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国際協力事業団(JICA)の青年海外協力隊をご存知の方は
多いと思いますが、似たような制度で日系社会青年ボランティアと
いうのがあります。協力隊との大きな違いは派遣先が中南米の
日系社会に限られるという点です。スペイン語を習得したかった
私はアフリカの奥地やシベリアに派遣されるのを避けるため、
協力隊ではない方の制度に応募しました。
しかし当時、結婚(式が)したい年齢だった私は、派遣が決まって
からもとても悩みました。決心がつかないまま、二ヶ月間の合宿
研修が始まってしまいましたが、誰かが「結婚しよう」と言って
くれればいつでも辞めたい気分でした。合宿に参加したのは約
50名。20代前半から30代半ばの若者達です。私はちょうど
真ん中へんの年齢でした。周りの女子が結婚を意識しないで、中南米へ
行くことへの夢を熱く語っているのが不思議に思えてなりませんでした。
ある日、思い切って同年代の女子に聞いてみることにしました。
「ねぇ、みんなは結婚したいとか思わないの?」
すると彼女達は口を揃えて
「結婚なんかより自分の夢を実現するほうが大事よ。」などと言いました。
私が、実は迷っていると言うと
「Xirominの代わりに選考に落ちた人のことも考えなよ。途中で
辞めるなんてその人たちに申し訳ないと思わないの。」と言われました。
実は私は2回ほど選考に落ちて3度目の受験、4年越しでこのチャンスを
手に入れました。私が落ちた年にだって途中で参加を取り辞めた人は
いたでしょう。その人が辞めると決めた時、落ちた私に対して
申し訳ないと思ったなんて思えません。もちろん辞めれば、JICA
には二度と再び顔向けはできませんが、やっぱり自分の人生ですから
辞めるとなったら自分本位で辞めるでしょう。他人のことなんて
考えてる余裕はありません。
もちろんそんなことは口に出しては言えず、その後も誰も中南米行きを
止めてくれる人は現われなかったので、気がついたら合宿も終わり、
なんだか中途半端な気持ちのまま旅立つことになってしまいました。
そんな私を同期の女子達は非難の目で見ていました。「なんて優柔不断な
ヤツなんだ。」と。
派遣先での任期は3年でした。大変なことばかりで何度も泣いたし
途中で帰りたいと思ったことも一度や二度ではありませんでした。でも
途中で辞めても日本で仕事のあてもないし、「嫌だったらいつでも帰って
来いよ」と言ってくれる人もいなかったので、踏ん張るしかありませんでした。
1年経った頃、同じメキシコに派遣されていた女子の一人がなんと
駐在の商社マンを捕まえ、彼の任期終了とともに一緒に帰国すると
言い出しました。結婚より夢が大事と言っていた女子でした。
1年半経った頃、アルゼンチンに派遣されていた女子の一人が日系人と
結婚し日本で家業を継ぐために帰国する、というニュースが流れてきました。
途中で辞めるなんて選考に落ちた人に申し訳ないと思わないのかと
私に言った女子でした。
そして3年が経ち、無事任期を終了した私は日本に帰国しました。
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