明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

多摩蘭坂を登って

イメージ 1

イメージ 1

〈写真)兄貴、早く逝き過ぎだぜ!


東京の西のはずれ、国分寺、国立、立川、日野…。新宿から真っ直ぐに伸びた中央線がだんだんと郊外

の色彩を帯びだすあたり、僕が4年間の学生時代を過ごした思い出の土地でもある。 

「市営グランド」の脇を通り、甲州街道を抜け、国立市を横切り、多摩蘭坂を登ってバイクで通学して

いた日々はRCサクセションの軌跡を巡るちょっとした旅だった気がする。そんなことを、つい最近、

あの訃報を聞いて思ったものだった。

「RCサクセションがかつてアマチュア時代にステージに立っていた…」という枕詞のつくライブハウス

もこの周辺には多い。そんなことから何だか忌野清志郎という人を「地元・多摩地区から出て成功して

メジャーになった先輩」』というような、とても身近な存在に感じていた。


天安門事件直後、中国を旅した時に、現地で親しくなった学生にあげてきたRCのカセットテープは

かなり気に入ってもらえたようで、「学生寮で皆で聴いている」と後日、手紙をもらったほど。

「カバーズ」、「コブラの悩み」という結構、社会問題をテーマにした問題作で、日本語の歌詞が分かっ

たら当局から没収されそうな内容だったが、コトバは分からなくとも音楽を感じる心は一緒。

RCの曲を聴いて何かを感じてくれた中国の学生たちに、僕が中学生のときビートルズに夢中になったと

きのことをダブらせてみたり−。


チベットの安宿でチベットの濁酒を飲みながらギターを弾いて欧米人バックパッカーと一緒に唄った

「ディ・ドリーム・ビリーバー」。最初はモンキーズの英語の歌詞で唄っていたが、サビの部分に来ると

一緒に唄っていた僕を含めた日本人は思わず、清志郎の日本語の歌詞になってしまう。


『ずっと夢に見て安心してた 僕はディ・ドリーム・ビリーバー そんで彼女はクイ〜ン♪』

欧米人はそれを聴いて「何それ?」という顔をしてニヤリ。


学生時代を過ごした多摩地区の風景、中国の学生のこと、チベットでの思い出…、そこに清志郎の歌が

あった。「兄貴、夢をありがとう。」 それくらいしか今は言葉が見つからない。

 

全1ページ

[1]


.
xie*ie_*ka*a
xie*ie_*ka*a
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事