明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

音楽の能書き

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能書き抜かす、リクツこね回す、音楽評論家が嫌いなワタシの書く、単なる私的こだわり音楽レビュー。あくまでも「能書き」です…。
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〈写真〉先日、ジャパンのビデオクリップ集を購入。店頭で少し、気が引けた30代…。


中国に漠然と興味を持ったきっかけは小学生時代にブームだった「シルクロード・ガンダーラ・天竺」

からであり、テレビドラマの西遊記、それとYMOとジャパンの人民服姿であるということは何度か書い

てきた通り。 

ジャパンの屈折感(『ひがんだ』かんじ)とうねるようなサウンド、後期のオリエンタルな雰囲気は

小学生ながら『!?』的な衝撃があった。ロックというと外向きでフラストレーションやエネルギーを

激しく放射するというイメージがあるが、彼らの場合はそれが内向きな方向へ向かっている(笑)。

「こういうロックの表現もあるものなんだ」とその後、パンクやニューウェーブ、60年代のアンダーグラ

ウンドなサウンド探訪のきっかけにもなった端緒でもある。そして、中国への興味もまたしかり−。



これは数年前、僕が都内の某日本語学校に勤めていた時の実際のお話−。

プライベートレッスン(マンツーマン)のクラスで日本語を勉強しに通っているイギリス人の生徒さんで

『ミックさん』という男性がいた。 いつもちょっとしたモデルのようなファッションで鼻ピアスや

アクセサリーの身に付け方など見ても、一見、アーティスト風な風情。また、どこかしら中近東風な

雰囲気をかもし出す顔立ち。 聞くところ「イギリス人だけど、キプロス人の血も入っている。」

とのこと。


「は〜い、ミックさん、こんにちは! 今日はこちらの教室でーす。ちょっと待っていて下さいね。」

などと気安く声をかけていたのだが、ある時、レッスンで「職業の紹介」という内容でこんな展開が

あった。

教   師:「ミックさん、あなたの職業はなんですか?」

ミックさん:「わたしの職業はミュージッシャンで〜す。」


その会話を聞き、「あれ、もしかして?」と思ったのだが、まだ確信には至らない。

「どうせ売れない、そこいらのミュージシャンだろ?」その程度で受け流していた。そしてレッスンの

過程が修了し、ご本人はロンドンへ。 

それから約1月ちかく経ったある日のこと、彼から日本語学校へ航空便が届いた。開封してみると、教室

で職員と外国人の生徒の皆さんと一緒に撮ったにこやかな写真となんと、MICK KARN のソロ

アルバムのサイン入りCDが!!

「やっぱり!!」 その時の僕の仰天具合はここではとても書き表せない。

同僚で”JAPAN”を知っているものは一人もおらず「へー、ミックさんって、CDも出してたんだ

〜」とマヌケな声。

一人だけで大興奮して「え、え、えっ〜!?」と仕切りに騒いでる僕だけが、浮きまくり…。

ご丁寧にも手書きで「ありがとうございました。 みっく かーん」というカード入り。



先日、ジャパンのビデオクリップ集を家で観ながら、ピンク色の髪をしたMICK KARNに思わず

「ミックさん、若いなぁ…」とひとり声に出してつぶやいたのだった−。

深紫 上海演唱会

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〈写真〉ディープ・パープルVS”中国ロックのゴッドファザー”崔健のライブ。 これは観たかった!
    上海の地下鉄駅に貼ってあった告知ポスター (2006 3月)



前回に引き続き、中国のロック事情。

ディープパープルの中国語表記は”深紫”。(←そのまんま!)

70年代初頭の第二期黄金期のD・パープルを生で経験できた日本のロックファンは幸せだった…。

当時、中国はと言えば、文化大革命の真っ最中。人民服を着て、毛主席語録を振りかざし、革命歌を勇ま

しく唄っていた頃。西側文化はシャットアウトされ、ほとんど鎖国状態の体制だった。あれから約40年近

くの月日が流れ、「初老」になった再結成ディープパープルが中国で公演とは…。

リッチ−は不参加だが、このライブ盤、是非CD化して欲しかった!

”LIVE IN JAPAN”にならって、”LIVE IN CHINA”で。

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〈写真〉英国的超級三人男士揺滾楽隊 ”警察楽隊”
     「イギリスのスーパー三人組男性ロックバンド ポリス」というかんじでしょうか…。


ロック好きの人が中国に行ってCDショップで思わずニヤリ…。

残念ながら漢字を使う日本人にしか解からない、英米人にはその面白さが伝わらない、それも日本人で

ロックが好きな人限定という狭い領域での笑い、ここにご紹介します。


金属→メタリカ

警察→ポリス

皇后→クイーン

王子→プリンス

誰人→ザ・フー

滾石→ローリングストーンズ

坡頭士→ビートルズ

鋼鉄処女→アイアンメイデン

香薫女郎→バナナラマ


ちなみにロックバンドのことを中国語で”楽隊”と呼ぶのでアイアンメイデンは”鋼鉄処女楽隊”(!)

と表記されている。ひと昔前になるが、日本のジャニーズ系アイドル、光GENJIが現地の雑誌に取り

上げられていた。 表記はやっぱり、”光源氏”だった。(ちょっと違うんだけど…)

ドアーズの扉を開けて

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〈写真〉彼らのサウンドをも体現しているかような漂うヤバさ…。


1967年から40周年ということで、今年はいろいろとロックにまつわる記念イヤーでもある。

ビートルズのSGTペパーズリリースに始まり、サマー・オブ・ラブ、モンタレ−・ポップ・フェスティ

バル、サンフランシスコ・ヒューマンビーイング、そして、ドアーズデビュー40周年。


真夏にドアーズはピッタリだと思う。少なくとも冬よりは。 そして、できれば大音量で聴きたい。

知的な文学性にサイケなサウンド、ボサノバのリズムにジャズ的なインプロビゼーション、インド音楽的

旋律、ポップ性とカリスマ性、凄まじい破壊力と反権力、反モラル−。

一度聴いて引きずり込まれた輩は少なくない。ここがドアーズの怖いところ。 つまり誰もが心の奥底に

持っているであろう、心の底の闇のようなものを彼らが露骨に露呈していることから、それに聴いた人は

素直に感応してしまうということではないだろうか。心の中の一つのドアを開けてしまったかのような

一種の気まづさというのか…。


僕が初めて彼らの音楽を聴いたのはフランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示禄」のワンシーンで使われ

た”ジ・エンド”だった。 (この映画、実は僕のロックのルーツがいっぱい詰まっている。)

この”ジ・エンド”の流れる映像と音楽には「衝撃」だなんて一言では表せない「犯された、脳内レイプ

を受けた」と言っても過言ではないくらいのものがあった。

実際に10数年前、カンボジア、ベトナムを旅し、あの映画の1シーンの中に紛れ込んだような風景、

シチュエーションに何度も遭遇し、その度にあの曲が頭の中で流れたものだった。

ホーチミン・シティ(サイゴン)にはあの映画にあやかって、その名も「地獄の黙示録カフェ」なんて

いうガイジン向けのバーもあった。

インドシナへ行ってみたいと思ったのは、60年代のロックがBGMとして盛んに使われた、ベトナム戦争

映画に触発されてのものだった。



CDショップの片隅の視聴機で最近、リミックス発売されたばかりの彼らのアルバムを聴いた。

しばらく自分の中では封印していた、10代の頃のカリスマの声はなんだか妙に生々しかった。

サマー・オブ・ラブな夏の昼さがり…。 

ガンダーラ歌謡

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〈写真〉”誰も皆 行きたがるが 遥かな世界”と唄われた、あの場所はこんなところでした…。
     パキスタン・ガンダーラ タフィティバイ遺跡(1994)



カラオケに行って、誰か他人が歌っているのを聴き、歌詞を目で追いながら「この曲ってこんな意味の唄

だったんやぁ…」と思いもがけず気づかされることがある。 次の曲もそんな内のひとつ。


●異邦人 久保田早紀 (2番の歌詞)

市場へ行く 人の波に 身体をあずけ
石畳の街角をフラフラと彷徨う
祈りの声 ひづめの音 歌うようなざわめき
私を置き去りに 過ぎて行く 白い朝
時間旅行が 心の傷を埋めていく 不思議な道
”サヨナラ”だけの手紙 迷い続けて書き 
あとは哀しみを持て余す異邦人


1978年から1980年にかけてのヒット曲の傾向に「シルクロード・ガンダーラ・天竺」をテーマした

楽曲が世をにぎわせたことが挙げられる。以下、一例。


・異邦人         久保田早紀
・飛んでイスタンブール  庄野真代
・ガンダーラ       ゴダイゴ
・モンキーマジック    ゴダイゴ 
・ホーリー&ブライト   ゴダイゴ


名づけて「ガンダーラ歌謡」と呼ばせて頂こう。(勝手に呼びます)

それぞれの曲の特徴は東洋風かつ中近東風なメランコリックな旋律や楽器が用いられ、旅情や見果てぬ夢

や、見知らぬ世界への憧憬を唄っていること。

この異邦人の曲中ではペルシャの民族楽器「サントゥ−ル」も一部、用いられているなど、芸が細かい。


 ”あなたにとって私 ただの通りすがり ちょっと振り向いてみただけの 異邦人”


恋人に振られ、捨てられ、傷心旅行へひとり、異国へ旅立った傷ついた女の後ろ姿が目に浮かぶ…。

もちろん、この曲をリアルタイムで聴いた小学生の頃はそんなことまで分るはずもなかったが−。


丁度、その当時、僕たち子供が知る由もない大人の世界では日中国交が正式に回復し(78)、文革の嵐の

中、鎖国状態にあった中国の情報が一気に解禁になった頃である。

テレビドラマ 西遊記のヒット、NHKシルクロードや、中国特集番組が盛んにテレビで放映されていた

のを鮮明に覚えている。

一連の「ガンダーラ歌謡」のヒットもその時代のムーブメントに呼応したものと考えても良いだろう。


先日、居酒屋の有線放送か何かのBGMでかかっていた「異邦人」を耳にし、軽い酔いとともに、かつて

目指したガンダーラを想ったのだった。

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