あらかじめ、セットされパッケージされた旅に何の魅力があるというのだろう。そして、移動する時間を
無意味なものとし、なるべくそれを省こうとするのは何故だろう。どうして旅に目的がなければならない
のだろうか。何故に無理矢理にでも忙しく歩き、名所旧跡を見て回らなくてはならないのか。
その人なりの「私の歩き方」があってもいいはず・・・。 そう疑問を呈するリンボウ先生。
氏の「歩き方」のスタイルになんとも親密な感を持ったのは自分の歩き方のそれと似ている為だろうか。
僕は本を読み進めながら、何度かいくつかの言葉を噛みしめ、ゆっくり腑に落としていくように本を閉
じ、その度、車窓の景色に目をやった。(この本、実は東京/大阪間の移動の車中で読んだのでした。)
なんとなく、どこかで見たことのあるようなデジャヴ的風景写真も実に素敵だ。メインの本線を一本、
脇道へそれて、裏道へ入っていかなければ見れない原風景そのもの。
なんでもない場所や風景、なんでもない偶然の出会いや、一かけらの一瞬が実に旅をそして人生を豊かな
ものにしてくれる。その醍醐味を知っている人は旅の楽しさを知っている人に違いない。逆に「脇道」に
それることを恐れて域を出ない人、あるいは他人や旅行社があらかじめ組んだ枠の中で満足している人は
何だかもったいない気がする。
「この風景を見るために旅に出てきたんだ。」とか「この一瞬のために・・・」とその人が思えれば、心の
中で納得できる何かがあれば、そのひとの「私の歩き方」は決まったようなもの。
どこかへ行くことが必ずしも旅ではない。どこへも行かない旅もまた、良いと思う。
●「どこへも行かない」旅 journey to nowhere
林 望 著
光文社 刊
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