「日本と僕がそれまでに訪れた国との違いは、空間というものが日本以外の国では今でもまだ人々が生き
るためのものと見なされているのに対し、日本では収益性という観点から捉えられている点だと理解
した。一坪の土地ごとに一時間あたりの値段がつけられているような国で、いったいどうすれば
「もてなし」などという発想が生まれるのだろう。
これだけのスペースを一台分の駐車場にすればいくらの収益が上がり、レストランにしてもテーブル一つ
と椅子を二脚置けばいくらになり、コンビニエンスストアにしたらいくらの儲けになるだろう・・・。
一か月後、一年後の収益はどれくらいとか、あるいはもっと早く決算してレストランをパーキングや
コンビニに様変わりさせたり、その逆にしたり・・・・・・この国にはそんな考えがいっぱいだ。」
(文中より抜粋)
以上、在日フランス人のパトリス・ジュリアン氏の見た日本とその国のあり方。
普段、そういうモノサシばかりが先行しがちな日常を鋭く外国人に突かれ、思わずドキリとさせられたの
は言うまでもない。「生け花や茶道、禅の庭、着物などを生んだ文化の後から、いったいどうすれば、
この奇怪な文化が生まれてくるのだろう?」とも疑問を呈する。
「はい、その通り。そういう国なんですよ。パトリスさん、お金と数字が全ての国なんですよ。この国
はね。」と開き直るか、あるいは、少し自分の身近な生活を見直してみたくなるか、それはその人、
次第。
とりあえず、僕は丁寧に心を込めて一杯のコーヒーを淹れて訪れた友人に振る舞った。
一滴づつ、ゆっくりポトポトと落とした一杯は何故か格別だったようで、友人は何度も大げさに
「おいしい」を連発し喜んでくれた。器はまた山間に住む別の知人が手びねりで焼いた一品もの。
唇を淵にあてた時のザラッとした感触が何とも心地よい。
大したことではなかったが、そんな時間と「心のキャッチボール」を忘れないで・・・という氏のメッセー
ジが自分の中にスーッと入って来たのを感じたのだった。
●いんげん豆がおしえてくれたこと
パトリス・ジュリアン著
幻冬舎刊
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