んでいた(そのため、筆者の定期会員席・定位置から移動した)ため、金管が少し強すぎるような気がした。エリシュカの指示だろうが、この音量バランスだけは不満が残った。

今回最も感動したのは、念入りな練習を積んだというドヴォルザークの交響曲第5番である。実演では久しぶりに聴く曲なので、自宅で先日亡くなったオトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデンのCDで予習して臨んだが、この演奏なら初めて聴く人にも曲の良さが伝わるだろう。
 
やや冗長な感もある終楽章も、このコンビの手にかかるとスリリングな展開になる。特に民族色を強調した演奏というわけではないのだが、とにかくテンポがピタリと決まっているので、佇まいが美しい。背筋がピンと伸びた演奏で、80歳近い老巨匠の指揮による音楽とはとても思えない。
 
この日キタラに足を運んだ私は、本当に幸運であったと思う。
音楽監督の尾高忠明が登場、三善晃「交響三章」とラフマニノフ「交響曲第2番」という近・現代の名曲を並べた意欲的なプログラムである(敬称略)。
 
三善晃「交響三章」 ★★★★☆
ラフマニノフ「交響曲第2番」 ★★★★★
(10点満点 ★=2点 ☆=1点)
 
定期公演では珍しいが、社団法人日本オーケストラ連盟が全国で展開している「オーケストラの日」の協賛事業として、休憩前に尾高による指揮者トークコーナーが設けられた。それによると「交響三章」はオーケストラのみならず指揮者にとっても、技巧的に大変な難曲であるという。「何しろ一つ振り間違えたら、もう終わりです。この曲を振る時はいつも2、3日前から胃が痛くなります」とのこと。尾高ほどの名手をしてこう言わしめるのだから、50年前の作曲とはいえ相当手強い作品である。
 
しかし、その難曲をむしろ軽々と演奏しているかのように聴かせてしまうこと自体が、現在の札響の好調を物語る。首席奏者に名手を揃えていないと、この曲はまず演奏不可能であろう。作曲家と親しい尾高の入念なスコアの読み込みも深く、聴衆を「三善ワールド」に引き込むのに十分である。尾高は「もう、こんな大変な曲はこれを最後にしたい」と冗談めかして述べていたが、そんな事を言わず、ぜひ再演していただきたい。
 
ラフマニノフの代表作「交響曲第2番」、約1時間の大曲が後半に演奏された。尾高が指揮するラフマニノフは、私にとっては「特別な存在」である。05年に聴いた札響定期での「パガニーニの主題による狂詩曲」は、涙が出るほどに美しい情感に溢れた演奏で、未だに忘れることが出来ない。

今回は、それをも上回る名演奏!特に、静かな序奏から息もつかせぬように緩急の波が押し寄せる劇的な第1楽章が絶品。ラフマニノフと言うと、どうしても「保守的」、「ロマンティックだが軽い」といったレッテルを貼られがちだが、そんな事をいう人にこそ、この熱い演奏を聴いてほしい。指揮者の深い共感がオーケストラを通して聴衆に伝わっていく。そんな幸福な時間が過ぎていくのである。
 
ただし、曲自体に冗長な部分が皆無というわけにはいかず、第4楽章などは尾高+札響をもってしても、やや持て余す部分もあった。しかし、この長大な曲で最後まで緊張感が全く切れなかったのは称賛に値する。終演後は「ブラボー」の声が飛び交い、大歓声に包まれたのも当然である。

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