〈写真〉珍屋・国分寺南口店 変わることなくとこしえに・・・
ひさびさに国分寺へ行ってきた。
今から13年前、友人が半年間、インドへ旅立つということで彼の留守の間、国分寺のボロアパートに代わ
りに住まわせてもらったことがある。家賃26,000円の風呂なしアパートを月10,000円で住んでよいとい
う。都心の会社へのラッシュ地獄にゲンナリしていた僕は都内への引越しを考えていた最中だったため、
即答した。但し前金で6ヶ月分、60,000円すぐに欲しいという。乏しい旅費の足しにする為ということ
だった。風呂なし、電話なし、銭湯通いの半年間はそれはそれで実に楽しい日々だった。
僕が高校時代、まだ「宝島」という雑誌がピンク色の表紙で小さい版だった頃、この雑誌が高校の図書館
の閲覧コーナーに毎月入っていた。その雑誌を読むことは当時の背伸びしたい盛り、スノビッシュ気取り
たい年頃の高校生にとってはステイタスであり、それは一種の「テキスト」だった。
ロック、ファッション、カルチャー、ロンドン・・・。オルタネイティブなネタが埼玉の片田舎の高校生に
はとにかく刺激的だった。その紙面でよく取り上げられていたのが「中央線セコハンカルチャー」だと
か、「中央線三寺文化」(高円寺・吉祥寺・国分寺)だった。 60、70年代ヒッピーテイストの流れを
汲む独特のカルチャーが今も生きづいている・・・。その文面、内容を見て、その時代のロックやフォーク
に当時、傾倒していた僕がそこへ行かないハズがなかった。
先日はしばらくぶりにその愛すべき街、国分寺へ。
中古CD・レコードの名店「珍屋」を覗き、CDを物色。ここの独特の品揃え、空気感は昔と全く変わり
ない。府中へと続くバス通りの雑貨屋はちょっと昔に比べて寂れた様子。ここには昔、もっと何軒かの
古本屋や雑貨屋があったのだが撤収したようだ。そして、かつて住んだアパートは跡形もなく、新築の
家がそこに建っていた。通った銭湯も建物だけはあったものの廃業していた。
最後にバー「ほら貝」で一杯。この店に初めて行ったのは18、19くらいのとき。あの時、確か店内では
アニマルズの「朝日のあたる家」がかかっていた、なんてことを思い出しつつひとりチビチビ飲る。
インドへ行った友人は半年後、真っ黒に日に焼け、ゲッソリこけて帰って来た。彼が部屋に帰って来るな
り最初にかけたCDはボブ・ディランの「欲望」というアルバムだった。だからだろうか、あのアルバム
を聴くと今も国分寺の街がレイドバックして来るのだ。
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