明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

上海雑想録

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2006年2月後半、5泊6日で上海に行って来ました。初の中国への旅から17年。今の中国そして上海に独り思うつぶやき・・・。
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雑誌で目にして、今回、上海でどうしても行きたかった場所があった。

「莫干山路50号(モーガンシャンルー)」www.m50.com.cn という1930年代に建てられた蘇州河沿いの

古びた倉庫群である。今、その倉庫群(ロフト)が上海在住のアーティストたちの新しい表現の場とし

て再生され、ギャラリーやスタジオが次々にオープンしているというのだ。

何やら上海でも最先端なエッジの利いたスポットらしい−。

アクセスは少し難しく、結局、上海駅前からタクシーを2度乗り継いで行くことに。

地図を見せても、運転手がわからない、そんな河淵のどんつき、行き止りにある外観は何の変哲もない、

正真正銘の倉庫であった。


特に入場料もチェックもなく、スーッと中に入っていっても何も言われない。

スタッフやオーナーは、海外に出ている人が多いのか、英語を流暢に話した。

「なぜ、ここを知ったの?」

ギャラリー兼カフェで中国語と英語を織り交ぜ、彼らと気さくに話を交わした。

中国の現代アートの最先端を行く作品の数々・・・。ゆっくりと見て回ったら、丸一日は時間を費やす

だろう。
 
古びた倉庫から、熱くエッジな新しい流れが動き出しているのを確認した。


〈写真〉1.河沿いのこの辺りは大きな倉庫ばかり。この路地の奥にそんなヒップな所があるなんて。
    2.Shanghart Gallery 香格納画廊 
      莫干山路を代表するギャラリー。 高い天井に広いスペース。気持ちの良い空間。
    3.H-space 
      スイス人オーナーの経営。訪れた日は何やらパーティーの準備をしていた様子。
    4.「工作室」というのはつまり、スタジオとかアトリエの意味。
    5.Shanghart Gallery アートに関する書籍も販売している。

「老人」と海

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上海の大学に留学中の友人のHくんに半日市内を案内してもらった。

彼は今、20歳。そう僕が始めて中国を旅した時と同じ年齢である。 彼の目に映った今の上海とかつて

の彼の街の印象を比べ語り、二人で肉包(肉まん)などほう張りつつ、そぞろ歩いた。

その時折、僕は歩みを止め、ふと感慨に耽る−。


僕:「うむ、確かこの通りにはトロリーバスが走っていたような・・・。」

H:「えっ、マジすか? トロリーバス!?」


その通りとは、旧フランス租界のプラタナス並木の大通りである。トロリーが走っていた面影などそこに

は今はまるでない。 ハタチの自分の記憶の断片が突然、溢れ出す・・・。 

そんな止めどもない会話をしながら街を行く。それはもう歳と人生の時間を隔てた、老人と青年の会話

以外に他ならなかった。


 僕が始めて上海を訪れた17年前の1989年といえば、改革開放政策が波に乗り始め、やっと人々が人民服

を脱ぎ始めたばかりの頃のお話しである・・・。

 以前、社会主義経済だった中国は「糧票 リャンピャオ」という配給切符がないと食べ物が買えなかっ

たこと。(もちろん外国人には売ってくれるが、見た目、中国人と見分けがつかない日本人の僕はよく、

「切符は?」と店員さんに言われたものだ。)

外貨獲得の為、外国人は列車、航空券、ホテル、観光地の入場料に2〜3倍の「外国人料金」を払わなけ

ればならず、片言の中国語を操り、中国人に成りすまし、チケットを購入したこと。

宿泊代を節約するため、外国人しか泊まれない旅社や招待所にも偽名を使い、中国人と偽って泊まった

こと。また、外国人用の紙幣「外貨兌換券 FEC」が存在し、彼らの泊まるホテルの前には闇両替商

がたむろし、「チェンジ・マネー?」と寄ってたかって、両替を求めてきたこと。

それは当時、なかなか中国では手に入らなかった西側の外国商品を購入したり、海外に出国するための

手段だったことなど・・・。


そんなことを感慨深く話す僕のことを、まるで昔話しを聞かされている子供のような表情で聞いている

Hくん。(その時の僕の目はどこか遠くを見るようなかんじであったろう。)

「今はですねぇ・・・」 今度はHくんの今の上海談義が堰を切ったかのように始まった。 


「老人」と青年の上海には大きな時間の海が存在しているようであった−。


〈写真〉これからの中国の未来を語る青年(?)
    「老人」の昔の記憶では、河の対岸の浦東は何も無い暗い原野だった。今は未来都市・・・。

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「中国が凄いことになっている。」

「あらゆるものが変化を遂げていて、恐ろしく昔とは変わってしまった。」

「かつてコテコテ共産国だった影も形もない。」


そんな言葉を巷でよく耳にするようになったのは、ここ数年のことではないだろうか。

テレビ、雑誌、それに近頃、中国に行った人から伝え聞いた話しでは、とにかく

「凄い」の一言らしいのだ。

雑誌では今の北京や上海の飛び切りヒップな場所が、やれ「モダンチャイナ」だの「ヌーベル・シノワ」

などと華やかに紹介されている。

「これは一体どういうこと・・・?」

かつてのあの国を知る者としては、信じられない話しばかりではないか。

そして僕は5泊6日の日程で今の旬の上海と中国をつぶさに見て来ようと、往復29,800円の格安チケット
 
を手に上海へと飛んだのだった・・・。


(写真) 豫園のスターバックス。「日本にもスターバックス、いっぱいあるんですね。」と
     都内で会った中国人留学生が言っていたのは、つまり、こういうことだったのだ!

横浜発 上海行き

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1989年7月、青年はひとり横浜の港に立ち、荒野をめざしていた。

3泊4日の船旅の末、上陸した上海−。外灘(バンド)沿いの重厚な西洋建築群の織り成す東洋の中の

エセ西洋。「混沌」といった表現しか浮かばない街の雑踏の中でアノニマス〈匿名的〉な存在に溶けて

ゆく自分を感じたハタチの暑い、熱い夏・・・。


北京では6月4日の天安門広場への武力弾圧以降、戒厳令がしかれたままだった。

このとき、ひとり中国を目指した自分がいた。そう、全てはそこから始まったのだ。


2006年3月、再び上海へ。

人間の生身の欲望を忠実にさらけだした彼の街の変質変化は、かつての彼の国を知る目にどう映ったの

だろうか。

(写真)赤壁、三輪車、昔の中国。

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