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感性が乏しいせいか、今まで私は有名な芸術作品を見てもあまり 感動することもなく、「ふぅん、これかぁ」とか、「カレンダーで見た 写真と同じだ」とか、「意外と小さいんだ」くらいの感想しか持った ことがありませんでした。ところがウィーンでフンダートヴァッサー ハウスを見た時は、建物がどーんと目の中に飛び込んできて、その 衝撃とともに急に子供時代に引きずり戻されるような、それでもって わっはっはと大声で笑いたくなるような、妙な感動を覚えました。 この歳になって初めて「本物を見る」大切さを実感したというわけ です。それ以来、フンダートヴァッサーが大好きになってしまった 私は、近場にある彼の作品を見に出かけては、この不思議な感覚を 楽しんでいます。 彼の作品は日本にもいくつかあって、特に大阪市のゴミ処理施設や 下水処理施設はその奇抜なデザインと費用のことで話題になった ことと思います。ところが私はドイツに来るまでフンダートヴァッサー という人のことは一切知らず、大阪に多額の費用をかけた「けったいな」 施設ができたことさえ全く知りませんでした。2000年にフンダート ヴァッサーが亡くなった時だってきっとニュースや新聞で報道されて いたはずなのに、ちっとも私の耳には届きませんでした。 私は1999年から4年間大学で環境学を勉強していました。だから 自然との調和を大切にし、人間だけでなく木や草花を「住民」とする 彼の考え方やゴミ、下水道処理施設に関することなどは、興味が なかったわけではありません。今になって、もしかしたら彼の建築 について「都市計画論」、「地域形成論」といった講義で触れている かもしれないと思うのですが、その当時の私の心には響いてこなかった のか、そんな気がするだけで、記憶には何も残っていません。 私はたまたまドイツ人と結婚してドイツに来たので、それまで ドイツやドイツ語にはまったく興味もありませんでした。トビと 知り合わなかったらドイツ語なんて一生勉強しようとも思わなかった だろうし、ドイツやオーストリアを旅行することも多分なかったと 思います。ドイツに来てからも、もし途中でドイツ語の勉強を 放棄していしまっていたら、フンダートヴァッサーのことは知らず にいたかもしれません。 自分が興味のないことはどんなにそれが目の前にあっても、それを 耳にしたとしても、全然見えないし、聞こえてこないものです。 世の中は知らないことだらけだというのに、無関心さが自分の 周りに壁を作ってしまうのです。きっと歳を取るにつれてその 傾向は強くなっていくんだろうと思います(それは「おっさん」を 見ているとよくわかります)。フンダートヴァッサーの作品は 自分の周りにできてしまった壁を打ち破る力があるからこんなに 好きなんだと思います。 横から見るとこんな感じ。でも100(フンダート)ではなく
30と書いてあります。 |

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