録音機材を持ってその土地に出掛け、フィールド録音を行い、採集した音を持ち帰りスタジオでミキシン
グ、アレンジし作品として発表する。
こんなことを当時やったロックミュージシャンはブライアンおいて他になかったのではないだろうか。
”Joujouka ジャジューカ”(カタカナで表記するのは難しい。)
このアルバム、なかなかCD化されず、そのレコードは随分と長い間、「幻のアルバム」とされ新宿西口
のレコードショップや国分寺珍屋(めずらしや)の棚にウン万円という値段で鎮座しており、学生時代の
僕などは、本当にジャケットだけ眺めては「いつか・・・」と思っていたものだ。それが、CD化されたの
は10年くらい前のことだったと思う。ジャケ違いで3枚発売され、そのうち2枚をいわゆる、ジャケ買い
した。
さて、その音はというと、やはりかねての評論の通り「スーパーミラクル・トランスミュージック」とも
言うべきもので、スペイシーなサウンドに恍惚・・・となるらしいが、実のところよく分らず、「何だか分
らないけど、凄い。」くらいのものだった気がする。
(SGTペパーズを聴いた当時の日本のファンがそう思ったのと同じような反応?)
これらはブライアンがモロッコを訪れた際に、ジャジューカ村という村に伝わるイスラム教神秘主義
(スーフィズム)の秘儀を録音した音だという。実はイスラム教のこれらのスーフィズムの礼拝を僕は
旅先のパキスタンやインドのイスラム寺院で観たことがある。それはそれはもう、凄まじいオーラで、
その場でひとりで観ていて怖くなったほどである。(異教徒につき、襲われるのではないかと・・・)
その礼拝の音楽とは、アラーの神の名をひたすら唱えて神の世界と合一する・・・といったもので、打ち
鳴らされる甲高い鈴の音やハルモニウム(手漕ぎオルガン)、タブラとトランス状態に入った礼拝者の
ヴォーカル(祈りの声)と、ちょっとヒステリックな様相さえ呈していた。きっと彼ら脳裏には、天国の
扉が見えていたに違いない−。
ブライアンがモロッコの村で実際に見た秘儀というのも、きっとこんなものだった、いや、これ以上のも
のだったのかもしれない。ロックとか音楽とか言う概念の枠の領域をはるかに越えたものとして、正直、
その後の音楽の聴き方や捉え方すら変わってしまうほどの衝撃がある。
(だからというか、「耳が肥えている,肥えていない。」などという言葉は安易に使いたくないのだ。)
僕が旅に出るときに、いつも録音機材を持ち歩くようになったのはこのアルバムを聴き、そういった音楽
をナマで体験をしてからのように思う。
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