明日の日記

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香港雑想録

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英領時代、97’返還時の狂騒に立会い、そして今の香港を巡る照片雑文集。ホンコン・コーリング!
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<写真>慌ただしい香港の街の喧噪がここだけは嘘のよう−。 油麻地・美都餐室 MIDO CAFE



『茶餐庁』とはお茶やドリンク、軽食などのメニューを置く香港スタイルの喫茶店のこと。

日本でもたまに見かける商店街などの一角にある「時代から取り残されたような昔ながらの喫茶店」とい

う雰囲気と表現したら分かりやすいかもしれない。ミルクティーや鴛鴦茶(香港名物のコーヒーと紅茶の

ミックス茶)、檸檬・生姜入りホットコーラ(これも香港名物)、サンドイッチやフレンチトーストの類

が茶餐庁の代表的メニュー。内装がまたなんともレトロで50年代、60年代のオープン当時の雰囲気そのま

ま、というところが売りでもある。


その一軒の油麻地にある”美都餐室 MIDO CAFE”へ足を運んでみた。

油麻地といえばその名の通り、油ぎった雰囲気の屋台や食堂、庶民向けの商店が並ぶエリアである。この

周辺は毎晩、夜になると、広東オペラの路上練習の一団が出たり、観光客向けの怪しい夜店が立ち並ぶ

「男人街」と呼ばれるにぎわいのあるところ。いかんせん昼間は意外なほどひっそりとしていて、2階の

席へ通されると、その窓際からは天后廟の屋根とその広場にゆっくりと腰を下ろしているご老人達の姿が

見えた。

漢字と英語が併記されたメニューから、街歩きの疲れと喉の癒しにと”冰凍鴛鴦茶”なるメニューを

注文。要は日本で言う氷あずきのようなしろものだったが、これをジャキジャキとやりながら、しばし

休息。緑のカーブする窓枠、ボックス型のテーブル席、ゆっくりと空気をかきまわす天井のファン…。

思わず、お持ち帰りしたくなる時間と空間。


香港にはまだかなりの数の茶餐庁があるという。お気に入りの一軒を見つけ歩く、そんな「茶餐庁めぐ

り」と「香港B級グルメ探訪」の旅も次に悪くないかもしれない。

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<写真>これから乗客の搭乗を待つキャセイパシフィック航空 ボーイング777型機 成田空港


「その国へ行くには、その国の航空会社を利用するに限る」

と以前、読んだ本にある旅行ライターが書いていたが、ナルホド!、今回はそれをまさに実感した空の

旅となった。機内に入るやいなや流れる広東語の機内アナウンス、ヘッドホンからは香港ポップス、

各座席でヘッドレストで見られる映画も多種多様だが、やはりここは香港映画をポチっとな。

ジャッキー・チェン主演の映画に見入る。中華機内食も好食!(ホウセー 廣東語で美味しい)

そうして血中香港モードが一気が高まったところで、ほどなくして香港国際空港に到着。


以前、仕事で出張の際に一度だけキャセイ(以下、CX)に乗ったことがあったが、その時は仕事のこと

が頭いっぱいで雰囲気だとか、ソフト面でのこれといった記憶がない。ただ、思い返すとその後、いくつ

か乗ってきた他の航空会社に比べて、サービスや機内食のレベルが高かった…ということだけは思い出せ

る。それ以来、僕にとってCXは『もう一度利用したい航空会社』の一つであった。それが17年越しに

叶っての今回の搭乗。やはり良かった。薄らぼんやりした記憶に間違いはなかった。


帰国の際に今回の旅の思い出にCX・ボーイング777型機のミニチュアを空港の売店で買い求めた。

これを部屋で眺めてニヤケる…、そんな旅の余韻に浸るのも悪くはないかなと。

香港に行ってきた

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<写真>ネオンサインの賑やかさは相変わらず。 九龍・ネイザンロード


11年ぶりに香港再訪。

街は大陸の観光客で賑わい、大型ショッピングモールが次々と生まれ、禁煙場所が増え、コーヒーはちゃ

んとオーダーの際に「ミルクは?砂糖は?」と訊いてくれるようになり、北京語が普通にどこでも通じる

ようになった変化著しい今の香港…。


今回は某H旅行社の新聞広告に載った3泊4日フリーツアーに参加してでの訪港。「こんな安くてホン

ト、マジですか?」の価格破壊ぶりに毎朝、新聞を開く度に唸っていたのだが、ここはひとつノリで行っ

とけ!!」とばかりに申し込んだ次第。


「円高を実感したいが円(縁)がなし」とは言うショボくれたこの頃だったが、行ってしまった勢い、

なんだか初日からエンジンに火がついたようになり、朝から深夜まで動きまくり、食べまくり…。

軽いトランス状態のようなアゲアゲなノリでフルに歩き倒した4日間。

そういう訳でしばらく香港旅日記、続きます。

香港返還10周年

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〈写真〉香港の英軍基地に進駐した人民解放軍。
    「熱烈慶祝中国人民解放軍順利進駐香港!」という簡体字の横断幕に中国を感じた一瞬。


あの一大香港加熱報道は何処へやら…? 

1997年7月1日 香港が英国の植民地統治を離れ、中国へ返還された日である。何も騒ぎに便乗してミー

ハーチックに行かなくとも…、なんであるが、僕自身の香港に対する特別な思いがあの時、香港へと走ら

せた。 


1989年の天安門事件直後、中国をつぶさに見て帰国の途、最後に立ち寄ったのが香港だった。

やっと人々が人民服を脱ぎ始め、改革開放政策が軌道に乗り始めたばかりの中国と、資本主義の権化のよ

うな香港の街の繁栄は全くもって、天と地ほどの差があった。それはまだ上海の外灘の対岸、浦東が未開

の原野だった頃の話。広州から列車で約3時間、たったの3時間で世界がひっくり変えるのを目の当たり

にした。大陸で人民と肉弾戦を繰り広げてきた身にとって香港の人々のスマートさは驚愕だった。

ビルの林のような近代的な摩天楼、賑やかで明るいショッピングモール、人々の垢抜けたファッション、

100万ドルの夜景…。全てが大陸の国営商場のそれとは違っていた。


しかも、あまりのみすぼらしい格好に中国からの密入国者かと思われたのか、警官に日に何度も職務質問

を受ける有り様。 そこでなるべく、地元に同化しようと新しいシャツを購入し、ヒゲも剃った。

ホテルや英国系銀行、デパートの入り口には英国旗ユニオンジャックがはためいていた。その旗の何とも

眩しかったこと…。「もう、ここは中国じゃないんだ! 脱出した!!」との思いを噛み締めたものだっ

た。


1997年、その香港が中国へ返還されるにあたり日々、加熱する報道に、いてもたってもいられず、仕事を

ムリヤリ休み、台北経由で香港へ。勿論、ホテルの空室などどこもない。足元を見られながらもどうにか

重慶大廈のインド人宿にすべり込んだ。

返還の一瞬は九龍側、スターフェリー乗り場のたもとにある時計台の真下で向かえた。

午前零時の瞬間、一斉に鳴らされる港の船の汽笛、自動車のクラクション、人々の大歓声、そして花火。

イベントはピークに。スコットランド民謡を唄いビール片手に街を練り歩く英国人グループ、そして彼ら

と陽気に記念撮影する地元の若者たち。祭りの夜は更けた…。


翌日、街を歩くとほとんど何も変わらぬ日常があった。

変わったことといえば、昨日まで街にはためいていたユニオンジャックが一夜明けたら五星紅旗に変わっ

ていたこと。昨日まで浮かれていた観光客も何だかスカされたような面持ち。


香港人の現実肯定的な、したたかな生き様、逞しさをまた改めて認識させれれたのは言うまでもない−。

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