<写真>ガンジスの夕暮れ インド・バラナシ 1994’
1968年、ビートルズ一向はインド人グル(ヒンドゥー教の聖人、先生)を慕い、彼のアシュラム(道場)
のあるインド北部、ヒマラヤの麓にあるリシュケーシュという小さな町へと修行へと向かった。
全世界を熱狂の渦に巻き込み彼らが得たもの− 金と名声、酒と女とドラッグと・・・そんな「ロックスタ
ー街道」をひた走るのかと思いきや、突然ライブ活動を辞め、レコーディングに集中し、その後、
ポップミュージック界に革命を起こすアルバム「SGT−」を作り上げる。
そしてその後、彼らが向かった先がインドであった。
よく言われている「ラバーソウルあたりからビートルズは変わった。」という説。
ラバーソウル〜リボルバー〜SGT、そしてホワイトアルバムに至るまで何があったのかは中学生からの
僕の大きな疑問だった。
ビートルズがアイドルからアーティストに変わっていく過程にインドがあった・・・。
そんな仮説を自分なりに立てつつインドへの旅を画策し、それが実現したのが学生時代最後の卒業旅行。
たった3週間であったが(といっても今では夢のような話・・・)インド北部とネパールを旅した。
実際は混沌と喧騒の渦に投げ込まれ、そんなとても「魂の探求」のような高尚なことに入っていけるよう
な甘い旅ではなかったことを白状しなければならない。
(インドへ行ったことがある方はきっと分ると思います・・・)とにかく、そのパワーの凄さに圧倒されっ
ぱなしの怒涛の旅で、ついぞビートルズの影に出会うようなことはなかった。
やっと自分に余裕をもってインドに対して接することできるようになったのはその数年後、会社を退職し
なんだか少し旅に出たくなり、インドへのリベンジを再び決する。
チベット文化への憧れもあり、カシミール〜ラダックを経て彼らの滞在したリシュケーシュへと入った。
実を言うとイメージしていた「ヒマラヤ奥地の寂れた町」といったところではなく、意外と町の賑わいで
拍子抜けしたのを憶えている。マハリシ・ヨギのアシュラムへは門の前まで行ったが厳重な警備で入る気
にもなれなかった。結局、リシュケーシュには2日ほど滞在したのみで写真もこれといって撮っていな
い。その門の奥に”JAI GURU DEV”(神なるグル(導師)に栄光を)という「アクロス・
ザ・ユニバース」に使われた一節が書かれた壁面があるというのを知ったのは後でのこと。
町の真中を通るガンガー(ガンジス河)の水はヒマラヤの雪解け水で9月上旬に訪れたというのに切れる
ほど冷たかった。そんな印象くらいしか実はあの町には残っていない。
結局、その町ではなくその旅全体に期待していたものが見つかったような気がする。
「ラバーソウル〜」の変化の謎は再度、インドを訪れたことで自分なりに解決した。
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