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復活、とは名ばかりで全然、更新が出来ていない。
それが他人に迷惑をかけるものでは無いのだが
自分自身がいつか、「あの時、自分は何を考えていたのか」と言うことを
振り返ることが有ったとすれば、何か記録を残しておいて方がよいのだろうと思い
とにかく、PCに向かってブログを更新してみようと思う。
こんなことを思うのも95歳になる父を見ているからであろう。
父を見ていると、長生きしても記憶がなくなってしまえば生きている価値はあるのであろうか、と思う。
幸い、父はまだ「かろうじて」記憶はあり、本人、老いから来る記憶喪失といらだちながら戦っている。
そんな父を見ていると62歳の自分はあと何年生きるか、分からないが
少なくとも記憶を文字に書き留めておいたほうが良いのではないか、と思うのだ。
ただ、PCに向かって何かを書こうとすると
実際には普段、生活していて思いついたことを書き留められているわけではない。
町を歩いていて、食事をしていて、酒を飲んでいて、
ふと「自分は天才ではないか」と思うような素晴らしい文章がわき起こることがあるのだが
だいたい、そういう時にはPCも無く、そして1時間後には忘れてしまうのだ。
そもそも、そう思うこと自体が妄想であるのだとは思うのだが。
今もPCに向かい、何を書こうか、取り敢えずタイトルを「仕事、について」としてみたものの
大きく脱線しているし、そもそも何を書こうとしていたのかも既に曖昧なのである。
そう、仕事について、書こうと思っているのだ。
既に書き留めていたが、今、正式な仕事としては宮城県の会社の非常勤監査役として
禄を食んでいる。
これは一月に一回開かれる取締役会、及び監査役会に参加すればよく
その前後に多少、子会社訪問とか、事業所訪問が入る程度の業務量であることから
法的義務は重いものの、物理的な拘束時間はきわめて短い。
しかし、当然のことではあるが、その対価もそれなりのものである。
残念ながら、過去の給与賞与は多くの部分を住宅、教育、そして酒代に費やしてしまったことから
基本的に私自身は恐ろしいほどの金欠状況にある
(家内はしっかり自分の老後資金は貯めている、と思うが)。
従って現在、就活を続けている状況である。
今のところ、日本の企業から一口、中国の友人から一口、
一緒にやらないか、というありがたいオファーが来ているのであるが
生来、怠け者の私はそうしたオファーについてものんびりと対応していて
前の会社(常勤)を退職して1ヶ月以上、経つというのに未だに正式には決まっていない。
しかし、このままでは晩酌をする金も無いので
いよいよ明日、その日本の会社に出向いて条件などにつき、交渉する予定である。
この会社、面白い会社で、自分としては是非、ここで働きたいと思うのだが
如何せん、給与がコンビニのバイト程度の話になっており、
あまり条件交渉など、したくはないのではあるが、もう少しなんとかならないのか、
聞いてみたいと思っている。
もう若くはないのだから職があるだけ幸せ、とも思うし
しかも自分のやりたい仕事でもあるので、条件は二の次かなぁ、とも思ってはいる。
とにかく、毎日、家にいる生活は家内からも批判があり
私としてももう少し働かなくてはいけないのかな、と思う今日この頃である。
本当は腰、股関節の痛みさえ無ければ北岳山荘でバイトをしたかったのだが。。。。
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ビジネス
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タイからの訪日団を今、福岡国際空港で見送った。
火曜日から受け入れて毎日、日程をアレンジし、
企業訪問を行い、別府温泉に飛んで
また企業訪問、買い物と、いろいろとおつきあいをさせていただいた。
私は北京現人と言う名前の通り、中国語はまずまず話せるが
英語は大の苦手だ。
そもそも大学に入って、第二外国語を選ぶ時も
もうアルファベットはいやだ、と思って中国語を選択した程だ。
だからタイ人との交流は、英語で行うのだが
なかなかに苦痛な一週間だった。
タイは微笑みの国、とよく言われているが
確かに独特の暖かみを持つ人たちが多い。
今回の訪日団受け入れは3年目、3回目になるのだが
毎年来ている人も多く、彼らとの間ではかなり堅い信頼関係ができている。
今回もそうしたメンバーに支えられてなんとか、1週間を乗り切り、
今、福岡空港で羽田行き全日空を待っている。
以前、中国からの代表団を迎え入れる仕事をいやと言うほど、経験したことが
今回も大きく役立っている。
タイの人たちは、まだまだ素朴で、言い換えれば海外へのこうした代表団派遣業務に
習熟しているとは言えないようだ。
20年前の中国からの代表団に近いものを案じた。
しかし、中国人と違って、やはり微笑みの国、非常に我々ホスト側に対して寛容であり
また、常に感謝してくれるのがうれしい。
今回もかなり突発的な事件が起こり、彼らにはずいぶん、不便を強いることになったのだが
恨みがましい言葉は一言も無かった。
食べ物についても積極的に日本料理を食べようとしていた。
ただ、歴史的文物よりも買い物、と言うアジア人特有の行動パターンを覆すことも無かった。
福岡にて
年齢的な問題から、おそらく、彼らを日本で迎える仕事は今回が最終になると思う。
彼らもそれは理解していてくれて
来年以降、こうした交流はどうなるのか、と聞かれて答えに詰まってしまった。
個人的には多くの友人ができたのだが、来年以降、是非後輩たちに頑張っていただきたいと思っている。
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久しぶりに明日からバンコクに出張してくる。
今回は香港現地法人の香港スタッフと二人で行く。
普段は英語の堪能な日本人同僚と一緒なので
会話に詰まったときは通訳を頼むのだが
今回は自分で英語を使う機会が多そうだ。
香港スタッフは日本語もできるので
日本語、英語、中国語が飛び交う面談になりそうだ。
一応、シューズは持っていくつもりだ。
楽しみ
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8日、9日と上海に1泊2日で出張してきた。
ある中国企業と面談することが目的だったのだが
たまたま上海株式市場が大暴落を続けていたので
急きょ、上海の証券会社などにヒアリングを行なってきた。
私自身は常に楽観論者なのだが
実際に少ない資本で株式投資を行なっている中国の個人投資家にとっては
気が気でならない、というのが現状だろう。
株式のボードを食い入るように見つめる庶民の姿があちこちで見られた。
そしてその外には日本のメディアも含め、何台かのテレビ用カメラが設置されていた。
今朝(7月9日)の上海のとある証券会社窓口にて
結果として、今日は少し戻したようだが
上場株式の半数近くが売買停止状態、という異常事態であることに代わりはない。
明日以降、どのような動きになるのか、気になる所だ。
今や上海の株式暴落がヨーロッパ、アメリカ、そして日本にまで影響してくる。
中国としても面子にかけて、これ以上の値下がりを食い止めたいところだろう。
そこには「マーケット」という、本来、手をつけてはいけない所に
政府の関与が入るという、不思議な光景が見られるのだ。
おかしな話である。
外には上海の摩天楼が聳えている
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15日に北京へ行き
昔の部下や友人と会食、月曜日は仕事をして上海へ。
今日、帰国した。
今回、北京では多くの中国の友人と会い
習近平体制下での日中関係につき
彼らがどう思っているのか、などについて忌憚のない話を聞いた。
意外だったことは、知日派の彼らが日本に対し以前には無かった警戒感を持っていたことである。
これについては会社が出している月刊誌上で文書として発表したい。
エッセンスは来月はじめにでもここで紹介したい。
しかし北京の空の「白さ」は半端では無かった。
天安門と白い空(6月16日撮影)
元部下たち(今は私より裕福だが:青出于藍、6月15日)
今や副首相級殿上人となった30年来の友人(6月16日)
上海では思いのほか、多くの案件が眠っていて
久しぶりに面白そうな仕事ができるかも知れない。
今の会社もあと3年で定年になるので最後に大きな芝居ができればと思っている。
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