〈写真〉駅に列車が停まるなり、近くの農家の人たちが採れた梨やリンゴやバナナ、ゆで卵に
トウモロコシ、西瓜などを売りに来る。遠くの向こうに桂林の奇岩が見えるのが分る。 1989年 広西チワン族自治区・桂林付近 硬座車窓より
『硬座(注)の車中は映画に見た終戦直後の買出し列車さながらといった感じだった。
麻袋やダンボール、天秤棒を担いだ人たち、ニワトリを袋につめた農民、”BEIJING”とか
”SHANGHAI”と書かれた黒いマジソンバックを抱えた人の渦が容赦なく窓をまたいで飛び乗って
くる。そして乗り込んだかと思うと猛烈な勢いで空いている席に飛びつき、仲間に「こっちだ、空いてる
ぞ!」と叫んでいる。そのカオスに油を注ぐキンキンとした車内アナウンスに大音量で流れる中国歌謡、
ケンカ、小競り合い、コケコッコー・・・』 1989年 中国・旅の手記より抜粋
こんな光景をつぶさに見、中国という国をナマで肌で感じとったハタチの熱い、暑い夏−。
昨年、上海を訪れた折、蘇州までの移動でその硬座車に乗ったら、軟座(注)かと見まごうほどに立派さ
に非常におののいた。(前筆)2階建て車両に窓は締め切り。もう、窓から駅弁の弁当箱やジュースの
瓶を投げ捨てることもできない訳だ。
(かつて中国ではジュースやビールの瓶を窓から線路に平気で投げ捨てていたのでした。)
『もしもこの国が日本や欧米のように近代化し、使い捨ての消費文化に走ったらすぐにでも地球は破滅
してしまうかもしれない−。』 ともその手記に書いている。
あの旅から約20年、その当時、中国という国をつぶさに見て思った不安は今、現実味を増してきている。
生活が便利で豊かになった分のツケ、環境破壊や公害病、貧富の差の拡大・・・。
彼の国の十数年後の姿を想い、旅の中で「工作手帳」に書き綴った一文は今の現実と照らすと実に重い。
注:硬座 読んで字の如く硬い座席。日本でいう自由席にあたる。ビニールシートでリクライニング
などはない。この席が一番安く、一般人民の生活視点にイヤ!というほど触れられる。
英名は”HARD SEAT”
軟座:読んで字の如く軟らかい座席。日本のグリーン車に相当する。白いシートカバーがかかり、
シートピッチもゆったりで、リクライニングにもなる。疲れている時は絶対こっち。
英名は”SOFT SEAT”
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