明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

音楽の能書き

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能書き抜かす、リクツこね回す、音楽評論家が嫌いなワタシの書く、単なる私的こだわり音楽レビュー。あくまでも「能書き」です…。
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頭脳警察

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地元、所沢が生んだ偉大なロッカー、パンタ(Vo.G)と隣町、清瀬出身のトシ(Ds.Ps)による早すぎた

パンクバンド「頭脳警察」。彼らを始めて知ったのは確か87、88年頃。「宝島」と言うその頃、インディ

ーズやカウンターカルチャーに浮かれていた時代のティーンエイジャーたちのテキストだったこの雑誌に

60、70年代の日本のロックを紹介するコーナーがあり、そこでその名を知ったのが最初だった。


三億円事件のモンタージュ写真をレコードジャケットに使ったファーストアルバムは政治的、性的表現が

過激すぎるということで、レコード会社の自主規制で発売禁止。このアルバムは長いことプレミア付きで

西新宿のレコード店でジャックスのアルバムと並んでウン万円という値段で鎮座ましましていたのを

憶えている。学生時代のそんなある日、87年に発売されたベスト盤を渋谷のレコード店で発見。

友人の部屋で興奮してレコードに針を落としたのを昨日のことのように覚えている。

発禁となったファーストアルバムの曲は以下−

【頭脳警察 1】
1.イントロダクション〜世界革命戦争宣言
2.赤軍兵士の詞
3.銃をとれ Part1
4.さようなら世界婦人よ
5.暗闇の人生
6.彼女は革命家
7.戦争しか知らない子供たち
8.お前が望むなら
9.言い訳なんか要らねえよ
10.銃をとれ PART2

京都府立体育館でライブレコーディングされた自主製作的なチープな音質だが、それが逆に緊迫感を

煽る。のっけから爆竹の炸裂する音でライブがスタート。

(この演出、昔、バンドで使わせて頂きました。)



「言い訳なんて要らねぇよ テメエのマ●コに聞いてみな」

「お前が望むならいつでも入れてやるぜ」

「人の為に死ぬなんてまっぴらゴメンさ だから銃をとれ」

「バカに愛想つかすより ぶんなぐる方が好きさ」



過激な表現ばかりが取りざたされる頭脳警察だが、フォーク調のメランコリックな曲や、ディラン的な

「それでも私は」、コミカルな「いとこの結婚式」などの側面も愛すべき一面だ。

フォークギターにパーカッションというシンプルな構成ながらそのスタンスはまさしくロックであり、

パンクなのだ。そこが「本質」かと教えてくれた存在でもある。復活した彼らのライブは今まで二度、

生で観ることが出来た。まだまだ、パンタにもトシにも時代をアジっていて欲しいと切に思う。


追記:パンタさんにはまた偶然、地元所沢のどこかでお会いできたらと思っている一ファンであります。

今日、12月8日はJIM MORRISONの誕生日。そして、JOHN LENNONの冥日。

今晩は二人の偉大なるロッカーに乾杯&献杯! 

JIMに憧れ、ランボー、ニーチェ、サルトル、ヴェルレーヌ他、フランス退廃文学を読み漁った十代

後半、JIMとDOORSの音楽はその頃の僕の「日記」。もうひとつの知覚の世界への扉を開けてくれ

た、まさに”DOORS”だった。


そしてJOHNとBEATLESはある一時期の自分の「生きる教科書、テキスト」だった。

ベスト盤を自分で編集すると、何故か無意識のうちにJOHNの曲を選んでいる。やさしさと孤独と、

狂気の入り混じった彼の曲は何だか毒々しくて、時には刹那くて、BGMにはちょっと向かない。

耳にやさしい、学校の教科書に載るようなPAULの作る曲とは対照的。そのプリミティブな叫びが僕の

その後の人生を狂わせた。(?)

今晩は、DOORSとJOHNを聴いてひとり忘年会−。

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カエタ−ノ・ヴェローゾの最新作、”CE”セー をこのところの愛聴している。

今年、61歳の人の唄う曲とはとても思えない楽曲の数々。とにかく、ポジティブかつアグレッシブ。

だいたいこの歳くらいともなれば、保身のため、昔の自分の過去の成功例の焼き直ししかしなくなるもの

だが、ヴェローゾは20代の若いバックミューシャンと自分の息子をプロ−デューサーに迎え、臆すること

なく前のめりなのだ。 ギターのディレイ使いやワウ、タイトなリズム、シンプルながらエッジの利いた

演奏は”No New York”あたりのポジティブ・パンク(ポジパン)かニューウエーブな空気感

さえ漂う。歌詞もなんだかニヒルでヘン。ポルトガル語の響きも、フォルセットな声の裏返り方も、

何だかミョ〜にエロい。ホントに61のオヤジが書いた曲か?



昔、中国の田舎町の安宿で同室だった日本人のひとりの旅人が、何とも紫色のまぶしく、きわどいビキニ

パンツを履いていた。(AV男優が履いてるような、と言えばお分かり?)話しによると彼は世界一周の

旅をしていて、ブラジルに長かったそうである。 彼曰く、「ブラジルではこれ、普通だよ。みんな、

こんなの履いてる。」とのことだった。何と情熱的な!

ヴェローゾのこのアルバムの紫のジャケットをCDショップで見た時、何ともあの彼の紫ビキニが一瞬、

フラッシュバックした。(丁度、こんな色でした。笑)

「恋愛とエロスは男の生きる原動力」と雄弁に語っていた彼のイケイケなノリと、ヴェローゾの音楽も

何だかピッタリきてる感じがしたのだった。

ガンダーラ幻想

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〈写真) ”MAGIC MONKEY” GODIEGO
      数年前、再結成され、テレビで彼らの演奏を観たときは久々に少年のように興奮した!


「モンキーマジック、ガンダーラ、ホーリー&ブライト、ビューティフル・ネーム、銀河鉄道999」

と、これらの曲に胸がときめく方は間違いなく35歳〜40代初頭のハズ。(←僕のことです)


78年に日中国交が回復。その頃、巷では「日中友好ブーム」が起こっていた。ゴダイゴ、アリス、

さだまさし、などがこぞって中国を訪問しコンサート開いた。NHKで放映されたその中国訪問のドキュ

メント番組は実に今思うと凄かった。

文革直後の開放されたばかりの中国。ほんのつい最近までロックや西側の流行、風俗はブルジョワ的と

され、触れることが許されなかった共産国のお堅い国に彼らが乗り込んでコンサートを行ったのである。

会場を埋める野暮ったい人民服を着た観衆。コンサートが始まってもロックとポップスのノリと大音響に

戸惑いの色を隠せない人々−。どうにか緊張を解こうと片言の中国語で一生懸命MCをしたり、中国で

当時流行っていた流行歌を中国語で唄ったり(確か、軍港之夜?)と、あのドキュメント番組が子供心に

も僕に与えた影響は今から考えると大きかったと思う。


テレビドラマの「西遊記」にもハマった。

ストーリーは勿論のこと、オープニングの「モンキーマジック」とエンディングの「ガンダーラ」の映像

は実に素晴らしかった。その曲と共にエンドロールで映し出される中国大陸の風物の数々・・・。

万里の長城や、天安門、砂漠を行くキャラバン、石窟寺院などなど、少年を「いつかそこへ−」という

気に至らしめるには十二分すぎた。

ゴダイゴの唄ったこれらの曲は大ヒットした。当時、流行っていたベストテン番組にも度々登場。

日本人なのに日本人らしからぬ雰囲気、英語の歌詞と、小学生の僕には実に刺激的でカッコよく映ったも

のだった。(モンキーマジックの蜘蛛の巣にも憧れた! 知ってるかなぁ?)


この西遊記のサントラ盤を近所のリサイクルショップ買ったのは14年ほど前。200円だった。

そして聴いてビックリ。ゴダイゴってこんなに演奏の上手い、レベルの高いバンドだったんだ!! 

子供の頃、単にテレビに出ているアイドルだとしか思って聴いていなかった人が、オトナになって改めて

聴くと実に凄くレベルが高かったり、奥が深いことをやっていたりと、再発見させられることが多いが、

ゴダイゴはまさしくそんなバンドだった。


このアルバムは「西遊記」というテーマをベースに作られた、起承転結のストーリー性がある、コンセプ

トアルバム。 のっけから、ミッキー吉野のP・フロイドばりのシンセが凄い。2バスの入るテクニカル

なドラムも実に上手い。歌詞は全部英詞。当時、イギリスではかなり高い評価を受けたという。

「子供向けの歌謡バンド」という少年の頃の認識はこのアルバムを聴いて完璧にひっくり返った。


このアルバムを聴いた数年後、僕は実際に会社を退職し「シルクロード、ガンダーラ、天竺」を目指す旅

へと旅立った。

陸路、三蔵法師が西へと向かった、タクラマカン砂漠、クンジュラブ峠を越え、風の谷からガンダーラへ

と、そしてようやくそこに辿り着いたのは日本を出てから3ヶ月後のことだった。

やはりというか、思っていた通りガンダーラで、あの曲をひとり口ずさんだのは言うまでもない−。

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高田渡、その人と言えば、曲は勿論のことだが、以前、三鷹、吉祥寺付近に住んでいた僕にとっては何と

もなつかしい温かい思い出の人なのである。

吉祥寺にあるTという小さな絵本専門店に高田さんはよく来られていて、そこの椅子に座ってあること

ないこと、トツトツと30分、1時間と話したものだった。ポルトガルを旅された時のこと、料理のこと、

写真のこと、ウッディー・ガスリーのことなどなど・・・。


「今、映画を撮ってるんですよ。」と高田さん。

「えっ、高田さんが監督をされるんですか?」

「いやぁー何ね、ボクが撮られてるんですよ。何が面白いんだかねェ・・・。(笑)」

その映画こそ、後に公開された「タカダワタル的」という作品だった。この映画がヒットしたお陰か、

その後、高田さんは全国中を飛び回るようになり、すっかりその店で会うこともなくなってしまった。


ある小雨のぱらつく晩のこと、仕事帰りの帰宅途中、吉祥寺駅北口を出たところ付近で、一人の泥酔しき

った酔人が傘もささずにガードレールにもたれていた。時折、フラついた足どりでタクシーの前に飛び出

てクラクションを鳴らされている。その姿はまさしく高田渡さんであった。

「このままでは轢かれてしまう!」そう思った僕はとっさに声をかけた。

「高田さん、大丈夫ですか?」

「あ・・・、あなたは・・・?」

「僕は高田さんの一ファンの者です。」(もう、僕の顔は忘れていたかもしれない。)

「ああ、そうですか・・・。ありがとう。悪いんですがね、タクシーを拾ってもらえませんかね。」

そう言われ、僕はタクシーを拾い、一緒にタクシーに乗り込み自宅付近まで帰った。(家の方向も同じだ

った。)僕が高田さんに会ったのはその日の晩が最後だった。


「映画がヒットして、忙しくなって最近はあまり吉祥寺にいないみたいですよ。」とTの店員さん。

「また行ったら、会えるかも・・・。」と思ってその後、何度かTを訪れたが、それも叶わぬこととなって

しまった。


「三条へ行かなくちゃ 三条堺町にある イノダっていうコーヒー屋へね−」
 
この曲に導かれて京都のイノダコーヒへわざわざ行ったのは13年程前。最近、都内でイノダコーヒを販売

している店を見つけて、嬉々として買って帰り、部屋で高田さんのアルバムをひさびさに聴きつつ、コー

ヒーを飲んだ。トツトツと、飄々と描く詞の世界と歌は普段の高田さんそのもののような気がした。

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