明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

音楽の能書き

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能書き抜かす、リクツこね回す、音楽評論家が嫌いなワタシの書く、単なる私的こだわり音楽レビュー。あくまでも「能書き」です…。
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<写真>ジャパン ラストツアーでの在りし日のミック・カーン。


「みっくさん、さようなら!」

「さようなら!」と教室を出る時にいつも交わすあいさつ−。

今から10年ほど前に新宿のとある日本語学校に勤務していた時に出会った「みっくさん」という名の

イギリス人の生徒さんが、先日、ロンドンでガンで闘病の末、亡くなったそうだ。


自分がかつての大スターだとはひけらかすことも、そして、おごることもなく、いつも優しい笑顔で

にこやかに、他の教師たちや学校スタッフに接していた彼が、「あのミック・カーン」であることを

僕が知ったのは彼が帰国後、ロンドンから学校に送って来たメッセージカードとCDでだった。

「ありがとうございました。 みっくかーん」と日本語で書かれたカードとサイン入りのCD。


高校時代、デビット・シルヴィアンに憧れて髪を伸ばし、「髪を切って来るまで学校に来るな」と教師

に学校を帰されたこと。放出するのではなく、内面に向かう彼らの我が道を行くが如くなロックなスタン

スに衝撃を受けたこと…。そう彼らの音楽なり姿勢はある一時期の僕にとっての「教科書」だった。

そのバンドのベーシストであるのミック・カーンに僕は30代の大人になり新宿の職場で「ニアミス」

した。


譜面を書けず、読めず、感覚と自身のセンスを頼りにフレットレスベースを操る稀有な才能を持った

ミュージシャン。彼のような独特の世界を持ったベーシーストが他にいるだろうか。


みっくさん、闘病はさぞかし辛かったでしょう。苦しかったでしょう。

僕はあなたの訃報を聞き、あの学校での笑顔を思い出しましたよ。

今度はいちファンの一人として言わせて頂きます。「みっくさん、さようなら!」

お疲れさまでした。安らかにお眠り下さい。



●以前のジャパンに関する記事「チャイナの元をたどればジャパン2」
  http://blogs.yahoo.co.jp/xiexie_okada/37095594.html

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<写真>とても20歳とは思えないアンニュイ感漂う歌声、雰囲気。


こういう旅先での偶然の「発見」というのは何とも嬉しいもの。

先月、香港格安ツアーに参加した折、何げにホテルの部屋のテレビを観ていて思わず身を乗り出した。

ギターを抱え、少し冷めた雰囲気で独特のハスキーボイスに乗せ、英語と北京語で唄う…彼女の名は

台湾の新人女性シンガー、ジョアンナ・ワン(王若琳)。


だいたい、ギターを持ってオリジナルの歌を唄う女性シンガーなどまだ華人明星界(中華系芸能界)に

少ない上、この貫禄溢れる唄いっぷり。すっかりアーティストというのが板についている…。

翌日、九龍のHMVにてCDを見つけ即買い。帰国後も我が家でヘビーローテーションのこの頃。


ご当地での売り出しキャッチコピーは「台湾のノラ・ジョーンズ、小野リサ」だとか…。

確かにそういう雰囲気出している。個人的にはどちらかといえばアン・サリー風な感じも受けたが、

ご本人はこういうレコード会社の「触れ込み」があまりお好きではないらしい。

よほど台湾での芸能活動が合わなかったと見え、結局、アルバム2枚を発表し、今は渡米し、生まれ故郷

のロサンゼルスで大学生活を送っているとのこと。


バックの演奏、曲調はボッサ風、70年代AOR風、ジャズあり、アコースティックありととても豊か。

北京語の歌詞もうまく乗っている。アルバム中、特筆するとすれば『玫瑰玫瑰我愛你』のカバーが白眉。

この曲はかつてシンガポールのディック・リー、香港のアニタ・ユン、そして日本では酒井(容疑者)

ノリピーも台湾公演の際にステージで北京語でカバーしていた戦前上海国語歌謡の名曲。華人にはおな

じみのナツメロをアコースティックギター一本の軽やかな伴奏で唄う。


彼女のアルバム、DVDを観て思ったのはその存在感。

おそらくこういったタイプの女性華人歌手はかつていなかったのではないかと。(CDはDVD付きでし

た)90年代のフェイ・ウォンがポップ界に一石を投じたこと思うと、「それ以来の新人出現か」と大袈裟

ではなく思っている。

これからの活躍が期待されるが、いかんせん今は音楽活動休止中。是非とも近いうちに、ライブを観てみ

たい。


●ジョアンナ・ワン(王若琳)hp(中文・繁体字)
 http://www.sonymusic.com.tw/pop/joannawang/p1_2.php

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<写真>右端、ジャックス水橋氏の写真が昔の10代の頃のものというのが思わせぶり。



早川義夫さんといえば、元ジャックスという伝説のバンドのリードボーカルであり…、何だか、こういう

風に能書きをいちいち書くのもはばかられる−。

レコード会社、事務所が演出したムーブメントであったグループサウンズ全盛の時代に現れたにもかかわ

らず、曲は全曲メンバーによるオリジナル。誰もが持つであろう、心の奥底の暗い世界を覗いてしまった

かのような独白にも似た歌詞の世界、早川さんの怨念のような発声(失礼)。どれもが10代の僕にとって

は衝撃だった。『和製』ドアーズだとかヴェルヴェット・アンダーグラウンド…などと呼ばれてもいたら

しい。つまり彼らの音楽を形容するようなモノが日本にまだ出現していなかったからであろう。

デビューアルバムの「からっぽの世界」で『ぼく唖になっちゃた…』という冒頭の歌詞がレコード会社の

自主規制に引っ掛かり再発のメドはたたず、新宿西口のレコードショップではウン万円という高値がつけ

られていた。音楽活動を引退し、数十年に及ぶ沈黙も伝説を助長するものとなった。早川さんが音楽活動

を再開したのは93年のこと。(復活ライブには江古田のバディまで当日券一番で並んで観に行った。)


先日、5月18日、吉祥寺・スターパインズカフェにてライブがあり足を運んできた。

今回のライブでは驚くことに元ジャックスのリードギターである水橋春夫さんがゲストで参加。

水橋さんが早川さんとステージで演奏するのは約40年ぶり。それを聞き、何が何でもと前売りを購入。

お陰でなんと、前から2列目の席を確保。いつもの佐久間正英さんのリードギター、それに今回参加の

フィッシュマンズのB・Drsのサポートも素晴らしい。

ジャックス時代の曲から『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』のアルバム、復帰後の最近の曲

まで織り交ぜライブは進む。15年前に観た時とは変わり、早川さんも軽妙にMCを挟む。それが何だか

微笑ましく、嬉しかった。

途中、休憩を挟み、第二部に水橋さんは登場。『割れた鏡の中から』、『マリアンヌ』、それに水橋さん

のオリジナル『時計をとめて』ではボーカルも披露。「あぁ…この人が唄ってたんだ…」とナマで聴く

ジャックス・オリジナルメンバーの唄声に絶句。

情念が噴き出すかのような激しいファズとエコーのかかったリードギターも当時のまま。

「言葉を忘れた俺の…」という歌詞のままのような精神状態の僕はしばし、「唖になっちゃった」のであ

った。


ライブ終了後に歓談している早川さん、水橋さんにおこがましくもサインをねだった。

「本当に素晴らしかったです。またライブやられないんですか?」と訊くと、「うん、やるよ。もうちょ

っとギター練習したらねぇ。」と気さくに受け応えをしてくれた水橋さん。この日のライブは一生忘れま

せん!

「美しいものは人を黙らせる−」と早川さんは唄っているが、僕にとっては様々な10代からの思いが交錯

したライブであり、しばし、その歌の数々を前に沈黙せざるを得なかった訳である。

多摩蘭坂を登って

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〈写真)兄貴、早く逝き過ぎだぜ!


東京の西のはずれ、国分寺、国立、立川、日野…。新宿から真っ直ぐに伸びた中央線がだんだんと郊外

の色彩を帯びだすあたり、僕が4年間の学生時代を過ごした思い出の土地でもある。 

「市営グランド」の脇を通り、甲州街道を抜け、国立市を横切り、多摩蘭坂を登ってバイクで通学して

いた日々はRCサクセションの軌跡を巡るちょっとした旅だった気がする。そんなことを、つい最近、

あの訃報を聞いて思ったものだった。

「RCサクセションがかつてアマチュア時代にステージに立っていた…」という枕詞のつくライブハウス

もこの周辺には多い。そんなことから何だか忌野清志郎という人を「地元・多摩地区から出て成功して

メジャーになった先輩」』というような、とても身近な存在に感じていた。


天安門事件直後、中国を旅した時に、現地で親しくなった学生にあげてきたRCのカセットテープは

かなり気に入ってもらえたようで、「学生寮で皆で聴いている」と後日、手紙をもらったほど。

「カバーズ」、「コブラの悩み」という結構、社会問題をテーマにした問題作で、日本語の歌詞が分かっ

たら当局から没収されそうな内容だったが、コトバは分からなくとも音楽を感じる心は一緒。

RCの曲を聴いて何かを感じてくれた中国の学生たちに、僕が中学生のときビートルズに夢中になったと

きのことをダブらせてみたり−。


チベットの安宿でチベットの濁酒を飲みながらギターを弾いて欧米人バックパッカーと一緒に唄った

「ディ・ドリーム・ビリーバー」。最初はモンキーズの英語の歌詞で唄っていたが、サビの部分に来ると

一緒に唄っていた僕を含めた日本人は思わず、清志郎の日本語の歌詞になってしまう。


『ずっと夢に見て安心してた 僕はディ・ドリーム・ビリーバー そんで彼女はクイ〜ン♪』

欧米人はそれを聴いて「何それ?」という顔をしてニヤリ。


学生時代を過ごした多摩地区の風景、中国の学生のこと、チベットでの思い出…、そこに清志郎の歌が

あった。「兄貴、夢をありがとう。」 それくらいしか今は言葉が見つからない。

 

ぼちぼちいこか ’08

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〈写真〉くいだおれ太郎を拉致する怪しい二人組。(笑)


1975年に1枚だけアルバムを発表した大阪の伝説のブルースユニットが昨年から「ぼちぼち」とライブ、

アルバム発表と再活動し始めているそう。


2008年7月、大阪・道頓堀の「くいだおれ」閉店に伴い引退した(?)くいだおれ太郎くんフューチャ

リングという触れ込み。アルバムジャケットからもその思い入れが伝わってきそうな何とも”大阪・

LOVE”な作品。

有山じゅんじの冴え渡るフォークアコースティックギター、上田正樹の円熟味を増したブルージーな

歌声、そしてユーモア、大阪人情、オリジナル盤から33年ぶりとは思えない二人の息の合い方に涙と笑い

の一枚。


新曲「ぼちぼちいこか」の冒頭、

「昔はほんとよかった」 なんてこれっぽっちも思わない

「あの頃に戻れたら」 なんてこれっぽちも思わない−

という一節から二人の今の現在進行形の思いが伝わってくる。

関東人の僕が言うのも変だが、このアルバム、大阪の友人にも教えてあげなくては!



●有山じゅんじと上田正樹 『ぼちぼちいこか ’08』
1.俺の借金全部でなんぼや
2.梅田からナンバまで
3.あこがれの北新地
4.買い物にでも行きまへんか(コーラス:金子マリ)
5.なつかしの道頓堀
6.ぼちぼちいこか(新曲)


●以前のこのアルバムの記事⇒http://blogs.yahoo.co.jp/xiexie_okada/42603619.html

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