明日の日記

後ろから前から歓迎光臨!全開偏狭一人世界 百家争鳴!

音楽の能書き

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能書き抜かす、リクツこね回す、音楽評論家が嫌いなワタシの書く、単なる私的こだわり音楽レビュー。あくまでも「能書き」です…。
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ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル 2006が明日、あさってと狭山市の稲荷山公園で行われ

る。30数年前、アメリカ文化に憧れた若者たちが、当時、ジョンソン基地と呼ばれていた米軍基地周辺の

ハウス(在日米軍向けの洋風住宅)に多く移り住み、「狭山アメリカ村」として知られるようになった。

そこから排出されたアーティストは、はっぴいえんど、小坂忠、麻田浩、洪栄龍などなど・・・

ほんの近くにある横田基地が今もケバケバしい妖しさとを何となく持ち続けているのは、未だに米軍が

駐留しているからに他ならない。 それに比べて、返還された元ジョンソン基地、現自衛隊入間基地の

周囲の雰囲気はじつにのどかそのもの。米軍駐留時代の面影を残すものは今はほとんど見られない。


その伝説のハウスの跡地である稲荷山公園(かつて、米軍はハイドパークと呼んだ。)に彼らが集まり、

一回限りの野外コンサートを開くというウワサを聞いたのは去年の春頃。そして昨年の大盛況に続き、

今年は第二回目の開催。今年も本当に凄い面子が集まってくる。 ちょっと普通では見られないそんな

ユニットがこの日のためにステージ上がったりする。 フジロックなどの野外ロックイベントなどには

あまり食指が動かないタチの僕だが、このイベントには是非とも参加してみたい。自分の音楽的ルーツと

も言えるような人たちが集結する催しなのだ。


が、いかんせんあいにく昨年に引き続き、仕事の都合で行けず・・・。

今日は飲食店で出店する新所沢レンレンの仕込みの手伝いに夕方、行って来たところ。

ハイドパークに行かれる方、美味しいエスニックな味をどうぞ宜しく&ライブ楽しんでくださいね!

追記: Ren Ren(レンレン)の屋台は赤いメニューが目印です。


HYDE PARK MUSIC FESTIVAL 2006’ http://www.hmf-sayama.jp

レコードプレイヤーの針が劣化し旧くなり、代えずにそのまま早、数年・・・。

暫くターンテーブルにレコードが乗ることはなかった。 近所のリサイクルショップで1万円で買った

DENONのレコードプレイヤーにSANSUIの今はなき、蜂の巣模様のクラシックなスピーカー。

どちらもドッシリと重く、重厚で今どきの軽薄短小の流れに逆行したシロモノもの。

いかんせん彼ら、やっぱりデジタルにはない、なんとも言えない温かい音を出してくれる。

特にジャズやアコースティック、60、70年代のロックの音はしっとりと落ち着きがあって良い。 


CDが市場に登場してきたのは確か、82、83年くらいのように思うが、その頃はプレイヤーもソフトも

非常に高価で当時、中学生だった僕が買える代物ではなかった。それがCDの時代に変わる過渡期が88

か89年くらいだったように思う。

今さら笑えてしまう話しだが、僕は始めてその小さなキラキラ光る丸い円盤をプレイヤーにかけたとき、

裏返してレコードのようにB面を聴こうとしたことがある。ちなみにそのCDとはラフィンノーズ。

(照れ)「あれ?音でないなァ。」としばらく、ステレオの前でキョトンとしていたのは18くらいのこ

とだったろうか。


今ひとつ、迫力に欠けるCDのジャケットの大きさを不満に思いつつも時代の流れというもので、手軽さ

などに慣れて、今は何の違和感もないが、いかんせん、未だに昔、レコードで聴いていたアーティストの

アルバムをCDで聴くときだけは、大変な違和感を感じずにはおれない。 一番の不満はA面、B面が

繋がっていること。

CDが出始めの頃は「裏返す必要がない。」というラクなところがウケたのだが、昔ながらに「ここで

A面が終わって・・・。」と思っていると、突然、間もなくB面1曲目の曲が始まってしまう。このキモチ

の悪さといったらない。(分かるかなぁ?)

特にA面、B面でストーリー性とコンセプトを待たせているビートルズの「サージェント・ペパーズ」

以降のロック、プログレなどは正直、ぶち壊しですらある。

最初からCDで「後聴き」の後世の方たちには、このレコード世代のオヤジだけの持つ違和感は全く感じ

ないのかもしれないが−。


また、「飛ばし聴き機能」のついたCDはついつい、買ったばかりの新譜でさえも「この曲、ちょっと

イマイチ。」と思えば、次に飛ばして聴くのが、今の人の常になっているが、それもレコードだと、そう

簡単にはできない。一曲、一曲、一枚、一枚のレコードが大変貴重だったし、手間がかかるからこそ、

大事に聴いて、扱った。


と、レコードを暫くぶりに聴き、針を上げつつ、ひとり、オヤジは昔を回想したのだった。

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シド・バレットが亡くなった。

7/7、死因は糖尿病の併発症で享年60歳だったという。遅ればせながら、ネットを見ていたら、そんな

ニュース記事が飛び込んできて仰天。と言うより、「ああ、とうとう逝ったか・・・。」の念が強かったと

言えるが。


ピンク・フロイドの初期のリーダーであり、リードヴォーカリスト、サイドギター、コンポーサー、作曲

者、そして吟遊詩人、狂気の人、ドラック中毒、廃人、隠遁生活者・・・彼を表するいろいろな枕ことばは

いろいろあるだろうが、一言言えるのは、彼が人々にもたらした影響は計り知れないということ。

残された他のメンバー、つまりピンク・フロイドというバンドは彼の影をずっと引きずって今に至るまで

活動してきたバンドと言ってもよい。


以前、ドキュメントのDVDでメンバーのロジャー・ウオータースがこう語っていた。

「突然、バンドのリードヴォーカリストであり、曲を作っていた人間がクスリでおかしくなっちゃたん

んだ。穴があいたなんてもんじゃない。どれくらい、僕らが彼の存在の部分を埋めようとそれから悩ん

で、努力してきたか分かるかい?」と。ああ、なんて人間くさい話しなんだろう。 バンドと一口いって

も所詮、各々個人の人間の集まりにすぎない−。
 

昨年、ライブエイトの場でピンク・フロイドが再結成され、数十年仲たがいしていたロジャー+3名が

集まりステージで ”Shine on you crazy diamond”を演奏した。その映像

を見て、僕は何とも胸詰まる思いを禁じえなかった。そこには、すっかり白髪頭やハゲ頭の初老になった

彼らがいた。


かつて、アジアを旅したとき、インドやネパールやタイのバーやカフェ、ゲストハウスで彼らの音楽を

大音量で聴いたのを思い出した。

サイケデリックな壁のペイントに、何とも言えない妖しい照明の中、ボヘミアンなファッションに身を

包んだ日本や欧米の旅人が ”Wish you were here”を肩を組み、ビールを飲み交わ

し、大合唱したことが鮮明に頭にフィードバックしてきた。 あの時の、お香の甘い香りすら鮮明に−。


今晩はシドへの、せめてもの追悼にビールでも飲みながら初期のピンク・フロイドとソロ作品でもじっく

り聴くとしよう。

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北の独裁者の息子(金正哲氏 22歳)がビートルズ好きらしい− 

ということを以前、書いたが、昨日の夜のニュース番組を見てビックリ。現在、ドイツをツアー中のあの

エリック・クラプトンのコンサートを追いかけて、彼が随行員を伴い(物凄く硬そうなおじさんたちだ

った。)コンサートを「ご鑑賞された」というのだ。しかも1度だけではなく何度も。

かなりのクラプトン好きと見た。しかも映像では会場で売られていたと思しきクラプトンTシャツを着て

いる。コンサート会場内で隠し撮りされた映像では他のドイツ人の観客に混じって「レイラ」のイントロ

でこぶしを突き上げ、熱狂する姿も映し出されていた。思わず吹き出したのは言うまでもない。


これでいいのだ。 こんな風に素直に普通にロックに熱狂する若者があの国の指導者になってくれたら、

きっと何かが変わるはず。そう願わずにはいられない。

そのときはP・マッカートニーやE・クラプトンに是非、平壌で野外コンサートを開いて欲しいものだ。

なんて、都合のよいことをニュースを見て妄想した、いちクラプトンファン・・・。

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