ドイツの生活 Mein Leben in Deutschland

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Vatertag

父親とはずっと仲が悪かった私ですが、どうしても聞いておきたいことがあったので、思いきって
切り出してみました。二人でじっくり話す機会なんて今までほとんどなかった私たちですが、意外と
和やかに話ができたのでびっくりでした。

私が知っておきたかったのは、九州で生まれ育った父が、どうして大阪や東京ではなく、横浜に
移り住んだのか、ということでした。父は中学を出た後、炭鉱で働きながら定時制高校に通って
いました。炭鉱では電気技師として働いていて、石炭を掘っていたのではなかったので一番の
危険に曝されることはなかったようですが、大きな事故がある度にそこは長く働く場所ではない
と思ったそうです。石炭の将来を見据えていたのかもしれません。

高校を卒業した後、父は九州を離れ、広島や大阪でも職探しをしたそうです。最終的には横浜に
腰を据えることになりました。当時、鎌倉のとある作家宅でお母さん(私の祖母)が住み込みの
お手伝いさんをしていた、というのが横浜を選んだ大きな理由だったのかもしれません。あるいは
横浜という異国情緒あふれる街に憧れがあったのかもしれません。そのことについて父ははっきり
言いませんでしたが、そんな思いがなんとなく伝わってきました。

「そういえば東京・青山のヤマザキで働いたこともあったなぁ…。」

父は懐かしそうに言っていました。横浜で働く前は東京にもいたのか…。

もう一つ、私が父から聞いておきたかったことは、私の名前の由来と、その名前に当てる漢字を
選んだ理由です。姉とは年子で、オマケみたいに生まれてきた私は、母によく

「橋の下で拾ったから、ひ・ろ・み。」

とからかわれていました。

拾うじゃあまりにもかわいそうだから、別の漢字にしてあげたのよ。」

母はよくふざけて言っていましたが、その別の漢字を選んだ理由を追求するのをすっかり忘れて
いたというわけです。母は数年前に他界してしまったので、もう聞くことはできません。

だから父から聞いておかなくちゃ。そう思って、言い出そうとしたところで目が覚めました。

「なんだ、夢だったのか…。」

大体、父と私が和やかに会話しているなんておかしいと思った(笑)。それに青山のヤマザキって
いったい何のこと〜?

よくよく考えてみるとおかしいところがいくつかありました。でも妙にリアルで父の顔の表情まで
はっきりわかる夢でした。久しぶりにいい夢だったので、忘れないようにトビに話しました。

それから起きてPCを立ち上げ、Googleを開いたら、ロゴがいつもと違っていることに気が付きました。

その日は父の日でした。
父が倒れたのは今からちょうど4年前、ドイツでワールドカップが開催されていた頃でした。

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