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昨日の夜、チェロの先生のコンサートがありました。場所はフランクフルトの街中にあるプロテスタント教会の
多目的ホール。宗教団体が文化活動の一環として、コンサートなどのイベントを主催するということはドイツ
よくあります。たいては無料で開催され、寄付金を求められるという形で、特に説教されたり勧誘されたり、と
いうことはありません。
去年の11月からロシア人の先生にチェロを習っていますが、実際に先生が演奏するところを見るのは初めて
でした。旦那さまが演奏するピアノとのアンサンブルでした。普段あまり耳にすることのない作曲家の作品が
取り上げられていました。
Tony Aubin:フランスの作曲家・音楽教師。
チェロとピアノのための《カンティレーナと変奏》 Cantilène variée
Bernhard Sekles:ドイツの作曲家、指揮者、ピアニスト、音楽教育家。フランkフルト出身。
Sonata for violin and piano, op. 44
Ludwig Thuille:南部チロル・ボルツァーノ生まれ。オーストリア出身のドイツの音楽教育家・作曲家。ブラウン
フェルスやシリングスらと共に、若き日のR.シュトラウスやプフィッツナーもその一員とされた「ミュンヘン楽派」
の代表者とされる。
Cello Sonata, Op.22
と誰一人聞いたことのない作曲家の作品ばかりでした。私は先生の指の動きや弓の動かし方に釘付けで、
同じ人間なのにどうしてこんなに違うんだろう、と思うばかりでした。そうは言っても、推定45年以上チェロを
弾いている先生にしてみたら、私なんかが比べるなんていうのはいい迷惑、でしょうね(笑)。
さて、コンサートが開かれたのがプロテスタント団体のホールでしたので、壁に新約聖書の一節が書かれた
タペストリーがかかっていました。一緒にいった友人がドイツ語を習っているので、一生懸命訳そうとして
いました。
Wir alle sind durch unsere Verbindung mit Christus ein Leib,
und wie die Glieder unseres Körpers
sind wir einer auf den anderen angewiesen.
この中で友人が知らなかった単語がGliederとangewiesenでした。このGliedというのはヨガ哲学で必ず出てくる
単語で、手足、四肢を表す時などに使われます(Gliederが複数形)。ヨガではヨガの八支則、という、ヨガの古典
「ヨガスートラ」の基本的な教えのことを言う時に、Acht Glieder des Yogaなどと使うので私にはお馴染みでした。
さて、この一節の日本語訳を調べてみたら
「わたしたちは、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。」
とありました。私が訳すとしたら
「わたしたちは、キリストを通して一つのからだであり、わたしたちのからだの手足のように、お互いに依存
しています」
みたいな感じ、でしょうか?ふうん、なるほどね。正直、私は宗教臭いのは苦手だし、説教とかは遠慮したい
タイプですが、今年から始まったシヴァナンダヨガのインストラクター養成講座で、それ系の話をよく聞かされる
ので、だんだん抵抗がなくなってきてはいます。
ま、この文章を分析してみたのは、単にドイツ語の勉強になるから、という感じでしたが、実際に訳してみたら
キリスト(太字)をYogaに入れ替えたら、なんだかそのまんまヨガの哲学になりそうです。ヨガは宗教ではない、
と言われていますが、本気のヨガは立派な宗教ですね。だからこそ、プロテスタント(に限らずどの宗教)の
教えとも通じるものがあるわけです。
身体を鍛えるばっかりでマントラを歌わず、瞑想もしないのは、本当のヨガではない、と言う人がよくいますが、
本気で本当のヨガの世界に足を踏み入れるということは、修行僧のような生活をすること。身体、精神、心の
すべての側面を鍛えていくことがヨガ、ですから。その中からどの側面に重点を置いて、現代の生活に
取り入れていくかが今のヨガのあり方だと思っているので、マントラを歌ってちょこっと瞑想したくらいでは、
それだって本当のヨガではないわけです。
どういうわけかそっち系のヨガにのめり込んでいるほど、ポーズ中心のヨガを批判する傾向にあるように
思います。って、チェロのコンサートに行ったのに、あれこれヨガのことを考えてしまいました(笑)。
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先生の演奏を聞ける機会って、イイですね。
つい、指や弓の動きを見てしまうのは、熱心な証拠ですよ。
教会の多目的ホールでの演奏って、音が反響して、不思議な感じに聞こえそうです。
チェロの演奏からヨガに繋がるってのも、面白いですね。
2019/4/1(月) 午後 5:37
おんだなみさん、先生も演奏中ガン見している私の視線に気づいたようでした(笑)。小ぢんまりとしたコンサートだと聴くことだけでなく、見ることも勉強になりますね。
多目的ホールにはパイプオルガンとかもあるようでしたが音響はそれほどよくはなかった、かな。普通の教会だと音が響いてなかなかいい感じになります。
ドイツ語の勉強やヨガについて考えたり、知らない作曲家の曲を聴いたりと、盛りだくさんのコンサートでした。、
2019/4/2(火) 午前 3:15
やはり先生!流れるような自然に正確に指が運ばれて素敵な演奏になってるんでしょうね〜生徒としてはとても勉強になるコンサートではなかったのではないでしょうか。
チェロを聴きそのホールでの壁に書かれた一節からヨガに、ガチなヨガなら日本でゆう「仏門に入る」みたいな感じなんでしょうね、そこまでは行かずとも心身を鍛える、ポーズが出来る様にマスターする、目標を持って一つ一つ攻略するのが面白そうなヨガですよね。瞑想して司教的要素にのめり込み過ぎるのはどうでしょうかね〜?
2019/4/2(火) 午前 5:59 [ 蛭子丸 ]
蛭子丸さん、そう、無理な力が入ってなくて正確で自然な動きで目が釘付けでした。近くで見ることができたのでいい勉強になりました。って、わかったことは、私の指使いも弓の動かし方もぜーんぶ間違ってるってことでしたけど。今年の秋でチェロ歴五年になるのにレベル低っ。
仏門に入るんじゃないんだし、もっと自由にヨガを定義してもいいと思うんですよね。自分にとって大事な部分、得意な部分、好きな部分を選んで人それぞれが自分のヨガのスタイルを持てばいいんじゃないかなって。スピリチュアルがどうのって言ってる人は好きにしていいから、他を批判しないでほしいです。
2019/4/3(水) 午前 6:12