<写真> アルバム ”サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン” 1968’
いつか、モップスのことを書こうと思っていたら、いきなり逝っちゃうんだから・・・。
今日の午前、元モップスのVo.鈴木ヒロミツさんが癌の為亡くなられた。
鈴木ヒロミツさんといえば、コミカルなキャラとして、ドラマやバラエティー番組の色が濃い人という
認識でしか僕にはなかった。それがここ数年、GSを遡って聴いてみてビックリ。昔はこんなエライ
バンドをやっていた人だったんだ!と再認識。
堀プロの社長が67年に渡米しサンフランシスコで全盛期のヒッピームーブメントを目の当たりにし、衝撃
を受け「よし、次はこれだ!」と目をつけスカウトされたのがモップスだったそうな。
ドアーズ、ジェファーソン・エアプレイン、アニマルズのカバーなど、押さえどころがまた渋い。
80年代、アメリカで日本のGS、ガレージサウンドの再認識があった際、彼らが一番評価が高かったとい
うが、それもうなずける。ファズの多用、ガレージなうねり感、シタールの導入(消えない想い)など、
あの時代の空気をとてもよく表しているサウンドだ。
(英悟の発音はモロにカタカナだけど、この際ご愛嬌)
いかんせん、他のGSバンドと同じく作曲家のセンセイが作った日本語の曲はどうも演歌調というか、
歌謡曲的なノリ。このドメスティックな感覚がGSの面白さでもあると思う。(だからヤメられない)
後期はニューロック路線へ移行。かなりの実力派として70年代初頭まで活躍している。
「たどり着いたらいつも雨降り」のカバーなど実にキャッチーで、実は元の吉田拓郎より先に僕は聴いて
いたのだった。拓郎のそれを聞いたときは「あれ、モップスのカバー?」などと不謹慎にも思ってしまっ
た失礼な後聴き世代です。
元カーナビーツのVo.&Drsのアイ・高野さんも数ヶ月前に亡くなられた。
あの時代の人がなんだか、あまりにも早く逝き過ぎている−。GS再認識を個人的に深めている折の
今日の訃報は本当に残念だった。
改めて故人のご冥福をお祈り致します。
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