明日の日記

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小学生時代、「ゴダイゴ、ジャパン、YMO」で中国に目覚め、今だくされ縁が続くアラフォーの語る中国雑感、雑文集。歓迎光臨!
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1989年6月初旬のある日、北京・天安門広場にロックの大音量が鳴り響いた。

民主化運動のハンガーストライキ(断食)を続ける学生たちを励まそうと北京の若手のロックバンドが

機材を広場に持ち込み、野外ロックコンサートを開いたのだ。学生たちは驚喜盛んに一緒に唄う、踊る。

その時、天安門で座り込みを続ける若者たちの一つの運動のテーマソングとなっていた曲があった。

ツイ・ジェンの唄う「一無所有」(俺には何もない)である。

歌詞の内容は「俺には何も無い、一文なしだけど、一緒に歩いていこう。」という一見ラブソング的内容

なのだが、解釈を変えれば暗に現中国体制を皮肉っているというものだ。(ツイ・ジェンの曲にはこうい

う歌詞が非常に多い。)

6月4日の解放軍の武力弾圧のそのすぐ直前には、ツイ・ジェン自らが生ギター一本で広場へ駆けつけ、

この曲を歌い学生たちを激励。涙の大合唱が広場に響いたという。

僕がこの曲を聴いたのは1987年頃だったろうか、英語の勉強にと高校時代に文通していた中国人の友人が

「中国の最新のロックだ。」といってカセットテープを送ってくれたのだ。

「中国にもロックがあるんだぁ。」そんな軽い気持ちでそれを聴いた僕は度肝を抜かれた。

アレンジや雰囲気はどことなく古臭いものを感じさせるのだが、中国語のラップやら、ロックというもの

に始めて触れて衝撃を受けた。歌詞は分からなかったが、そこから伝わってくる情念というか熱い「

何か」は十二分に観応できた。

「ロックがロックで足りえる国、それが中国・・・」


あの事件後、ツイ・ジェンは「反体制ロック歌手」のレッテルを貼られ、中国政府に監視され、公安に

ずっと尾行や盗聴を受けて、しばらくコンサートも開けなかったという。

コンサート会場で若者が熱狂する姿を見て、さぞ、政府のお偉いさんは怖かったのだろう。

僕がこの「一無所有」の曲を生で聴いたのは、89年の旅の最後に香港に立ち寄ったときだった。

天安門事件から100日目の抗議・追悼集会がヴィクトリア公園で開かれ、それに地元の香港人たちに紛れ

て加わったのだ。事件前にはテレサ・テンが飛び入り、ノーメイクで生ピアノをバックに唄ったというの

が日本でも大々的に報じられ、「もしかしてテレサが現れるのでは?」という期待もあり参加したのだっ

た。


ステージには次々、香港・台湾の歌手が上がりメッセージを読み上げたり、想いを込めた曲を歌った。

ひとり、泉谷しげるに似たフォーク歌手がボブ・ディランの”BLOW IN THE WIND”を

ギター一本で唄った時、会場内総立ちで涙の大合唱が巻き起こった。

鳥肌の立った一瞬・・・。

97年の香港返還を前に祖国を憂い、切実に唄う人たちにまぎれ、僕は自分のやっている英米ロックもどき

のコピーをなんだか虚しく、そして恥ずかしく思った。

「こんなに熱い気持ちでもって、一つの曲をみんなで気持ちを込めて唄うことって今の日本にあるだろう

か−。」 それがバブル日本を飛び出して、中国を一ヶ月歩いてきたハタチの僕の正直な気持ちだった。


「一無所有」は香港の女性歌手がアレンジを変えたカバーバージョンで唄った。そのステージのバック

スクリーンには戦車に立ちはだかる中国のひとりの青年の姿が映し出されていた。

ツイ・ジェンの生のライブを観ることができたのはその6年後である。

イメージ 1

穏やかな春の日差しのある日のこと、僕は上海の外灘(バンド)の洋館脇を歩いていた。すると、フト、

頭の中でジャパンの”カントン”のあの東洋的な旋律が鳴り出したきた。その音楽は実に、古びた洋館の

趣きと朝の市民の自転車ラッシュの光景にマッチしていた−。


1970年代後半にロンドンから現れた”ジャパン”というバンドをご存知だろうか?

中性的なルックスにメイクで、世のティーンエジャーの女の子に熱狂的に支持されたカルトバンド(?)

である。音楽はというと、陰鬱、屈折、内向的・・・としか言いようがない。

デビュー当時、彼らは、まだ僅か十代後半くらいの年齢だったと思うが、そのアイドル的ルックスに全く

たがわず歌詞、曲調とも実に「重い」のだ。勿論、黄色い嬌声をあげていた少女たちが、彼らのメッセー

ジなど知る由も無かったであろうが−。

最初はそのルックスが先行して全くのアイドルバンドという扱いを受けていたが、(Voのデヴィッド・

シルビアンなどは「世界で最も美しい男」などと雑誌で持ち上げられていたくらいである。)次第に彼ら

独自の美学をアルバムごとに開花させていく。後半はYMOファミリーとの交流もあり、よりエレクトロ

かつ、オリエンタルテイストの度合いを深めていく。 

ラストアルバムとなった”TIN DRUM ブリキの太鼓”(1981) では、ジャケット写真に中国服

をまとったD・シルヴィアンが不器用そうに箸と碗を持ち、その背後の壁には毛沢東の肖像写真、音楽

も”ヴィジオン・オブ・ザ・チャイナ”(中国の幻影)、”カントン”と、中国、オリエンタル的なるも

のへの憧憬をストレートに表現していた。プロモーションビデオ(以下、PV)もまたしかりで、文化大

革命時代の紅衛兵の服装をしたメンバーが赤旗や毛沢東語録をうち振る・・・といったものだった。


このPVを僕がテレビで観たのは確か小6の時だった。

白人の男が中国人の格好をして赤旗を振る、漢字のネオンサイン、文革時代の白黒のニュースフィルムの

コラージュ・・・。何だか不気味な絵だったことを記憶している。しかし、その時何かを「掴まれた」気が

した。 

その後の僕の中国への傾倒などはルーツを探れば、実はジャパンにあったと言っても過言ではないだろ

う。同時代に売れに売れていたYMOの赤い人民服姿のキッチュでポップアート調な色彩のあのレコード

ジャケットもしかり。日本人が人民服を着て英語で唄う、白人が東洋風の旋律をシンセで奏でる、その

無国籍な、どこのものでもないオリジナルなミックスチャー感覚・・・。

それは小学生の僕には勿論、理解しようがなかったが、深く視覚的、感覚的に刷り込まれた「視激」だ

ったと今にして思う。

上海の街を歩きながら、そんなことを僕はひとり考えていた。

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