明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

音楽の能書き

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能書き抜かす、リクツこね回す、音楽評論家が嫌いなワタシの書く、単なる私的こだわり音楽レビュー。あくまでも「能書き」です…。
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<写真>ライブ8で再結成されたピンクフロイド。右端がリチャード・ライト。


遅ればせながら、その訃報を聞いたのは昨晩のことだった。

夜、寝床に入り、ふとラジオのスイッチを入れると、ピンクフロイドの”DARK SIDE OF 

THE MOON”が。「オォ、ナイス選曲!」などとしばし聴き入っていると、DJが引き続きこう

述べた。

「9月15日、イギリスのロックバンド、ピンクフロイドのキーボード奏者であるリチャード・ライト氏

が癌の為、死去されました−」と。

彼の活動の略歴の紹介と共に、数曲続く追悼の曲−。何だか溜め息が出た。


確かに60歳も過ぎるとなると、あの時代のミュージシャンも逝ってもおかしくないのかもしれない。

仲たがいしていた3対1のP・フロイドのメンバーがG8指導者たちへのメッセージということで催され

た「ライブ8」に出演し、1回限りの再結成がなされた。叶わない、と思っていた夢の再結成。すっかり

初老といった外観をよそにかつての名曲を4人そろって演奏する姿に思わず胸が熱くなった。

願わくは、もう一度でもよいから演奏する姿をファンに拝ませて頂きたかったが−。


きっと今ごろ、月の暗いところ(DARK SIDE OF THE MOON)で ”GREAT

GIG IN THE SKY”を繰り広げているのかも…。

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<写真>ステージを下りてオーディエンスの中を縦横無尽に駆け回る。作業服姿のゴレンジャー。(?)



先週の土曜日、野暮用に立川駅前に出かけた折、夏祭りに遭遇。金魚すくい、やきとり、やきそばの

屋台…とそこまでは普通の夏まつりの様相なのだが、モノレール高架下にしつらえられたステージから

何やら楽しげな音楽が…。 何しろ「たまたま通りかかって」という感じで演奏途中から聴いたので、

全容は分らなかったが、それでも十二分にヤラれてしまった!


その名も”HIBI★Chazz−K”(ひびちゃずけ)という作業服にヘルメット姿の5人組ジャズ

バンド。映画音楽やスタンダード、ラテンなどレパートリーは幅広い。ステージ所狭しと動き回り、

お客とステージとの垣根を越え、終いにはステージを下りて観客の中へ。

そんなハズした衣装ながら(失礼)、演奏力は相当な黒帯級。

すっかり引き込まれてしまい、小雨パラつく中、ついつい乗りまくり。


hpを見たら案の定、凄い方々のようで。とりあえず、もう一度、ライブをしっかりと観てみたい。


● HIBI★chazz−K http://ccc.st/chazz/

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〈写真〉直球的装丁好、っていうところでしょうか。


1978年の日中平和友好条約から85年の「教科書問題」が起こる数年までは怒涛の中国ブームが日本を

襲っていた。ポップミュージック界の人士もこぞって中国を訪問し盛んにコンサートを行い、この頃、

日中友好ムードは最高潮に達していたように思う。ゴダイゴ、アリス、さだまさし…。彼らが日本から

最新の音響機材と照明機材を持ち込み、文革中は西側の文化に全く触れることの許されなかった人民服

姿の中国の聴衆たちにロックの大音量とレイザー光線の照明を浴びさせたのだった。


このアルバムは1980年10月に中国・天津の第一工人文化宮において行われたゴダイゴのライブ盤。

激しい曲は避け、なるべく静かめな曲を選曲した、と言われているが結構、これでも当時の中国の人々

には刺激的だったのでは?

コンサートはミッキー吉野のシンセサイザーがうねりまくるテレビドラマ・西遊記のオープニング曲

”THE BIRTH OF THE ODYSSEY”からスタート。このコンサートのクライマック

スは何といっても”ビューティフルネーム”だろう。

タケカワユキヒデが片言の中国語で一生懸命に観客に「次は一緒に唄いましょう!」と促す。

「再来一次!もう一度!」とうながされ戸惑う会場を埋めた人民服姿のオーディエンス。

「じゃ、次は男の人だけ!」「じや、次は女の人!」、こういうステージとの掛け合いに照れながら、

最後には大合唱。

”毎個孩子都有一個 漂亮的名字 漂亮的名字”
”Every child has a beautiful name, beautiful name, beautiful name”



このコンサートのNHKの特番を見たのは確か小6の頃だったように思う。小学生ながらテレビを見なが

らこの人民服の大合唱に胸熱くなったのを憶えている。

観客席の驚愕の溜め息と戸惑いそして照れ…そんな時代の中国ロックの黎明期の空気が感じられる歴史的

アルバムだと個人的には思っている。

ぼちぼちいこか

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〈写真)道頓堀のシンボル、太郎くんはさてこれからどこへ?


大阪へ出て来てから  作詞・作曲 上田正樹

大阪へ出て来てから もう1年
どぎつい大阪弁にも 慣れたけど
道頓堀のネオンサインにゃ 今でも驚くばかり
あぁ それでもふるさとに 時々帰りたいと思うけど
今ある金では どうしようもない

大阪へ出て来てから もう3年
人に「儲かりまっか?」 と云われれば
「さっぱりあきまへんわ どうしようもおまへんわ」
俺もそんなことが 今では云えるようになったけど
ほんまにどうしようも どうしようもおまへんわ

大阪へ出て来てから もう5年
ゴミ溜めの街には なつかしさ覚え
ワイも一生 ここで暮らすんかなと思ったり
若い頃は 一発当てようと大阪へ 勇んでやって来たが
ワシらには 宝くじしかないんかなと思う


出だしの大阪の雑踏のおっちゃんの呼び込みの「兄ちゃん、これナンボくらいすると思う?」

というSEからスタートする大阪の街をテーマにしたコンセプトアルバム。

1曲目のこの『大阪へ出てきてから』のダウンホームな感じで一気に聴く者を道頓堀の淵の

一杯呑み屋へと誘う。


このアルバムに出会ったのは今から15年ほど前、丁度、関西に通うようになった頃。

高田渡の「コーヒーブルース」で唄われる京都のイノダコーヒ、憂歌団の世界と並んで「関西萌え〜」感

を募らせていた愛聴盤。(今も)


上田正樹といえば大阪弁をそのままブルースの歌詞に唄い込むという斬新さで知られる人だが、初期作品

でもこの通り。ブルースギターリストとして知られる有山淳司も渋い世界を展開している。

デキシーランド調あり、スワンプ調あり、オープンチューニングのスライドギターありと、なかなか唸ら

せるものがあるのだが、始まる歌詞がいきなり「オカマなんて 気安く呼ばんといて〜♪」と来るから

またそこがたまらなくブルース!


このアルバムで個人的に一番好きなのは有山氏作の「梅田からナンバまで」

”散歩しましょう 御堂筋でも 梅田からナンバまで〜♪” 

大阪の友人がこのアルバムを知らない、というので関東人の僕がこの歌の一節を鼻歌で聴かせたところ、

「何や〜 ソレ? デパートのコマーシャルソングみたいやなぁ〜」

と突っ込まれた次第。

大阪人みんながこの曲を知っている、とはいやはや早計だった。

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〈写真〉レザージャケットに黒のサングラス、長髪というロックないでたちのこの頃の岡林。
    『岡林信康コンサート 1970年12月1日 共立講堂』 裏ジャケより。



岡林信康というと、初期の代表曲から受けるイメージから「反戦フォーク歌手」とか「社会派シンガー」

という雰囲気が先行しがちだと思う。ベトナム反戦、貧困、差別、部落問題、山谷の日雇い労働者などを

唄ったものなど、確かにテーマは重い。

しかし、それらをシニカルな視点でコミカルかつユーモラスに歌い上げるという彼のもう一つの側面も

忘れてはならない部分だと思う。

「おまわりさんに捧げる唄」「がいこつの唄」「それで自由になったのかい」「性と文化の革命」

それらは「この社会を影で操っている方たちに捧げる唄」として最高のユーモアを合わせ持つロックだと

思う。姿勢としては「早すぎたパンク」である。


この『岡林信康コンサート 1970年12月1日 共立講堂』という2枚組ライブアルバムには彼のそんな

硬軟織り交ぜたユーモアと熱い部分がよく表れている作品。共演は高田渡、加川良、そしてバックの演奏

は、はっぴいえんど と、なんとも豪華な顔ぶれ。(彼らの曲も収められている)

ちょっと自分を皮下しつつ、相手をこちらの土俵に乗せてくる笑いを誘うMCも受ける。「おま●こ」と

か「童貞」とか「うんこ」とか、ちょっと品のよろしくない言葉も歯に衣を着せず連発する。

(どうりでCD化されない(できない)訳だ!)

はっぴいえんどの演奏もCS&Nのような図太い粘り気のある演奏で結構、ガレージっぽいサウンド。

岡林の歌い方はディランを気取ってか、投げた感じのちょっと外れた節回し。(良い意味で)

ライブ後半の「私たちの望むものは」など最後はほとんどアジ演説のような唄いぷりで実に熱い。


今から10年ほど前、八王子の神社の祭りで「エンヤトット」を演奏する岡林を真近に見た。

「エンヤトットって???」と友人とちょっと小馬鹿にして最初は見ていたのだが、ライブ終盤に神輿が

境内に突入、ステージ上の岡林との掛け合い合戦になった。何とも背筋がゾーッと来た一瞬だった。

フォーク、ロック、演歌、エンヤトットと「日本のグルーブ」を求めて岡林の「自由への長い旅」はまだ

続くのだろうか。(それがロックらしいといえばロックらしいけど−)

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