明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

GS温故知新

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「エロかっこいい」のルーツは「ダサかっこいい」だった−。
グループサウンズのダサかっこよさを追求し、迷盤を発掘し、
旧きを温め、新しきを知ることをここに宣言します!
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(写真)この貴公子ルックはオックスがモデル? ジャケットのデザインもあの時代の雰囲気。


グループサウンズというのは何年かごとに静かなリバイバルブームを迎えている気がする。

実際のブームとしては1968年に絶頂期を迎え、69年には早くも下火を迎えた一過性のものだったがその

内容の濃さと熱さと言えば、それを体験した元バンドメンバー達、熱狂した少女達、そして裏方のビジネ

スに携わった人達にとっても相当なものがあったに違いない。だからこそゆえ、だいぶ月日がたった後に

もリバイバル的なヒット曲が出たり、そういう雰囲気のバンドが出てきたり、また再結成イベントが行わ

れたりなどしているのだろう。あの祭りのような熱狂のほとぼりがまだ冷めることなく−。


公開中の映画、「GSワンダーランド」を観てきた。

GSブームの最中、日劇ウェスタンカーニバル出演を夢見る若者たちのストーリー。あの当時の裏方業界

の「ブームにあやかってウチも早く売れっ子バンドを売り出さなければ!」という焦り、商業的な思惑、

狂騒ぶりはストーリーとしてかなりリアル。つまり「売れれば何でもアリ」という訳で、当人たちの音楽

に対する思いは全く蚊帳の外。そんな彼らはレコード会社の意向でタイツを履いたメルヘンチックな王子

様スタイルでデビューさせられるハメに。 「本当はこんなことやりたくない、恥かしい、でも売れ

たい…」と、当時、実際に本当にあったであろう話が実に興味深い。この映画の場合、更にそのバンドの

美形のルックスのキーボードが実は女性だった!? というドタバタも加わり何ともワクワクさせる。


映画劇中のキャストにレコード会社社長として元タイガースのベーシスト「サリー」こと、岸部一徳が

演じているのもなかなかの味。岸部氏自身もタイガースメンバーの中で一番背が高かったという理由だけ

で「のっぽのサリー ”Long tall Sally”」から取ってデビュー時に「サリー」と決まった、と話し

ていただけに、まるで自分たちの過去を反芻するような話ではないだろうか。

60年代当時のファッション、時代背景、インテリアに至るまで細かいディテールも実に凝っており、劇中

挿入歌も何だか、当時、本当にヒットしていたのでは、と思いたくなるようなGS歌謡調。


今の時代に観てもその世界に入って行けるのは、若さゆえの夢と悶々と突っ走りはいつの時代も変わらな

い…ということなのだろう。だからか楽しいのに何故だか、少しせつなくなった。


●GSワンダーランド http://www.gs-w.jp

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〈写真〉やっぱり英語のカバー曲の方が数段カッコいいのはGS共通。


どちらかというと中性的かつ王子様的甘いルックスとイメージでもって、今から見れば、キワモノ的な

コスチュームに身を包み、女子中高生たちを熱狂と興奮、失神の渦に…という向きが多いGSバンドの中

で異色なカラーを持ったのが、こちらダイナマイツ。

一言で言えば、ちっとも『可愛くない』。 甘さもない。 その媚びないルックスと雰囲気から当時は

ゴールデンカップスと並び、男性ファンが多かったというのもうなづける。

まず、Vo.瀬川洋の声の野太さと、黒っぽさ、そしてG.山口富士夫の卓越したギタープレイの生む

野性味がウリ。

G・カップス同様に米軍キャンプ(府中・立川・横田あたり)で鍛えられた腕は確かなもの。

シングルヒットの「トンネル天国」ひとつとっても、ハチャメチャ加減、ファズ全開、ブイブイなBと

いい、そのガレージ感はかなりのものがある。他の甘いGSと比較してみてもかなり異色感漂う。

特にアルバムでは黒っぽさが横溢している。R・ストーンズもファーストアルバムで取り上げた

R・トーマスの”ウォーキング・ザ・ドッグ”、テンプテーションズの”マイ・ガール”、

”マーシー・マーシー・マーシー”などの黒人カヴァーはまさに本領発揮とも言えるノリ。

そんな彼らの不良性がのち、山口富士夫が結成する”村八分”に繋がっていくという伏線が伺えるグルー

ブ感ではある。


「この暑苦しさ、ガレージ感は今の季節のBGMにピッタリかな?」 とフト思い、棚からひっぱり

出し、久しぶりに聴いてみたらこれが実にビンゴ! 「暑い時には熱いお茶」という感じで、熱を熱で

征する勢いで、猛暑の今に汗をかきながら、あえて暑苦しいグループ・サウンズをBGMとして選んでみ

た。ひとりそんな暑気払いも悪くない。 (このセンスちょっと変ですか?)

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<写真> アルバム ”サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン” 1968’
    

いつか、モップスのことを書こうと思っていたら、いきなり逝っちゃうんだから・・・。

今日の午前、元モップスのVo.鈴木ヒロミツさんが癌の為亡くなられた。


鈴木ヒロミツさんといえば、コミカルなキャラとして、ドラマやバラエティー番組の色が濃い人という

認識でしか僕にはなかった。それがここ数年、GSを遡って聴いてみてビックリ。昔はこんなエライ

バンドをやっていた人だったんだ!と再認識。

堀プロの社長が67年に渡米しサンフランシスコで全盛期のヒッピームーブメントを目の当たりにし、衝撃

を受け「よし、次はこれだ!」と目をつけスカウトされたのがモップスだったそうな。

ドアーズ、ジェファーソン・エアプレイン、アニマルズのカバーなど、押さえどころがまた渋い。

80年代、アメリカで日本のGS、ガレージサウンドの再認識があった際、彼らが一番評価が高かったとい

うが、それもうなずける。ファズの多用、ガレージなうねり感、シタールの導入(消えない想い)など、

あの時代の空気をとてもよく表しているサウンドだ。

(英悟の発音はモロにカタカナだけど、この際ご愛嬌)

いかんせん、他のGSバンドと同じく作曲家のセンセイが作った日本語の曲はどうも演歌調というか、

歌謡曲的なノリ。このドメスティックな感覚がGSの面白さでもあると思う。(だからヤメられない)

後期はニューロック路線へ移行。かなりの実力派として70年代初頭まで活躍している。

「たどり着いたらいつも雨降り」のカバーなど実にキャッチーで、実は元の吉田拓郎より先に僕は聴いて

いたのだった。拓郎のそれを聞いたときは「あれ、モップスのカバー?」などと不謹慎にも思ってしまっ

た失礼な後聴き世代です。


元カーナビーツのVo.&Drsのアイ・高野さんも数ヶ月前に亡くなられた。

あの時代の人がなんだか、あまりにも早く逝き過ぎている−。GS再認識を個人的に深めている折の

今日の訃報は本当に残念だった。


改めて故人のご冥福をお祈り致します。

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コンサート会場で少女たちが集団失神を起こすという異常な事態に保護者や学校は眉をひそめ、やがて

彼女らにオックスのコンサートに行くことを禁じてしまう。「エレキ・GS=危険、不良」という図式の

基にGSブームは急速に終焉を迎えつつあった。

69年に赤松アイが突然、脱退。その後、しばらく消息不明だったが、「ビートルズに弟子入りする。」と

いう言葉を残し、オノ・ヨーコの親戚の縁などを使い、ロンドンへ一人飛び、実際にアップルビルのオフ

ィスでウロウロしていたそうである。(ビートルズメンバーには全く鼻にもかけてもらえなかったそう)


時代はビートグループ全盛の時代から、サイケ、ニューロック、ホワイトブルースの時代へ。

オックスも他のGSバンドと同様にライブではL・ツェッペリン、G・ファンク、R・ストーンズなどを

バラバラのヒッピー風なステージ衣装、ヒゲに長髪といういでたちで演奏していたそうである。ライブの

場で慣らしていた彼らの演奏力は相当で、かなりのものだったらしい。(ニュー・ヤードバーズみた

い?)できれば、その時代の隠れたライブ録音などが発掘、発売されないかと、僕などは胸をときめかせ

てしまうのだが−。

いかんせん、その同時期に商業的に発売されたシングルは「演歌調GS歌謡」の流れを汲む、「ムード歌

謡路線」そのもので、七三分けにタキシード姿の姿が痛々しい。「これが、あのオックス?」と思ってし

まうほどの演歌スタイルなのだ。 嗚呼、哀しやGSの末路・・・。

その後、バンドは71年に解散。野口ヒデトはソロ歌手「真木ひでと」として再スタート。


60年代的、ロックの日本的解釈を体現化したバンドがオックスだったと僕は高く評価しているし、Voの

野口ヒデトはジュリー沢田と並び「ベストGSボーカリスト」だと信じて疑わない。

高校時代、文化祭のステージで「失神GSバンド」を結成し、クレイジーなライブをお披露目しようと

ひとり画策。友人にその話しを持ちかけるものの、ことごとく断られた。時代は80年代中期。へヴィー

メタル全盛の頃だった・・・。

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〈写真〉腕スケスケ、襟首ヒラヒラ、髪は当時にして茶髪。このルックスは数あるGSバンドの中でも
    かなり奇抜なものだったらしい。「元祖ビジュアル系」と言われる所以。


以前、勤めていた御茶ノ水の会社の近くに”J”というそれはそれは非常にマニアックなレンタルCD

ショップがあり(今もあるが)そこで毎週金曜日にまとめ借りし、土日にテープにダビングするのを楽し

みにしていた。ジャックスのボックスセット(!!)やらURC関係、、裸のラリーズのブートやら、イタ

リア、フランスのプログレ、民族音楽のCDなどをダビングしたテープが最近、実家の押し入れから大量

に「お宝発見!」とばかりに出てきた。


その中で「これはっ!!」と思わず唸ったのがGSバンドの「オックス」。

失神バンド、色物、少女趣味、節操がない、元祖ビジュアル系、GSブームを終わらせたバンド・・・

などと揶揄される彼ら。確かにジャケットの写真のビジュアルだけを見ればそれはもう「行ってます

ね、コレ・・・」(爆笑)というしかない悪趣味そのもの。


いかんせんこれは僕の自論、「GSはライブ盤を聴かなければ分らない。」

ブームに乗り、イメージ先行、売れ線の曲をシングルでヒットさせ、テレビで唄う−という音楽業界の

図式にのっとりオックスもその奇抜なスタイルで売れまくる。しかし、ジャズ喫茶やゴーゴー喫茶では

英米ロックのカバーやら過激なステージを繰り広げ、ソフトなイメージを良くも粉砕してくれている。


「オックス オン ステージ」は彼らの人気絶頂期に「実況録音」(この言葉よく、昔のアルバムにあり

ましたねぇ)されたメガトン級ライブアルバムである。とにかく、少女たちの絶叫が凄い。

この叫びっぱなしの絶叫の渦は僕の知る限りビートルズの「ハリウッドボール ライブ」64・65’か、

R・ストーンズの「ガット・ライブ・イフ・ユー・ウォント・イット」66’以外に類を知らない。

ドアーズの「ハロー・アイ・ラブ・ユー」、R・ストーンズの「一人ぼっちの世界」、ビートルズの

「オール・マイ・ラビング」、「ジョニー・ビー・グッド」などのロックナンバーから(思いっ切りカタ

カナ英語)、アダモの「雪が降る」、演歌調GS歌謡の「ガール・フレンド」、「スワンの涙」などの

他に極めつけは「わらべ歌メドレー とおりゃんせ、母さんの歌、子守唄」。

「ねんねんころり〜よ、おころ〜り〜よ〜」と来たもんだ。その後に続くノリノリのR&Bナンバーは

ベン・E・キングの「ドント・プレイ・ザット・ソング」。 ねぇ、節操ないでしょう。

そしてライブは失神曲、R・ストーンズの「テル・ミー」でクライマックスを迎える。

「あのスローで地味な曲で何故、失神するんだろう?」という疑問はこのライブ盤を聴いて解消される。

それはVo.の野口ヒデトの熱狂的パフォーマンスの凄さによるところが大きいと思う。ステージを転げ

のた打ち回り、手をかざし、振り上げ、ひざまずく・・・。「テル・ミー」の最後のリフレインでは泣くよ

うに唄い、最後にそれが激しい叫びに変わる。


演奏中にバタバタとメンバーが倒れるというパフォーマンスは彼ら自身が考えた「演出」で、実はちゃん

と練習もしていたというからそのあたり、いかにも大阪人らしい。

その倒れる姿を見て、少女たちも一諸に集団失神状態に陥る訳だが、「わらべ歌メドレー」というのは

彼らが苦肉の策として客席の失神を少しでも抑え、クールダウンさせるために演奏した「自主規制」だっ

たという。なんとも凄いエピソードだ。


ギターやドラムセットをブッ壊し、アンプを倒し、Keyの赤松アイはキーボードに登りそこから崩れる

ように落ちて失神する−。

そんなパフォーマンスを見たスウェーデンから来日したエレキ・インストバンド「スプートニクス」の

メンバーは彼らを「ザ・フーよりもグレイトだ!」と絶賛したそうだが、いかんせん、その頃、日本では

まだザ・フーはあまり知られておらず、当のオックス・メンバーたちは「ザ・フーって誰やねん?」と

云ったそうである。(ダジャレではありません−。)

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