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1月2日(火)快晴
元日の過ごし方が例年通りであると同時に
私にとって2日も毎年、恒例になっているのが「登り初め」である。
おそらくもう10年以上、続いているのだが
この日は鍋割山(昔は塔ノ岳も)に息子と登ることにしている。
今年はいつもより少し遅めに家を出て
県民の森の駐車場に車を停めて鍋割山目指して登ってきた。
息子は大学の頃から一緒に付き合ってくれているが
もう彼も今年33歳、会社勤めも10年になる。
毎年、一緒に登れることは嬉しいことではあるのだが
だんだん、「こいつ、いつまで付き合ってくれるのだ?」と
戸惑いも増しているのは否めない。
登っている時に
「親父さぁ、そろそろ結婚しようかと思っているんだけどさぁ」
と言う話がいつ出るのか、ここ数年、緊張しながら登っているのだが
いっこうにその気配はない。
娘は年相応に娘2人を出産し、こちらはまぁ安心しているのだが
親としての心配は、残っている息子の今後だ。
最近は結婚しない人も増えている。
「婚活」と言う言葉を造語した某教授は私の中高大の後輩で
彼から以前、言われたのだが
今の若者、4人に一人は結婚しない、更に一人は結婚しても離婚する、更に一人は子供を作らない、
つまり結婚して離婚せず子供がいるのは4人に一人だそうだ。
そう考えると今の若い人が我々世代の「当たり前」の人生を送ることは
案外、難しいことなのかも知れないと思う。
前回のマラソン以降、膝蓋靱帯炎になってしまい、
以後、全く走っていないし運動らしい運動をしていない。
登山、など、膝には一番良くないのではあるが、既に1ヶ月、安静にしていたし
医者からは痛みがなければ少し運動した方が良い、と言われているので
私のホームグランドで調子を見ようと思い、今年も登ることにした。
当然、無理はできないし、息子にも今日は試験運転だからゆっくり登ると行って
8時から登り始めた。
前日の私の父、家内の母と集まった時の話、
新しく家族になった孫の話など、今年はいつもよりおしゃべりをしながら登った。
幸い、今日は穏やかな天気で稜線に出てからもそれほど、風はなく登山日和だ。
登山道も乾ききっており、丹沢エリア特有の「冬は昼から登山道グチャグチャ」という状況ではなかった。
ゆっくり登っていることもあり、久しぶりの運動でも息が上がることはない。
マラソンを始めて体重が7kg減ったのだが、その後4kgリバウンドしており
ちょっと体が重いかなと思ったがそれ程でもなかった。
10時20分、ほぼ通常通りのタイムで山頂へ。
山頂からは雄大な富士、そして昨年、息子も登った北岳を初めとする南アルプスが良く見えていた。
絶景かな
ここから見えるべき山々は全て見えていた
そしてこれも恒例だが鍋割山荘の草野さんに年賀をお渡しして
鍋焼きうどんとお屠蘇をいただく。
息子もこれを楽しみにしており、これを食べると漸く正月を実感できるのだ。
この1年、鍋割山とはご無沙汰気味で、手伝いなどをしてこなかったので
なんとなく申し訳ないと言う気持ちになるのだが、それはそれで仕方ないと割り切っている。
今日も私の知っている「ナベちゃん」の他に一人、受付をしている人がいたが
私も彼も面識がなかった。以前は知らない人など、いなかったのだが
これも時の流れの中では当たり前のことだ。
毎年、同じことを繰り返しているようでも少しずつ、変化している。
自分も以前のような体ではなくなってきている。
時間は容赦なく過ぎていくのであるから自分の人生もどんどん過ぎてしまう。
今年は62。
来年は63.
人生100歳時代とは言うものの
自分の意思で自分の体が動かせる時間はどれだけ残っているのだろう。
少なくとも既に自分の思うような負荷をかけることができなくなっている。
股関節の硬さには自分でもあきれる程だ。
息子と山に来られる時間はどれだけ残されているのか、わからないが
それでも、少なくとも今年はこうして山に来られたことに幸せを感じるべきなのだろう。
少し長めの昼食をとった後、下山。
靱帯炎にとって、この下りこそ注意が必要である。
本当にゆっくり下り、なんとか痛みも出ずに降りてきた。
そして、これが更に重要なのだが、本日(6日)現在も
山による足の痛みは出ていない。
2月25日の東京マラソン、これはもう記録を狙うには練習が足りていないので
完走を目指すしかない。
それが年相応の走り方だろう。
しかし、とにかく、スタートラインに立てるまでには回復していたいと思っている。
そのために、これから少しずつ体力回復をしていきたいと。思っている
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