ドイツの生活 Mein Leben in Deutschland

毎日の新しい発見を忘れないように。https://xiromi0303.blog.fc2.com/ に引っ越しました。

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Bogenhaltung

チェロを習い始めてそろそろ4年になりますが、最初の先生の時に基本をきちんとやらなかったので、新しい
先生には弓の持ち方、左手の構え方などを直してもらっています。弓を持つ右手にも、弦を押さえる左手にも
不必要な力が入ってしまうので、いかに力を抜いて、無理なく自然に弾くかを繰り返し体に叩き込んでいます。
そこを直さないまま、新しいポジションやテクニックを習ったところで、基本中の基本ができていなければ、
きちんとできるわけありません。お蝶夫人こと私のチェロが美しい音色を奏でてくれないのも、きっとそのせい
なんだろうな…。

ある意味一からやり直し、みたいな感じで、今までとりあえず出来ていたことが、弓の持ち方、左手の構え方が
変わったら全然出来なくなってしまいました。でももともと正しくできてはいなかったということなのでしょうね…。
今の先生は20歳。彼女自身がどうチェロを習ってきたかは、それほど前のことでもないので、指の動きを定着
させたり、癖を直すための練習をいろいろ教えてくれます。そして「教えることで、自分が習ってきたことを
思い出すし、自分自身も学べる」と言って一生懸命教えてくれます。

レッスン代は前の先生の半分で、それはいくらなんでも安すぎると言ったら、自分はまだ学位を取っていない
から、今はそれだけもらえれば十分なの、といまどき珍しい謙虚さ。修士取得中だった前の先生は、自称プロ
の演奏家、ということでレッスン代は一回が月謝かと思うような金額でした。そのわりには、毎回レッスンの時
の決まり文句が「えっと、先週は何をやりましたっけ?」と、行きあたりばったり感いっぱいでした。演奏家と
してプロだったら、レッスンをする時は無計画でもいいんでしょうかね?私的には、プロだろうがアマだろうが、
人様からお金をいただく限り、きちんと教えるべきだと思うのですが。

小中学校のリコーダー以外、楽器を習ったこともなく、楽譜もロクに読めないところからのスタートだったので、
最初は日本人に教わらなかったら無理だったかな、と思ったりもしますが、もっと基本中の基本に時間を
かけてくれていれば、という思いもあります。今、かなり後退している感を味わいつつ、弓の持ち方から
やり直しているので、正直チェロの練習が苦行になりつつあります。そんな状況に追い打ちをかけるような
知らせが…。

なんと今の先生がケルンに引っ越すことになってしまったのです。彼女はフランクフルトの音大に入るのを
目指していて、今年になってから受験のためにフランクフルトに住んでいました。その間、若者のオーケストラ
で演奏したり、演奏旅行に参加したり、その合間を縫って私や他の生徒にプライベートレッスンをしていました。
先々週の旧オペラ座でのオーケストラの演奏では、最前列ど真ん中にいて、指揮者の汗をかぶりまくって
いた、というのに、フランクフルト音大の試験の日、体調が優れず上手く課題を演奏することができなかった
んだそうです。結果はまさかの不合格。すでに合格しているケルンの音大に進学することに決めたということ
でした。

旧オペラ座
イメージ 1

というわけで、その先生とのレッスンはあと2回ほど。代わりの先生は探すから心配しないで、とは言って
くれますが、多分彼女と同じレッスン代では誰も引き受けてくれないでしょう…。そしてきっと、彼女のように
忍耐強く一生懸命教えてくれる人もいないでしょう。だって、50過ぎのオバちゃんがチェロをどう弾こうが、
正直どうでもいいって思いますよね。

というわけで、私のチェロはまたまた暗礁に乗り上げてしまいました。白鳥への道は果てしなく遠い…。

DB

実は4月に姉がフランクフルトに遊びに来ることになっていたのですが、フランス国鉄のストライキのせいで、
取りやめになってしまいました。その時、私の好物胡麻せんべいを持ってきてもらうよう頼んでいたのに…。
その後しばらく連絡がなかったのですが、ある日姉からLINEメッセージが来ました。

「胡麻せん、湿気っちゃう…」

フランス国鉄のストはいつ終わるかわからないそうですが、ドイツ鉄道がフランス国鉄と共同で運行している
フランクフルトーパリ便はふつうに運行しているというので、私がパリに行くことにしました。胡麻せんを取り
に(笑)。

旅行の予定を立てるのにもたもたしていたので、最安値の片道39.90ユーロの切符はとっくに売り切れ。
でも、行きは49.90ユーロというのがあったのでそれを予約しました。安いのはいいのですが、問題は
フランクフルト中央駅発が5:58。ま、でも電車の中で寝ればいいし、早く着けばそれだけパリ滞在時間も
増えるから、頑張って早起きしよう!!4:30に起きて、5:00には自宅を出発。中央駅までは30分も
かからないのですが、なんていったって朝早いし、途中何があるかわかりませんからね。

5:25頃中央駅に着きました。乗車ホームを確認しようと電光掲示板を見ると、なんと

パリ行き、まさかの運休…。

かなり焦って、とりあえず案内所に行きました。普通は電車一台運休になると、案内所には長蛇の列が出来て
大変なことになります。が、並んでいたのはおっさん一人だけ。しかもただ単に「どこどこに行くにはどの電車
に乗ればいいか」を聞きたいだけのようでした。あっさり順番がまわってきたので、切符を見せて、予約して
いた電車がキャンセルになった旨を伝えると、「はい、次は1時間後、席は車掌に確認してくださいね」と
切符にポーンと振り替えスタンプを押して、次の電車のスケジュールを印刷したものと一緒にくれました。

イレギュラー勃発時の対応にしてはあっさりしすぎてる感がありましたが、私も相当眠かったので、ぼーっと
しているうちに時間は過ぎ、指定されたパリ行き電車がホームに入ってきました。

電車が一本運休になってるんだから、席が足りないかもしれない、とかなり焦って車掌さんを探しました。
キャンセルになった電車に予約していた人は一番前の車両へ、と車掌さん。座席は一部予約で埋まって
いましたが、すぐに空いている席を見つけることができました。中央駅に着いてから、待つこと計1時間半。
予定より1時間遅れて無事パリへと出発しました。やれやれ…。

私の隣にはムスリム系の若い男が座っていました。肘を肘掛けから思い切りはみ出させてエラそうに座って
いたので、私も肘で応戦しました。するとその男は、下手くそな英語で「エクスキューズミー、プリーズドーント
プッシュミー」などと言ってきました。は?私はプチ切れて、

「押してるのはあなたではありませんか。肘を引っ込めれば何も起こらないのに、はみ出して私を押している
のはあなたの方です。いったい何を言っているんですか?自分の場所に座っていれば押されることなんて
ないんですよ!プリーズドーントプッシュミー!!」

と大声で言い返してやりました。それを聞いて周りの人が驚いて私たちの方を見ました。でも私が悪いんじゃ
ないもんねー。大して英語ができないらしいその男は、ビビッたのか、「わかった、わかった、しーっ、しーっ。
頼むから静かにして」と言って、それ以降は腕組みをして肘を出してくることはなくなりました。

さて、車内ではネットが使えるので、遅延の場合のキャッシュバックについて調べてみました。確か、60分
以上遅れた場合25%、120分だと50%だったような…。今回はきっかり1時間遅れだからねー。

としっかり皮算用をし始めていたのですが、遅れは目的地の到着ベース、とありました。私が予約していた
のはいわゆる「ひかり」で、振り替えられて乗ったその後の電車は停車駅が少ない「のぞみ」であることが
わかり、なんと所要時間が10分短いことが判明しました。つまり1時間遅れで出発しても、到着は50分
遅れ。よってキャッシュバックの対象にはなりません。

でもさ、長距離だし、けっこう遅れるし。普通は時間通りには着かないし。

50分も遅れたんならあと10分遅れてくれー、と祈りましたが、ICEは、遅れてたまるか、と言わんばかりに
ぶっ飛ばしていました。こういう時に限って、なんだかやたらと順調です。結局パリには見事定刻に到着して
しまいました。なのでキャッシュバックはなし…(しょぼーん)。50分待たされ損でした。

パリには一泊しただけでしたが、またしてもいいお天気に恵まれて、美味しいものも食べられてよかったです。
そして胡麻せんもしっかりもらってきましたよ〜(笑)。

ノートルダム大聖堂
イメージ 1

パリ・ゼロポイント
イメージ 3

サンミッシェルの噴水
イメージ 2

マリー・アントワネットが幽閉されたコンシェルジュリー
イメージ 4


C, D, E...

チェロ、なんとか続けています。最近特に進歩もなく、練習があんまり楽しくありません。それでも一日一回は
チェロを触るようにはしています。なんていったって大枚をはたいて買ったマイチェロですから…。

先日のレッスンの時、先生に「調子はどう?」と聞かれたので、「うーん、イマイチかな。このチェロは学生用の
安いチェロじゃなくて、ちゃんとしたマイスターチェロなのに、全然いい音が出せないから落ち込みます」と
答えたところ、めっちゃ驚かれてしまいました。そして「ちょっと弾かせてもらっていい?」と先生がしばらく試し
弾き。10分ほどあれこれ弾いてみて、「ほんどだわ。かなりいいチェロなのね。でも新しいチェロだからもっと
弾きこまないと。」と初めて私のチェロがそれなりのチェロであることに気づいたようでした。

そうなんです。ちゃんとした人が弾いたら、私のチェロはかなりいい音が出るんです。その後、先生とチェロの
値段の話になり、先生のチェロと私のチェロはそう変わらないことが判明しました。でも見た目は正直、私の
チェロの方が仕上がりが綺麗な感じだし(塗装方法とか好みの問題もあるのかもしれませんが…)、私の耳
には私のチェロの方がいい音を出すように思えました。でも音のクオリティを聴き比べられる聴力を持っている
わけではないので、ただの贔屓耳かもしれないですが(笑)。

さて、かなり前から取り組んでいる曲がこちらです。といっても私がやっているのは、チェロのソロ演奏が始まる
01:00くらいから02:29くらいまでの部分で、もうかれこれ4ヶ月も練習しています。

私が弾くと当然のことながら別ものになってしまいます。いろいろなポジション移動があって、その中でも苦労
しているのが、この痛い指使いです。チェロを習い始めの頃は、それぞれの指で押さえる場所に糸とテープで
印をつけていましたが、3年以上経った今はそれが許されず、妥協案として人差し指の位置だけ印を残して
います。

イメージ 1

印のあるところ(H)から一音下がったところ(C)に人差し指をずらし、それと同時にがっと指を開いて小指で
Eの音が出るように押さえるわけですが、なかなか正しい位置を押さえられません。指はもうこれ以上は無理
っていうくらい開かないといけないのですが、瞬間移動と一緒に、となると難しいです。せめて印があれば
そこを目指してがっと開けるのですが、本来、目は楽譜を追っているはずだし、印はナシでやっていくしか
ありません。

先生には、頭の中で出したい音をイメージするといい、あるいは声に出して歌うといい、とアドバイスして
もらいましたが、「E」の音をイメージって…。「C(ツェー)、E(エー)」って歌ってみてもねぇ…。と、この指使い
で、正しい音が出せなくて苦労していました。

私はもともと楽譜はろくに読めない状態でチェロを習い始めました。チェロは、例えば一番外側の弦を指の
押さえなしで弾くと、五線譜の一番上の線の音、Aになります。そこから人差し指で、上の写真にある印の
ところを押すとHの音がでます。中指でC、小指でDの音、となります。上手く説明できませんが、私は
五線譜上の音符の位置を認識して、一つ上がってるから人差し指、二つだったら中指、という具合に
弾いています。では、これは何の音でしょう?と楽譜を指されて聞かれるととっさに答えられません。それ
ではダメ、きちんと楽譜を読むように、と前の先生からも言われていましたが…。

さて、とにかく問題は、Cからがっと指を開いてEの音をどうやって出すか…。ツェー、エー、ツェー、エーと
唱えてみても音はずれまくるばかり。チューナーを見ながら指の位置を調整しても、一回指を離してしまうと
またずれちゃう…。音感悪すぎなんちゃう、私?

キーボードがあるので、それでツェーとエーの音を確認してみることにしました。ツェー、エー、ツェー、エー
では音が取れず悪戦苦闘していましたが、キーボードを見たらそれがただのドとミであることに、今更ながら
気が付きました(遅すぎ!)。ドとミだったら、チューリップとかメリーさんの羊とかを歌えば音が取れます。
ツェー、エー、ツェー、エーとどんだけ歌ってみても無理でしたが、ドー、ミー、ド―、ミーだったら意外といける
じゃありませんか。

そうは言っても、指を最大限に開かないとミの音には届かないので、そこはさらなる練習が必要なのですが、
とりあえずミの音がズレているかどうかは、なんとなくわかるようになりました。Eの音=ミの音、と頭が
認識できただけのこと、なんですけどね。なんでもっと早く気づかなかったんだろ。バカな私。

白鳥への道は果てしなく続く…。

Klassentreffen

50歳を過ぎたら同窓会に出席してはいけない」という記事を読みました。私は真逆というか、50歳を過ぎて
初めて、小学校時代の同級生と飲み会をしたばかり。中学まで一緒だった人もいたので、30ウン年振りの
再会でした。それなりに楽しかったので、また一時帰国した際にはまた会いたいな、と思っていたのですが…。

さて、どうして50歳を過ぎたら同窓会に出席してはいけないかというと、
同窓会に行くと、たいてい病気と薬と副作用の話、そして昔話で会場が埋め尽くされる、からだそうです。

その後に、明るい前向きな話題が繋がるのであればいいが、同窓会というところでは、そういう風に話が
つながるようなことがほぼない、んだそう。そもそも同窓会なるものに行ったことがないから、そこらへんは
わかりませんが…。それ以外に、老いも若きも多くなってしまうのが、「嫉妬(ジェラシー)」と「後悔」の話とか
なんとか。

だから50歳を過ぎたら、今までの友人との縁を徐々に整理しはじめ、70歳になったら、「古い友人」とは
出来るだけ縁を切って、「新しい友人」への切り替えを完了させるのがよい。いつまでも古い友人と飲み会を
繰り返し、クダをまき、過去を恨み、同期を妬む。明日のない、希望のない、身の回り半径5メートル以内の
話に終始すべきではない、とのことです。

なるほど…。私にとって目からウロコ、だったのは、古い友達を大事にしなくていいんだ、ということでした。
私は海外に暮らしているせいもあって、日本で今でも付きあいのある友達は数えるほどしかいません。
もともと、みんなで仲良く、というのが苦手で、なかなか交友関係が長続きしません。だから日本に一時帰国
した時に会うのは、大学時代の友達数名と元同僚数名くらいです。今まで、交友関係が続かないこと、狭い
ことをマイナスに捉えていたのですが、見方を変えればそう悪いことばかりでもないようで、ちょっと驚いた
のと同時に希望が持てました(笑)。

その記事はさらに、

どんなときにも過去を振り返るな」とはいわない。だが、そのような過去を振り返るような集まりの時で
あっても、なるべく「これからの話」をしようではないか。

若い人たちといるほうが、気持ちも前向きに明るく楽しくなってくる。若い友人たちは、いつも、「新しいことを
始めよう」「なにかにチャレンジしよう」という前向きな話をする。自然と私も未来に対して思いを馳せるように
なる。

と続きます。しかし、別に「若い人」に限定しなくてもいいのではないかなとも思います。若い人の中にだって
後ろ向きな人はいるだろうし…。ようは好奇心旺盛な人と付きあっていこうってことではないのかな?

周囲が若者に変われば、50歳以上の人たちも、新しい情報を知ろう、学ぼうという意欲、よりいっそうの
「生き甲斐」も湧いてくるはずだ。新しい活動への意欲も自然に出てくる。ときには、若い人たちが自分を
担いでくれたりすることもあり、何歳になっても新しい経験を積んでいける。

生き甲斐についてはわかりませんが、新しいことを学ぼうという意欲は、別に周囲に若者がいなくても持って
いるけどなぁ…。ちなみに私が以前に受講したMOOCの「Successful Aging」という講座では、20歳年の
離れた人と付きあってみることを勧めていました。20歳年下だけでなく、20歳年上の人とも、です。その
付きあい方のほうが、若い人限定より人間の幅が広がりそうな気がします。っていうか、大事なのは年齢で
はなくて、どういう人と付きあうか、だと思うんですけどね。

懐古主義の高齢者同士が一緒にいても、なにも始まらない。旧友との付き合いは本当に大切な人だけに
絞って、その分だけ若者と友達になったほうがいい。その分、新しい世界が広がる。人生を、いつまでも
豊かに生きられるようになる。

懐古主義なのは高齢者だけではないでしょう。話すことといえば、子供の話か自分が20代の頃の思い出話
ばっかり、という同年代の専業主婦の知り合いがいました。別に専業主婦が悪いわけでもないし、みんなが
そうなってしまうわけでもないですが、傾向としては専業主婦で家にずっといると、行動範囲や向き合う人が
限られてしまうので、そうなりやすいのかもしれません。あと、ちょい年上の元同僚に、やたらと80年代、
90年代の話ばっかりする人がいましたが、そういう人を見ていると、確かに同窓会には行かない方がいい
かも、とは思ってしまいます(笑)。

ただ、モモ君を見ていると、悪ガキ時代からの友達が何人もいて、やっぱり古くからの友達は大事な存在
だなって思います。その友達とは普段もよく会ったりしているので、会うたびに昔話をする、なんてことはない
ですし、悪ガキがみんな一緒に大きくなって、おっさんになった、みたいな感じです。そういう幼なじみが
私にはいないので、羨ましくもあります。

旧友との付き合いは本当に大切な人だけに絞って、その分だけ若者と友達になったほうがいい。その分、
新しい世界が広がる。人生を、いつまでも豊かに生きられるようになる。

とこの記事はまとめているけど、本当に大切な近しい旧友が懐古主義しゃだったらどうするんだ?旧友とか
若い友達とかそういうことではなく、新しい世界を広げられるような人と付きあって、豊かに生きるべし、と
いうことではないかな。






CVJM

西城秀樹さんが亡くなりましたね…。私は圧倒的に野口五郎が好きで、新御三家のランキングはゴロウ、ヒロミ、
ヒデキの順番だったので、同年代の同僚からのラインメッセージで訃報を知らされた時は、正直それほど大きな
ショック、というものは受けませんでした。その同僚からはさらに

「中学生の時にクラスのみんなでYMCAの振りをして歌ったりしたので、青春の1ページが消えたような寂しさ
を感じています」

というメッセージが届きました。YMCA...。あったな、そんな曲が…。

確かにあの振りのことは覚えています。でもみんなで振りをして歌を歌った思い出とか、私にはないどころか、
あの歌はどうも好きじゃなかった気が…。西城秀樹の代表曲の一つでもある「ヤングマン」。なんで私には
思い入れがないんだろう。この歌がヒットした頃、私が好きだった野口五郎はすでに落ち目になりかけていた
から、秀樹のことが憎かった、とか?

いや、憎いとかじゃなく、私はそもそも彼のあの情熱いっぱいの歌いっぷりが苦手でした。郷ひろみのヘラヘラ
も好きじゃなくて、クールだけどコミカルな五郎がやっぱり一番好きでした。確かに当時、五郎の「真夏の夜の
夢」はちっともヒットせず、ベストテン入りしていたのはいつも「ヤングマン」。確かに五郎ファンとしては面白く
はなかったけど、それだけ?

秀樹に関するニュースをインターネットで拾い読みしつつ、You Tubeで昔の歌を見てみると、やっぱり「熱い」。
でも実は歌がすごく上手な人だったんだってことに改めて気づきました。でもいったいどうして、日本中が
盛り上がった大ヒット曲「ヤングマン」を、私は受けつけなかったんだろう…。

あれこれ考えて、ようやく思い出しました。それは父親の一言でした。

私の父親は、名台詞「うちは耶蘇じゃねぇ」と言って、私たちが子供の頃、絶対にクリスマスプレゼントを
買ってくれなかった人でした。「ヤングマン」という歌についても、「YMCAってのはヤングマンズ・クリスチャン・
アソシエーションの略なんだ。クリスチャンでもないくせに、バカじゃねぇか」と言い放っていたのでした。

確かに意味がわかりませんよね。「素晴らしいY.M.C.A」って。

それで私は、みんなと一緒になってY、M、C、A、なんてやる気が起こらなかったのでした。歌っていたご本人
は何も気にならなかったのでしょうかね?そういえば、Wham!の「ケアレス・ウィスパー」のカバーも歌って
いましたが、タイトルは何故か「抱きしめてジルバ」。オリジナルを作詞作曲し、歌っていたジョージ・マイケル
が、「僕はジルバを作った覚えはないけど」って苦笑いしていたのを思い出します。ジルバっていうのは
いわゆるアメリカで流行ったスウィングダンスの一種のことらしいし、ジョージ・マイケルはイギリス人だし(笑)、
リズムとか全然違うし…。

話がそれましたが、結論は、クリスチャンでもないのにキリスト教青年会を絶賛する歌を能天気に歌うことに
私は疑問を持っていたのでした。かえって、どうして日本人の大半が何も考えず、無邪気にY、M、C、Aなんて
盛り上がれたんだろう、と不思議に思ってしまうくらいです。

西城秀樹とYMCAの話をモモ君に話すと、「あ、その曲知ってる。それって変なビレッジピープルとかっていう
ゲイグループが歌ってたんだけど、一体何で、YMCAなんだろうね?かなり気味悪いグループだったよ。」
と言っていました。え?ゲイグループがキリスト教青年会を絶賛?それもなんだか変な話です。

と思ってさらに調べてみたら…。

YMCAとは

「若者(主に男性)のための宿泊施設のことを指すが、ユースホステルのようなドミトリー(相部屋)の部屋も
あるため「ゲイの巣窟」とされ、「Y.M.C.A.」はゲイを指すスラングでもある。この楽曲も、題材をゲイにおいた
「ゲイソング」であり、歌詞の中には様々なキーワードが隠されている。」 Wikipediaより

えー、そういうことだったの?それじゃ、クリスチャンでもないのにキリスト教青年会を絶賛するのよりももっと
ヤバいではありませんか。ちなみにピンクレディーがカバーした同ビレッジピープルの曲「In the Navy」も
同じコンセプトらしく、海軍に入ればいい男に出会えるよ、的な歌らしいです。日本人、ちょっとヤバくね?

ちなみにタイトルのCVJMはドイツ語でChristlicher Verein Junger Menschen、キリスト教青年会のことです。 






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