明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

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香港 六・四集会

困った顔

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89年9月、香港・ヴィクトリア公園−。
 
ここに香港の若者たちにまぎれ、キャンドルを持って参加したのはもう23年前のこと。
 
張学友やBEYONDがステージで唄っていたのを覚えている。
 
直前まで、テレサ・テンが参加するのでは?という噂もたった。彼女は事件のショックで
 
家から一歩も出れない状態だったという。
 
 
あの国は20数年前とは比べものにならないくらいの発展を遂げた。
 
しかるに、それは経済のみ。依然として、口封じは続いている。
 
 
あの時、あの会場で感じた「熱」を僕は今も忘れていない。
 
 

横浜中華街 双十節

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秋になると、何故かソワソワし始めてしまうわたくし。

理由は中国大陸の国慶節(10/1)に台湾の双十節(10/10)がやってくるから。

中国獅子舞、カネ、太鼓のかまびすしい大音響、勢いよく弾ける爆竹ともうもうと立ち上がる

火薬の煙…。あの狂熱の中に思わず飛び込みたくなる季節がやってくるからだ。

そして今年も懲りずに横浜中華街へ行って来た。10/1か10/10を交互に中華街を訪れるのが

慣例化しているここ数年。今年は「辛亥革命100周年」ということで、大いに盛り上がるに

違いないと、10/10、台湾・中華民国の双十節へ。


やはり凄い。青天白日旗(中華民国旗)がこんなにも盛大にうち振られる光景を見るのは

実に圧巻!おそらく、神奈川、都内に住んでいる台湾人留学生を総動員しているのであろう、

パレードでは孫文の肖像画と青天白日旗の小旗が通りを埋め尽くし、「中華民国万歳!万歳!」

の北京語のシュプレヒコールが飛ぶ。


また、K大学のブラスバンドが演奏する『梅花』という、いわくありなこの曲にもニヤリ。

テレサ・テンが唄ったこの曲は民国側のプロパガンダとして70年代から80年代、台湾で

盛んに唄われ、演奏された。ご存じ、梅は中国の国花。大陸、台湾ともに中華民族の象徴として

描かれる。(中華航空CIの尾翼デザインも梅花)


”梅花 梅花 寒ければ寒いほど咲き乱れる
 梅花 梅花 氷雪風雨も恐れない”


梅の花になぞらせ、大陸を追われた自らを奮い立たせようという気のこもった、そんな内容の

唄である。この曲を演奏し、練り歩くというこの示威行為(?)。

「気合入ってるなぁ」と思わず通りで一人、ほくそ笑むわたくしなのであった。


亡命中の孫文が潜んだと言われる横浜中華街。盛り上がらない訳がない。

毎年恒例の横浜中華学院の生徒たちによる獅子舞も見事で、今年もご利益授かりますよう頭を

噛んでもらった。ミス中華街のオープンカーパレードも勿論、見逃せない!

何度見ても、飽きないこの祭りの熱狂。きっと来年も9月あたりからソワソワしてしまうに違いない。





 

小樽旅情

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〈写真〉外国人観光客の皆さま、歓迎しております!


あの大震災以来、何だか世が変わってしまったかのようで、何を書いてよいやら。

よりによって3.11は私の誕生日だった訳でありまして…。

買い占めや計画停電、ガソリン不足などが解消され、節電モードではあるけれど、一応日常に

戻りつつあるここ最近。


5月上旬には私用で北海道へ行って来た。書け足だったが、親戚廻りやら、何やら朝から晩まで

札幌のディープなスポットを堪能して来た。例年なら外国人観光客で溢れている観光スポットも

震災の影響か、姿はまばら。とりわけ中国、台湾、香港の旅行者が多いのか、至る所で中国語の

案内表示を目にした。


写真は小樽の土産物屋の店先にあった看板。中国大陸の簡体字、台湾、香港の繁体字、国旗まで

ご丁寧に分けて書かれている。このデリケートなあたりを混同しない、店主の細やかな配慮に

いたく感心。


北海道では美味しいものを少し食べ過ぎた。只今、食の節制中。

電気、水道、ガスもままならない避難所生活を続けておられる皆さまには大変、恐縮ではあるが…。

など、いろいろ考えつつも、こうして日々の生活は続いている訳で、自分自身の個の世界表出とも

とれる垂れ流しブログ、また更新もできるだけしたいと思ったりしているこの頃であります。

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<写真>ジャパン ラストツアーでの在りし日のミック・カーン。


「みっくさん、さようなら!」

「さようなら!」と教室を出る時にいつも交わすあいさつ−。

今から10年ほど前に新宿のとある日本語学校に勤務していた時に出会った「みっくさん」という名の

イギリス人の生徒さんが、先日、ロンドンでガンで闘病の末、亡くなったそうだ。


自分がかつての大スターだとはひけらかすことも、そして、おごることもなく、いつも優しい笑顔で

にこやかに、他の教師たちや学校スタッフに接していた彼が、「あのミック・カーン」であることを

僕が知ったのは彼が帰国後、ロンドンから学校に送って来たメッセージカードとCDでだった。

「ありがとうございました。 みっくかーん」と日本語で書かれたカードとサイン入りのCD。


高校時代、デビット・シルヴィアンに憧れて髪を伸ばし、「髪を切って来るまで学校に来るな」と教師

に学校を帰されたこと。放出するのではなく、内面に向かう彼らの我が道を行くが如くなロックなスタン

スに衝撃を受けたこと…。そう彼らの音楽なり姿勢はある一時期の僕にとっての「教科書」だった。

そのバンドのベーシストであるのミック・カーンに僕は30代の大人になり新宿の職場で「ニアミス」

した。


譜面を書けず、読めず、感覚と自身のセンスを頼りにフレットレスベースを操る稀有な才能を持った

ミュージシャン。彼のような独特の世界を持ったベーシーストが他にいるだろうか。


みっくさん、闘病はさぞかし辛かったでしょう。苦しかったでしょう。

僕はあなたの訃報を聞き、あの学校での笑顔を思い出しましたよ。

今度はいちファンの一人として言わせて頂きます。「みっくさん、さようなら!」

お疲れさまでした。安らかにお眠り下さい。



●以前のジャパンに関する記事「チャイナの元をたどればジャパン2」
  http://blogs.yahoo.co.jp/xiexie_okada/37095594.html

ホワイトラビット

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むかしむかし、中国にコンビニもマクドナルドも無かった頃、
 
国営百貨商場(デパート)の食品売り場で量り売りされて
 
いたこの飴。(右写真)
 
おそらく、80、90年代初頭くらいに中国を訪れた方だったら、
 
思わず「懐かしい!」と呟いてしまう代物に違いない。
 
とにかく、その頃、中国で「お菓子」と呼べるようなものは
 
ほとんど皆無に等しかったような気がする。ポテトチップすら
 
なかなか買うことができなかったし、それに、お菓子を購入
 
する際は配給切符(糧票)が必要だった。唯一、このホワイ
 
トラビットだけが我々、日本人の味覚に耐えうる
 
「お菓子と呼べるお菓子」だったと思う。(値段も少し高かった)
 
 
数年前、中国帰りの友人数名と新宿に集まり、呑んだ際、この飴を持参し、呑みの締めとしてテーブルに封を
 
開けた。一同、「ウワッ、懐かし〜!」 の大合唱。
 
「甘いお菓子がなかなか買えない、あの頃の中国でこの飴がどんなに美味しく感じたことか…」 と、ある友人。
 
一粒の飴を巡って、外貨兌換券やヤミ両替、駅の切符争奪戦、友誼商店、トイレの話など、過去の中国思い出
 
話に花が咲いた。
 
 
先日、池袋に所用があり出かけた折、北口駅前の中国スーパーでこの袋を見つけ、思わず手に取った。
 
昔から変わらないレトロなパッケージ。 胸躍る、久々の再会に帰宅を待ちきれず、電車の中でひとつ、口に放り
 
込んでみた。 意外にも「アレ、こんな味だったっけ?」とひとり懐疑するわたくし…。 
 
「もう少し甘くて、濃厚だった気がしたんけどなぁ。」 モノが無いあの頃、ことさら甘いものが美味しく感じた、
 
ただ、それだけのことだったのかもしれない−。
 
 
 
 

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