山とレジャー

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1月7日(日)快晴
山日和の一日だった。
今日は鍬焼隊長主催の「俳句会(Let's Hike)」による山行があり参加。
参加者は桑焼隊長、タンブラー副隊長、来た副校長、親戚さん、タコさん、コタさんの7名。
湯河原からバスで登る幕山と南郷山、この2山に出かけてきた。

いずれも低山ではあるが、相模湾を眺めるコースとして、
或いは梅を愛でる山として、家族連れなどに人気のコースだ。
私も、であるが、このメンバーは全員、同じ学年、つまりは還暦を超えている関係で
今、何かと病気、怪我を抱えている者が多く、
今回はこうした低山ハイクとなった次第である。

コタさんや私のような「湘南山楽幇」としては大変、助かるスケジュールで
今回は大船駅に7時30分までに行けばよいのでバスで駅まで向かった。
大船で鎌倉から来たコタさんと合流し、一路湯河原へ。
小田原からは他のメンバーが乗ってきて、無事、湯河原にて全員集合。
バズが混んでいたのでタクシーで登山口まで乗り付け、登山を開始した。
イメージ 1
風も弱く気温もまずまずで、登り始めればすぐに体が温まる。
一度、着替え休憩をして少し登ればすぐに穏やかな冬の相模湾が見えてくる。
このコースは富士山や南アルプスなどの山は臨めないが
神奈川、静岡の海岸線、そして遠くには大島、房総半島といった
海を眺めるには絶好のハイキングコースである。
私やコタさんは湘南で暮らしているので、実はとりたてて感動する景色でもないのだが
それでも仲間と登り、一緒に眺めてみれば海の見える景色もなかなか悪くないな、と思えるのだ。

標高差400m、高尾山程度の時間を登ればもう幕山山頂である。
途中、ロッククライミングの練習場のような場所があり
大勢の「初心者」、「入門者」が大きなマットを持参してトライしていた。
中にはまだ就学前にしか見えない子供もおり
こういう年齢から岩を登っていれば将来、オリンピックに出られるのかも知れない。
私の孫もまだ2歳4ヶ月ではあるのだが、大人が怖くなるような所に登るのが好きで
いつか彼女にもこういう所でその潜在能力を試してみようか、などと思いながら脇を通り過ぎていく。
イメージ 2

イメージ 3

幕山山頂からも気持ちの良い景色が拡がり、ここで登山を終える人もいる。
我々も少し休憩をして、更にここから先を目指す。
途中、林道工事中の箇所があり、少し道に迷ったが
それ程のロスもなく、目指す2座目の南郷山に到着。
今日は鍬焼隊長による水餃子が昼食だ。
私もお屠蘇を用意して今年の俳句会の新年ハイクを寿ぐ。
登山者は少ないが本当に穏やかな天気でのんびり昼食を楽しんだ。
イメージ 4

イメージ 5

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山頂で1時間弱、昼食を楽しみ下山。
海を眺めながらゆっくりと降りていく。
イメージ 7

しかしここで思わぬアクシデントが待っていた。
下りで笹藪に入っていくのだが、ここで親戚さんが足を滑らせ転倒してしまい
その際、軽く足を捻ってしまったのだ。
幸い、と言って良いか、わからないが、重傷と言うほどでもなさそうなので
足を手ぬぐいやらガムテープやらで固定して
私や他のメンバーが肩を貸して下山をした。
結局、登山は途中で中止として
タクシーが入れる場所まで迎えに来てもらい、全員、湯河原に戻った。
そこから彼女は一人で帰宅。
我々は「こごめの湯」という立ち寄り温泉に行き
その後、東海道線で小田原で下車。
「フジ丸」、という湘南山楽幇の小田原での根城で反省会を行った。

最近、俳句の会のメンバーは「ミユキさん」が高尾山で転倒→左手小指骨折、
来たさんの奥さんが唐松岳で転倒、足を骨折、と事故が続いている。
私自身も山ではないがマラソンで足を痛めており
やはり間違いなく「そういう年代」になっているのだ。

今年初めての俳句会、山は優しく迎えてくれたが
低山と言えど侮ってはいけない、ということを改めて知らされたのである。

1d1m 鍋割山(1,273m)

1月2日(火)快晴
元日の過ごし方が例年通りであると同時に
私にとって2日も毎年、恒例になっているのが「登り初め」である。
おそらくもう10年以上、続いているのだが
この日は鍋割山(昔は塔ノ岳も)に息子と登ることにしている。
今年はいつもより少し遅めに家を出て
県民の森の駐車場に車を停めて鍋割山目指して登ってきた。

息子は大学の頃から一緒に付き合ってくれているが
もう彼も今年33歳、会社勤めも10年になる。
毎年、一緒に登れることは嬉しいことではあるのだが
だんだん、「こいつ、いつまで付き合ってくれるのだ?」と
戸惑いも増しているのは否めない。
登っている時に
「親父さぁ、そろそろ結婚しようかと思っているんだけどさぁ」
と言う話がいつ出るのか、ここ数年、緊張しながら登っているのだが
いっこうにその気配はない。

娘は年相応に娘2人を出産し、こちらはまぁ安心しているのだが
親としての心配は、残っている息子の今後だ。
最近は結婚しない人も増えている。
「婚活」と言う言葉を造語した某教授は私の中高大の後輩で
彼から以前、言われたのだが
今の若者、4人に一人は結婚しない、更に一人は結婚しても離婚する、更に一人は子供を作らない、
つまり結婚して離婚せず子供がいるのは4人に一人だそうだ。
そう考えると今の若い人が我々世代の「当たり前」の人生を送ることは
案外、難しいことなのかも知れないと思う。

前回のマラソン以降、膝蓋靱帯炎になってしまい、
以後、全く走っていないし運動らしい運動をしていない。
登山、など、膝には一番良くないのではあるが、既に1ヶ月、安静にしていたし
医者からは痛みがなければ少し運動した方が良い、と言われているので
私のホームグランドで調子を見ようと思い、今年も登ることにした。

当然、無理はできないし、息子にも今日は試験運転だからゆっくり登ると行って
8時から登り始めた。
前日の私の父、家内の母と集まった時の話、
新しく家族になった孫の話など、今年はいつもよりおしゃべりをしながら登った。
幸い、今日は穏やかな天気で稜線に出てからもそれほど、風はなく登山日和だ。
登山道も乾ききっており、丹沢エリア特有の「冬は昼から登山道グチャグチャ」という状況ではなかった。

ゆっくり登っていることもあり、久しぶりの運動でも息が上がることはない。
マラソンを始めて体重が7kg減ったのだが、その後4kgリバウンドしており
ちょっと体が重いかなと思ったがそれ程でもなかった。

10時20分、ほぼ通常通りのタイムで山頂へ。
山頂からは雄大な富士、そして昨年、息子も登った北岳を初めとする南アルプスが良く見えていた。
                                  絶景かな
イメージ 1
                         ここから見えるべき山々は全て見えていた
イメージ 2

そしてこれも恒例だが鍋割山荘の草野さんに年賀をお渡しして
鍋焼きうどんとお屠蘇をいただく。
息子もこれを楽しみにしており、これを食べると漸く正月を実感できるのだ。

この1年、鍋割山とはご無沙汰気味で、手伝いなどをしてこなかったので
なんとなく申し訳ないと言う気持ちになるのだが、それはそれで仕方ないと割り切っている。
今日も私の知っている「ナベちゃん」の他に一人、受付をしている人がいたが
私も彼も面識がなかった。以前は知らない人など、いなかったのだが
これも時の流れの中では当たり前のことだ。

毎年、同じことを繰り返しているようでも少しずつ、変化している。
自分も以前のような体ではなくなってきている。
時間は容赦なく過ぎていくのであるから自分の人生もどんどん過ぎてしまう。

今年は62。
来年は63.
人生100歳時代とは言うものの
自分の意思で自分の体が動かせる時間はどれだけ残っているのだろう。
少なくとも既に自分の思うような負荷をかけることができなくなっている。
股関節の硬さには自分でもあきれる程だ。
息子と山に来られる時間はどれだけ残されているのか、わからないが
それでも、少なくとも今年はこうして山に来られたことに幸せを感じるべきなのだろう。

少し長めの昼食をとった後、下山。
靱帯炎にとって、この下りこそ注意が必要である。
本当にゆっくり下り、なんとか痛みも出ずに降りてきた。
そして、これが更に重要なのだが、本日(6日)現在も
山による足の痛みは出ていない。

2月25日の東京マラソン、これはもう記録を狙うには練習が足りていないので
完走を目指すしかない。
それが年相応の走り方だろう。
しかし、とにかく、スタートラインに立てるまでには回復していたいと思っている。
そのために、これから少しずつ体力回復をしていきたいと。思っている
12月3日(日)
今日は今シーズン初のフルマラソンの日。
息子と共に湘南国際マラソンに参加した。
既に書いてきたように、11月のハーフマラソンで頑張り過ぎ、
左足の内また、足の付け根付近に激しい痛みが発生し
以後、練習らしい練習をしてこれなかった。
前回アップした28日には走れるかな、という感触を手に(足に?)していたのだが
なんと前日2日土曜日、朝、マッサージに行く時に再び激痛が走り
これでは完走もできないのではないかと不安を抱えた中での参加となった。
 
幸い、2日のマッサージのお蔭で取り敢えず、痛みは和らいだのだが
いずれにしても出たとこ勝負、と言う感は免れなかった。
 
今回がマラソンデビューとなる息子と朝5時55分に自宅を出て、
近所の朝からやっているオニギリ屋さんで朝食を購入。
6時25分、大船駅から会場までの直行便が出るのでそれに乗りバスの中で朝食。
昨年同様、途中で朝陽がきれいに相模湾の上に浮かぶ様子や
笠雲をかぶった富士山、丹沢、箱根の山並みを見ることができた。

                          富士山とトイレの列 
イメージ 2


天気は快晴。風も強くなく絶好のマラソン日和だ。
2回目となるこのレース、コースはもうよく分かっている。
後は足がどこまでもってくれるかにかかっている。
ただ、マラソンを始めた最初のシーズン、怪我を押して参加して
完走こそしたものの、その後、ずっと足の痛みがひかず
そのシーズンは結局、更に2回走って2回とも記録を落とした経験があるので
やはり先ずは完走、次に昨年の記録更新、自己ベスト更新、サブ4達成、
と言う順番でその都度、目標を考えていこうと思ってスタートした。
 
足はひざ下までのスパッツに更に膝用サポーター、左右両方のハムストリングスの辺りに
帯状のサポーターと、完全武装。
アミノ酸サプリを3本、攣った時の飲み薬などをポシェットに入れて9時11分、
号砲から11分遅れてスタートラインを跨いだ。
 
息子はもう少し前からのスタートなのでもう数百メートル、いっているだろう。
そもそも私は彼が友人たちと軽井沢のハーフに出て充実した顔で
戻ってきたのを見て、自分も昔から抱いていた「フルマラソンを走る」という夢を
実現させたいと思い、マラソン挑戦を始めた。
 
息子はその後、あまり大会には出なかったが、今回、「初マラソンでサブ4」をめざし
ついに重たい腰をあげてマラソンデビューとなった。
この1年はかなり走り込んでいたし、当然、体重も随分落ちてスリムになっている。
先月下旬に自宅で30km走をしたようだが、キロ5分少々で走ったようで
順当にいけば間違いなく4時間を切るとは思うのだがそこはマラソン、
何があるかわからない。
息子が頑張ってきた姿を見てきているだけに、なんとか目標達成して欲しい、と思うのは
親として当たり前の感情だろう。
息子が前方で頑張って走っている、と思うと、
自分としても今の状態の中で最善のレースをしなくては、と思う。
 
幸い、スタートから2km程は混んでいてピッチも上がらず、キロ6分程度でだらだら走るので
足への負担は来ない。
それは想定内であり、スタート時の遅れは5km辺りまででキロ5分40秒(サブ4)ペースに戻し
その先はとにかく5分30秒前後を維持できる所までは維持する、
どこまで維持できるかによって目標の記録を考える、という走り方を続けていく。
 
電機療法と昨土曜のハードなマッサージのお蔭か、刺すような痛みがあった左足には
殆ど気になる痛みがない(足の付け根の軽い痛みはあるが、これは想定内)。
右足のハムストリングスもキロ5分30〜40秒のペースなら問題無さそうだ。
 
5km、10km、15kmと過ぎて、意外にいけるかも、と思い始めた。
10月の30km走の時、最後まで5kmを27分台で走れたのだが、
その時の感触と似ており、もしこのまま30kmまで行ければサブ4を狙ってもいいのではないか、
と言う期待感が盛り上がる。
 
しかし、やはりそうは甘くなかった。
練習不足以外の何物でもないのだが、今回は25kmを超えたあたりからペースが落ちてきた。
26〜27kmで5分43秒を出してしまい、あれ?、と思い少しペースを上げて
次の1kmを5分36秒に戻したのだが、28〜29kmで相模川を渡る湘南大橋、
大した登りではないのだが今日はやけにきつく感じキロ5分56秒、慌てて戻したはずの
29〜30kmも5分47秒と、5分40秒が作れず貯金が崩れ始めている。
 
会社の鍋師匠や昨年度、サブ4を達成した48年来の友人修繕委員長の
「行ける、まだ行けるよ」と言う声が聞こえてくるような気がする。
そうやって今まで自分の走る姿を応援してくれている家族や孫、友人の顔を思い出しながら
まだまだ頑張れる、と思い、ペースを作るのだがなにしろまだ10km以上ある。
 
前回のハーフマラソンでは、ちょっとペースが乱れた時、
ここで踏ん張らなくては、と思い、実際に踏ん張って好タイムを出したのだが
今回はまだ怪我も治っていないし、残された距離があり過ぎた。
 
この時点で貯金を使い始めている状態ではもうサブ4は難しいだろうと思い始める。
ここからはキロ6分前後でもやむなし、と言う気持ちで行かないと完走できないと
考え方を変えることにした。
つまり今年2月の東京マラソンでの自己ベスト4時間7分25秒、キロ5分52秒を破ることを目標に据え、
暫くは無理はしないで6分程度のペースを刻むことに専念した。
6分ペースであればかなりの貯金がありラスト5kmも6分30秒程度で十分、と思うと気が楽になった。
 
だが、思ったより体調が悪かったのかもしれない。
多少、気温が高かったとはいえ、どうもまた軽い脱水症状になっているようだ。
もちろん、水分は10km以後はエイドの度ごとに摂っていたしサプリもしっかり飲んでいる。
にも関わらず、足は上がらず、花水川橋、その先の西湘バイパス入口の登り坂で完全に足に来てしまった。
ここにきて練習不足が露呈してしまった感じがした。
 
後から気がついたのだが(大体、こういうことは後から気づくのだが)、
実はこの日は前日から少しお腹が緩く、
レース中にトイレに行くことは避けたいとの思いからレース前の水分補給を普段程度にしかしていなかった。
スタート時点で体の中に十分な水分が蓄えられていない状況で走り始めていたのだと思う。
 
もうジェルは全て飲んでしまっている(こんなことは4月の霞ヶ浦の時でさえなかった)。
やがて両足の内またが攣りそうになってくる。
内または山登りをしている時、たまに攣ることがあり、その前兆が分かっているだけに
これはヤバい、と感じ更にスピードを抑える。
過去のマラソンでも最後の1〜2km、7分台に入ることはあったが
35km辺りから遅れてくるのは初めてだ。
 
途中、塩そのものをザルに入れてあるエイドがあり、それをつまんで水と流し込む。
同時に、持っていた攣り対策用の芍薬甘草湯の丸薬も飲むが効いてこない。
37kmを超えると頻繁に足に痙攣が走り、その都度、歩いたり
持参しているエアサロンパスを吹き付けて走り始めたりするのだがどうにも収まらない。
キロ8分台と、昨年4月の掛川マラソンの最後2kmのような状態になってしまった。
 
スタート&ゴール地点となる大磯ロングビーチを一度通り越して約2km先、
40km地点までとにかく、歩くのは止めよう、と思うのだが、実際に両内股が攣り、
時にフクラハギも軽く攣り始めると、もう歩かざるを得ない。
38km辺りでは私同様、歩いたりビッコをひいたりしている人達が増えている。
 
結局、38km〜40kmの2kmは半分以上歩き、キロ10分以上、かかってしまった。
こうなってくるともう自己ベスト更新は無理だ。
しかし、何としても昨年の記録は上回りたい。
残された距離は2km。残された時間は20分。
今、キロ10分かかって走っているのだから、これも無理か、と諦めたのだが、
最後の水場で水をがぶ飲みし、コース脇で止まり切り札、筋肉痛用の塗り薬を出した。
 
最初に書いた通り、私は走る時、スパッツの上からサポーターもしているので
そもそも「塗り薬」を塗るためにはサポーターを一度外し、
ズボンやスパッツも脱がなくてはならない。
トイレがあればそれもできるが、コース上でさすがにそれは出来ないので、
手に薬をつけてスパッツを少し降ろして無理やりスパッツに手を突っ込み
塗らなくてはならない。
当然、数分、かかってしまう行為である。
このため、できるだけ水分で抑え、エアサロンパスでごまかしてきたのだが
今回はこれでもダメなので完全に立ち止まり、塗り薬を塗ることにしたのだ。
 
完走、と言う目的はどうにかなりそうだが、やはり何とか、去年の自分は超えたい。
9月のハーフは油断して昨年記録を2秒、下回ったが
10月、11月の大会では全て昨年を上回る成績で仕上げてきた。
足さえ、攣らなければまだ行ける、と思い、残り2kmに向かう。
 
塗り薬を塗ると一気に足が軽くなったような気がして走り始めると
何とかいけそうだ、と思った瞬間、また足が攣る。
またこの繰り返しか、と思いまた走る。
 
しかし、水をがぶ飲みしたのが効いたのか、今回は攣る周期が長くなっているようだ。
キロ8分で行けばいい、と思い、焦らずに足を前に出す。
 
息子はもうとっくにゴールしているのだろうな、4時間切ったかな、
最後、応援に回って「親父頑張れ」と言ってくれないかな、と思いながら走る。
そして大磯ロングビーチ横を過ぎて最後のコーナー、短いが急な登り坂は
当然、歩きながら、大声援の中、何とかゴールに飛び込むことが出来た。
 
このレースは記録証が後日郵送なのでタイムは自分でネットで調べるしかない。
しかし走り終えた後はそんな気力もなく、まして息子が待っている筈である。
急いで着替えてから息子を探そう、と思い荷物を受け取り着替えを始めた。
携帯の電池が残りわずかなので充電しながら20分程度かけて着替えを終了。
 
ラインで息子が待っている場所を確認、同時に「応援ナビ」で自分たちのタイム速報を確認、
息子は3時間40分49秒の好記録でデビューを果たしていた。
息子の努力が報われたことが親として本当に嬉しかった。
そして私は4時間20分55秒、昨年記録を49秒とはいえ、更新することが出来た。
 
           息子の10kmラップ    私の10kmラップ  通算ラップ   昨年の10㎞ラップ 
10km   0:51:31        0:56:21     0:05:38   0:59:45
20km   0:48:51        0:55:27     0:05:35   0:59:36
30km   0:51:58        0:56:45     0:05:37   1:01:56
40km   0:56:59        1:16:13     0:06:07   1:05:48
ラスト   0:12:01        0:16:09     0:06:11   0:14:39
合計   3:40:49        4;20;55               4:21:44
 
ゴール地点に近い所で息子と合流。先ずは息子の記録におめでとう、である。
本人も会心のレースだったようだが、やはり相当、きつかったそうだ。
グロスで45分を少し上回ったそうだが、途中、もしかしたらサブ30(3時間30分以内)も
狙えるかも、と思う位、快調だったようだ。
「さすがにそんなに甘くなかった」と苦笑いしていたが、そこには明確な達成感があった。
もちろん、このタイムには本人も本当に大満足だったようで、
もう東京マラソンに出るインセンティヴが失われているような感じだった(その気持ちはよく分かる)。
 
息子はまだ着替えずに一緒に写真を撮るつもりで待っていてくれたようだ。
走る前に撮れば良かった、と言いつつも、取り敢えず私もゼッケンを持って一緒にレンズに収まる。
 
 
イメージ 1
その後、息子が着替えるのを待って大磯駅方面へ国道一号に出て帰路に着く。
ちょうど普通の路線バスに乗れたのでバスにのって大磯駅から大船まで行き
大船駅前の中華食堂でビールや餃子で遅い昼の祝杯を挙げた。
 
今回は息子と同じレースに出ることが出来て楽しかった。
思えば私がハーフに初めて参加した時、息子が付き合って参加しれくれたのだが
それ以来、2年ぶりのことだった。
 
娘にラインを送ると「お兄ちゃんと一緒に走れて良かったね」と返してくれたが本当にその通りだ。
今年は息子とテント山行も行けたし、体育会系の息子がいてくれて本当に良かったと思えた。
もっとも娘には「娘と走っても嬉しいのだが」と返したし、実際に娘も山に一緒に行ってくれていた。
今は出産準備でいかんともしがたいが、もう5年もすれば孫娘二人も含め(2人目が来月出産予定)
大勢で山に登る日も来るだろう。
親として、時に子供や孫と同じ時間をすごし同じ達成感を得られるとすれば
それほど幸せな時間は無いだろうとしみじみと思う。
 
自分の記録自体については走り終えた時は大不満ではあったのだが
よく考えてみれば昨年よりもタイムは良く、今まで7回、走ったマラソンの中でも
2番目の記録ではあるのだ。
そう思えば、恐らく着実に力はついてきていて、まだ衰えを見せている訳ではないのだから
来年の東京マラソン、今年出した4時間7分25秒を上回りサブ4を達成するために
またコツコツと練習するしかない、と改めて思った。
幸い、痛めた箇所は今の所、激痛には見舞われておらず、
これなら残り2ヶ月の準備期間があれば十分な対策は練れる、
そんなことも感じることが出来た今回の大会だった。
11月12日の坂東市将門ハーフで頑張りすぎてしまったことから
足を痛め、その後、あまり練習ができていない。
23日に別府で8km程を走ったが
12月3日の今シーズン初のフルマラソン、湘南国際マラソンに向けて
もう少し走り込んでおきたかったのだが仕方が無い。

もうこれからはむしろ足を使わないようにするしかない。
そんな状態ではあったのだが26日日曜日、自宅周辺を
軽く最後の調整、と思い10.6km、1時間4分11秒、キロ6分3秒で走った。

感じは悪くないが、やはりスタミナが心配だ。
今回は4時間切りは意識はするものの、無理はせず、最低、昨年記録4時間21分44秒、
キロ6分12秒は更新し、できれば自己ベストの4時間7分25秒、キロ5分52秒を
上回る記録を狙っていきたい。
タイからのお客さんたちと別府に来ている。
朝、雨の新宿京王プラザホテルを8時30分に出て
いろいろとトラブルだらけだったのだが、取り敢えず、着いた。

                              鯛茶漬けで有名な若栄屋で昼食
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                                地獄温泉巡り
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夕方、チェックインしてから8km程、走った。
今、左太ももが完全に壊れていて、10日間、安静にしていた。
今日は久しぶりのランだったが、金曜日に電気ショック療法での治療をしたこともありまずまずの感触だった。

                            丸印が今日のホテル
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3日には今シーズン初のフルマラソン、湘南国際に参加する。
ただ、本命は2月の東京マラソンだ。
湘南国際は昨年の記録を上回る、また、自己ベスト(4時間7分25秒)を出すことにしたい。
サブ4は東京マラソンで、と思っている。

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