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2月20日、東京マラソンの最後の練習に家のそば4.28kmを走った。
そして2月25日、東京マラソンを走ってきた。
結果は惨憺たるものだったが、それはマラソンは練習しないて走れるようなスポーツでは無い、
と言う、当たり前の結論だったと思う。
タイトルにあるように、今回、マラソンを走った後での今年の走行距離は約141km。
つまり今年に入ってからの練習はたった100kmであり
こんなペースで走りきれるほど、マラソンと言うのは甘いスポーツではない。
それは分かっていたのだが、練習をしたくても足の痛みがあり無理は出来ず
今月に入っても20km走を2回しただけで直前10日間は安静にしていたことから
結局、ぶっつけ本番になってしまったわけだ。
特に今年はチャリティーランナーとして
「ファミリーハウス」という団体に10万円の寄付をして参加権を確保しており
(実際には確定申告をすれば4万円以上、戻る)
かつ息子も参加することもあり、タイムは二の次に、むしろ30km走のかわりに、
と言う気持ちで参加した。
当日は気温は寒かったが風は弱く、マラソンとしては良い条件だったと思う。
昨年も出ているので事前のトイレやら荷物やらは慌てることもない。
東京駅のジョグステーションで着替えを済ませスタート地点の新宿へ。
息子は私よりだいぶ前のスタートだった。
因みに、私が着ている青いテニスウェアであるが、
なんと1981年に留学の時に買ったものだ。
今回、衣類のチャリティーがあり、これも寄付させていただいた次第。
まぁ37年もよく着ていたものだ。。。。さすがにヨレヨレだが。。。
サブ4はとんでもない状況ではあったのだが走る以上は目標がいる。
一応、私としては4時間30分、キロ6分30秒くらい、5kmを32、3分程度で走ろうと思ってスタートした。
スタートして最初の1kmは6分程度で走った。
前回はタイムを携帯の案内で確認していたのだが
どうもこれだと斜めに走ったりして実際に走った距離の方が長くなってしまいタイムがよくわからないので
今回はスタート時に時計をゼロにして走行時間を観ながら走った。
当然、マラソン用の時計で、今までも練習やレースでずっと使ってきたので
走りながら1kmの表示が出たら何分で走ったかを見れば、確実に走ったタイムがわかる、
と思っていた。。。。
最初の1kmは6分くらいで走っており少し突っ込んでいたが、これは下りだから、ま、いいか、と思い
予定より速いペースでも気にすることなく走った。
このコース、新宿から5km、駿河台あたりまで、ずっと緩やかな下りなので
ここは32分以内で走れれば、と思ったのだが、時計ではほぼ30分で通過。
左足股関節は今日も走り始めればそれ程、痛みは感じず、
思ったよりも良い感じで走り始めることができた。
次の5km(日本橋)も30分程度で通過。
ちょっと速いかな、とも思ったのだが足が動くからいいか、と考えそのペースで進む。
すると4時間30分のペースメーカーがいたので彼らについていくことにした。
自分自身、スタートから8分くらい、遅れてスタートしていたので
彼らに最後までついて行ければ4時間22分、前回の湘南国際マラソンと同じペースでゴールできる。
そう考え、彼らにつかず離れずでランを続けた。
ただ、前回もそうだったが、後半に足が攣ってしまうので
給水ポイントでは必ず水かポカリを飲むようにしていたので、そこでどうしても遅れてしまう。
その度に追いつこうとして少しペースが乱れていた。
何キロ地点だったか、あまり覚えていないのだがスターツの給水ポイントがあり
そこで財務担当役員さんがおられ、頑張って、と言っていただけたのはありがたかった。
12km地点(水天宮付近)で折り返してきた先頭集団(彼らにとっては27km地点!)とすれ違い
「頑張れ」と日本語で声援を送った。
今思えば井上と設楽が走っていたはずだ。
浅草雷門前(15km)を過ぎ蔵前から両国、清澄公園、門前仲町、富岡八幡宮と向かうのだが
息子と、すれ違わないか、目をこらしながら走るのだがさすがに分からない。
ここまでの5kmも31分程度で走れており、いい感じだ。
これならなんとか4時間30分、切れるのでは、と思っていた。
ここまでは。。。。
やがて富岡八幡宮(20km)まで来ると急に足が重くなってきた。
この5kmも31分程度で走れていたのだが、やはり練習不足が如実に現れてきた。
「ちょっとバテるの、早すぎない?」
と自問したところで仕方ない。
21km地点(門前仲町)あたりではかなりペースダウンしてきた。
ここで応援に来てくれていた某証券会社の方から来た写真
既に足が上がっていない・・・
今日は家内が高島屋付近(28km)で応援してくれている筈だ。
折り返しまでで2時間3分程度で来ており、自分としては出来すぎていたが、
さて、家内の所まで残り6km、これはまだかなりかかりそうだ。
息子は恐らく2時間20分程度で28km走るであろうからもうそろそろ家内の所に到達するが
私はかなり待たせてしまいそうだ。
そう言っても仕方ない、とにかく足を運ぶしかない。
予想通り、と言うか20〜25kmの間は相当ペースダウンを始め、キロ7分近くになってしまった。
このタイミングでこれかぁ、と、ややガッカリ。
前回のペースダウンは30km過ぎだった。
足の痛みはそれ程でもないのだが、単純に準備不足なのである。
何度、同じ失敗をしているのかと自己嫌悪に陥りながらも走らないことにはゴールできない。
蔵前から数寄屋橋までの25〜30km、完全に心が折れていた。
足も上がらず、かつ、太もももかなりバテてきていたので
ここで一度、完全に止まってズボンを脱ぎ、サポーターに 手を突っ込んで塗り薬を塗りまくった。
これで多少、すっきりしてまた走り始めたのだが効果はあまり続かない。
まだ先は長いし、無理はしないで行こうと決め込み、
申し訳ないが家内にはもう少し待ってもらうことにする。
やがて茅場町をこえ、八丁堀三丁目?の角を永代通りに右折、
更に日本橋を左折して中央通り、通称、銀座通りに出れば高島屋はもうすぐだ。
高島屋が見えてくると家内がいる左側車線にランナーは入れないようになっている。
しかし家内は見えていたので、警備員の制止にも家内を指さして事情が分かるようにして
家内のところまで行って
「バテたわ、息子は?」と会話。
「彼はずいぶん前に通ったけど前回(湘南国際)より遅いって言ってた」
とのこと。
息子も湘南国際のマラソンデビューで3時間40分49秒を出してから
あまり練習していないから今回は記録、無理、とは言っていた。
まぁこの後、日比谷通りに出ればすれ違う可能性が高いからそこでまたチェックしようと思い
家内の応援を背中に受けてまた前へ進む。
昨年もそうだったのだが、家族の応援が終わってしまうともう何も励みはない。
モチベーションは下がり足も前に出ない。
数寄屋橋を過ぎ、日比谷通りに出るとそこはもう41km地点で、
サブ4の選手が続々と帰ってくる。
どうせ記録は関係ないのだから、ぜめて息子を探して一声かけようと思い
コース右側、つまり戻ってくるランナー側を超スローペースで流していると
息子が走ってくるのが見えた。
私の時計ではこのまま行けば30分台確実タイムだ。
思わず「☓☓」と名前を呼んで声援を送るのだが
音楽を聴きながら走っている息子は気づかない。
私は完全に立ち止まって「☓☓」と、更に大きな声で2度、呼ぶと
漸く気づいたようで手を振って爽やかに走り去っていった。
「あいつも頑張ってるな」と思い直し、また走り始めるのだが
もうこちらは無理する状況にはない。
歩かないことだけを考えて品川の折り返しに向かう。
増上寺あたり(32kmあたり)で、なんと5時間のペースメーカーに追いつかれ
これは不味い、と思い必死に追いかけるが、そのペースも続かない。
なんとか初マラソンの記録は上回りたい、と思い、頑張ろうとした瞬間、
左足ふくらはぎが攣り始める。
ここまで、今までの教訓から、給水場では毎回、必ず水分をとり
梅干しも食べ、攣った時に摂取する薬まで飲んでいたにも関わらず、である。
すぐに次の給水場で水分を多めに摂り、もう一度、攣った時の薬を飲んだ。
前回、この状態で無理をして走り足を痛めたので今日はもう無理せず走ることに決めた。
手元の時計ではこのペースでも歩かずに行けば5時間は切れるし
最後、余裕があれば初マラソンのタイム(4時間57分9秒)は切れる、と読んだ。
30〜35kmで41分と、キロ8分を超えていたが
35〜40kmは39分台に戻し、ヨレヨレではあったがラスト2kmも
セーブしながらではあるがペースアップしてゴールへ。
自分の時計では4時間58分6秒、初マラソンのタイムより遅かったが
なんとか5時間は切った、と思った。
のだが・・・・・・・・・・・・・・
公式な時間を見ると5時間4分16秒。。。。。。。
8回目のマラソンでセカンドワースト、ブービーだった。
今回は時計で実際の走行時間を見ていたにも関わらず、何故こんなにずれたのか、よくわからない。
1km当たりのラップの時間がずれるのは理解できる。
しかしスタートと同時に計測を始めてゴールで止めたのに何故??????
恐らく、なのだが、止まって薬を塗っていた時にストップしてしまった可能性が高い。
これは相当、ショックだった。
マラソンを舐めていたとは思わないが
やはり練習していなければまともに走れない、
また教訓だけが増えた大会になってしまった。
結局、息子は3時間40分21秒で前回よりタイムを更新したそうだ。
ラスト1km地点に知人がいて声援を送ってくれたのが
ラストの激走になったらしい。ラストの1kmは4分台だったと言うから
やはり若さだろうと思う。
なお、今日、医者に行ったのだが、左足の内股、思ったより重傷で
取り敢えずランニングについてはドクターストップが出てしまった。
もしかすると今回がフルマラソンは最後になってしまうかも知れない。
取り敢えず5ヶ月、リハビリをする。
羽生君のように復活できれば復活したい。
地道にリハビリをしていこうと思っている。
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