ブライアン・ジョーンズはシタールが弾けなかった。
というのは、僕の自説である。なにしろブライアン・ジョーンズという男はどんな初めて手にした楽器で
も,ものの30分もあれば、弾きこなせたという天才的音楽プレイヤーだった・・・、そういった「伝説」が
ある。果たして本当にそうだったのだろうか? 疑問を呈するには訳がある。
前回、「お口直し」に観たエド・サリバンショーのビデオ。そこでもそうだが、実に彼は様々な楽器を
演奏している。スライドギター、マリンバ、ダルシマー、オルガン、シタールなどなど−。
いかんせん、茶々を入れたいのがシタールの弾き方。
インドを旅した際、暫く現地でシタールを習い、帰国後も都内でインド音楽教室に通っていた僕が恐れ
多くも指摘する。 ”Paint It Black 黒くぬれ!”演奏時の彼のシタールの弾き方は全く持って
デタラメである。 まず第一に、シタールという楽器は素足になり、その足の甲にボディーを乗せて構え
る楽器である。彼のそれはなんと、靴を履いたまま、胡座をかいて弾いている。構え方からして
いいかげん、ピックの指使いも全くデタラメ、勿論、演奏は口パクのカラオケ・・・。
「これはまともに弾いてないだろう。」と思った所以はそんなところ。
どんな初めて手にした楽器でも30分で弾きこなせたというのは単に「伝説」ではないか?と思ったの
はその演奏シーンを観てから。
確かにヒトは何故か死ぬと伝説の尾ひれ端ひれというものがつく。そのひとつと言っても差し支えない
のではないだろうかと僕は思っている。
ビートルズのジョージ・ハリスンはシタールに出会い始めの頃は、インド音楽の何たるかを全く知らず、
単に音楽的好奇心で、効果音的感覚でもってそれを「ノルウェーの森」で(これも誤訳という説あり。)
弾いたという。その後の、アルバム、りボルバーの「ラブ・ユー・トゥー」しかり。しかし、彼がインド
音楽に深くのめり込みそれが何たるかというのを知るに従い、おいそれと人前ではそれを弾けなくなり、
67年以降はインド楽器は登場していない。
(例外は”Across The Universe”のタンプーラくらい。)
73年には完璧にシタールとの決別宣言をしている。実際にやってみると分るのだが、「ロックを取るか
それともインド音楽を取るか?」の選択を突きつけられる楽器である。シタールを弾くということは。
ジョージは「この楽器を弾きこなせるようになる為には一生かかってしまう。僕には他にやることがいっ
ぱいあるからね。」ともその際に述べている。
効果音的にお気楽に用いられた「ラーガ・ロック」というジャンルの一時代はむしろ能天気でいかにも
60年代的だったと思えるのだ。 ブライアンをけなすつもりは全くない。むしろ、ジョージ・ハリスンと
同様に、多くの日本や欧米の若者に東洋的なるものへと向かわせてくれた一つのルーツとなってくれたこ
とは、全くもって間違いないのだから。
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