ドイツの生活 Mein Leben in Deutschland

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Der Spiegel 'Der Atomstaat' 原子力帝国 Teil 2 より

産業と役所の癒着

すでに20年も前に、点検が近づくと原発で働く人々がどう合図を送るかを彼は知っていました。それがあると、
急いで従業員が、浸水した熱交換器をぴかぴかに磨き、その後姿を隠します。点検者はヤラセに気づいても、
それを無視しました。「私達の管理はたぐい稀ないんちきです」と飯田氏は言います。

伝説的なのは、天下りという独特の名前を持っている産業と役所の個人的なつながりです。天から下に降りる
という意味のこの習慣は、役人が省庁で勤め上げた後に巨大電力会社での有利な地位に移るというものです。

東電の副社長のポストは何十年もこの天下り役人用に予約されています。石原武夫という男性は元通産事務
次官で、原子力政策のコーディネーターと見なされています。1962年に彼は東電に雇われ、取締役、そして
副社長になりました。

1980年に元資源エネルギー庁長官増田実は東電に移り、そこで同じ経歴を辿りました。1990年と1999年
にも高級官僚が続きました。4月にある共産党の衆議院議員が、「これを世間では指定席というのではないか」
と内閣に質問しました。スポークスマンは答えました。「指定ポストと言わざるをえない。」

発電所現場では、これらのことは大して重要ではありません。現場で働いている大半が下請けやその下請けの
出向社員や日雇い労働者です。しかも優れた専門家も東電から来ているわけではなく、日立や東芝、あるいは
米国GE社といったメーカーから来ています。

傲慢で無能な東電の技術者たち

東電の管理職が自分達の原子炉についてあまり知らないことをこれらの専門家は知りました。「東電の人間は
官僚主義で、たまにやって来てはやることを指示していくだけ」と福島にある下請け会社で4年間働いていた
佐藤つねやす氏は言います。

東電の技術者は傲慢で無能ときています。スガオカ氏が改ざんスキャンダルを公に報告した時、東電は独自の
分析や独自の重大な内部の欠点を認めました。東電の技術者は「原子力の知識に関しては、自信過剰だった」
とも言っていました。だから「安全が保証されている」と信じていた間は、東電は問題を政府に報告しません
でした。

しかしながら、ことの結末は、東電も原子力安全保安院をもこういった認識を改めさせることはありませんでした。
このスキャンダルは、福島第一の相当古い原子炉1号機の運転期間延長をさらに10年延ばすのに、何の影響も
及ぼしませんでした。それどころか、発電所の点検実施間隔の規則を13ヶ月から16ヶ月にまで延長すること
さえできました。

「新しい基準と、最終的にはより少ない点検。これがこのスキャンダル後の東電のための結論なんです」と
市民団体グリーン・アクションの脱原発活動家、アイリーン・美緒子・スミス氏は指摘します。

「東電は今まで脱原発活動家の提案を実行に移したことがあるのか」と東電のスポークスマンに質問をすると
彼はこう言います。「質問の意味がわかりません。」

原子力産業反対者の扱い

大事故後もこの会社はジャーナリストを騙し続けようとしています。ここ10週間、放送局や新聞社のレポーター
が東電本社の1階に泊まり込んでいます。彼らは記者会見で、正確だと思われる生データの山を手に入れます。
この関連のない多数の計測値を与えられたところで、彼らはどこから始めればいいのでしょう。極端に少ないこと
がよくあり、そうかと思えば、後で完全に違っていたことが判明したりするようではなおさらです。

東電の人間はデータについて話すのが好きです。責任というテーマは避けたがっています。天下り?政党への
寄付金?学者への資金援助?こういった複雑な質問について、東電のスポークスマンは似かよった答えを
返します。「ノーコメント」と。

テレビのジャーナリスト 上杉隆氏は、巨大電力企業の東電が、好ましくないことを報道された時、いかに敏感に
反応するかということを語る一人です。日本で彼は人気のテレビ・ラジオ司会者です。彼の番組は政治的ですが
おもしろいです。彼はたいていいつだってご機嫌のゴルフ好きの43歳です。上杉氏は福島原発事故まで、
原子力とはあまり関わりがありませんでした。

ただ、彼はかなり長い間、大手新聞社の同業者に対して反感を持っていました。上杉氏にはジャーナリストの
多くが、報道する大臣たちの単なるPRエージェントにしか思えませんでした。福島原発の大事故の後、上杉氏
も東電のロビーに泊り込みました。原子炉で何が起きているか知りたかったからです。

3月15日午後1時に彼はTBSの生放送中継に出演しました。彼は、明らかに放射能は3号機から来ていて、
外国ではそのことが報道されていることを伝えました。「実際、自明のことでした」と彼は言います。しかし
放送終了後、彼の上司がやってきて、彼に解雇を言い渡しました。それ以来上杉氏はTBSで働いていません。
TBSの番組編集部のスポークスマンは、上杉氏と仕事をしないということは前から内部で決まっていたと言って
います。東電からの圧力はなかった、と。

上杉氏は信じないでしょう。その後他のテレビ番組でもトラブルがあったからです。「朝日ニューススター」では、
上杉氏が彼の番組に原発批判者をゲストに招待した後で、電力会社協会がスポンサーを打ち切りました。
どちらにしても電力会社のスポンサーは取りやめたいと思っていた、というのが番組側は言っています。東電の
スポークスマンは上杉氏のようなジャーナリストに圧力をかけるというのは「ありえない」と言っています。

不都合なことを暴露したり報道したりするものは脅される

そうこうしている間に日本政府は、福島について「間違ったニュース」をインターネットから削除するようインター
ネットプロバイダーに求めました。国民を不必要に心配させてはならないからです。「これはエジプトや中国
より酷い」と上杉氏は言います。「公共の秩序とモラルを害するもの」はすべて取り除かなければならない
のです。

原発反論者のロバート・ユンクは、原子力産業が反対者をどう扱うかについて、一つの章を割いています。
その表題は「脅される人たち」です。

不都合なことを語る東電の内部の人、不都合なことを報道する上杉隆氏のようなジャーナリストたちが
脅されます。

前福島県知事だったあの上品な佐藤栄佐久氏もその犠牲者の一人だと言われています。佐藤氏は原子力と
いう権力に対抗しようとしました。彼は他の原発を持つ県の県庁と同盟を結び、反原発枢軸をつくりあげよう
としました。

地方の政治家である佐藤氏は、新しい日本のエネルギー政策を考案するために世界中から専門家を福島に
招待しました。彼は恐らく最も影響力のある原発反対者でした。2006年にいきなり政治生命を断ち切られる
までは。

彼は汚職の罪で逮捕されました。訴えによると、彼と彼の弟は福島県の仕事をしている建設会社から土地を法外
な値段で買ったとされています。

裁判では佐藤氏は有罪となり、、東京の控訴審で刑は軽くなりましたが有罪判決は覆されませんでした。佐藤
氏は今、無罪を主張して最高裁で闘っています。

東京の元検察官は、佐藤氏の弟は土地買収で利益はあげていないと言っています。さらに、この元検察官は
彼自身が18ヶ月の禁固刑を宣告されています。彼は別の高級官僚の捜査で、証拠物件を改ざんしました。

しかし誰が、佐藤氏のような原発反対者ではなく、この大惨事の責任者達を逮捕するのでしょうか。菅首相が
先週の水曜日(5月18日)に公表した説明はそれでも希望が持てるものでした。首相は、安全保安院を解体
し、日本の電力供給会社の地方独占を廃止し、エネルギー政策を「根本から」見直すことを発表しました。

グリーン・アクションの活動家、アイリーン・美緒子・スミス氏はそんな約束は信じていないでしょう。こんな大事故
に対して、いつもの日本的なやり方をしていることが彼女には恐ろしく思えます。「事故を調査する委員会が設立
されます。そこにはいままでとまったく同じメンバーが座ってるのです。」

Der Spiegel 'Der Atomstaat' - Ende
Der Spiegel 'Der Atomstaat' 原子力帝国 Teil 1 より

大事故にも関わらず野心的な拡張計画

原子力の危険な技術が、地震に悩まされる日本より不適切である国は地球上にはほとんど存在しません。伝説
によると、日本列島は大洋の大きな魚の背中に乗っかっていると言います。そしてこの魚は痙攣したりピチピチ
と跳ねたりします。世界で3番目に大きな原子炉群を運転するのには良くない条件です。日本より多く原子炉を
持っているのはアメリカとフランスだけです。

それにもかかわらず日本は原発事故が起こるまで、野心的な更なる拡張計画を考えていました。2030年まで
に日本の発電量の半分を原子力で賄おうとしていて、そのために二桁の数字の新しい原子炉を建設する計画
でした。

なんといっても石油ショックが、躍進する工業国日本を驚かせました。政府はかつて巨大な原子力産業を構築
することが国としての課題であると説明していました。それ以来、日本の政治家は日本の発展と裕福さは原子力
エネルギーとは切り離せないもの、として組み合わせてきました。

エネルギー原材料輸入からの大幅な自立という期待にうっとりしながら、日本の政治はプルトニウムビジネスに
まで手を出しました。消費するより多くの燃料を生産する増殖炉は魅力的すぎました。

世界の多くの原子力国家がこの危険で高い選択肢に別れを告げた頃、(ドイツはカルカーにあった増殖炉の
跡地を今までで最も高くついた遊園地として献呈しました)日本では増殖炉もんじゅの落成式を行い、1993年
には核燃料再処理施設の礎石を本州の北の端に据えました。六ヶ所村の施設は今までに140億ユーロ以上の
費用がかかっていて、世界で最も高価な産業施設の一つとなっています。その施設はまだ通常の操業を一度
も行っていません。

原子力エネルギー崇拝

「私達の国は規則にのっとった正規の洗脳を体験しました」と、保守党の自民党所属の衆議院議員 河野太郎
氏は言います。48歳の河野氏は、日本の政治家名門一家の出身です。約15年前から国会に参加し、彼は
左右されない意見を言うことで悪名が高いです。党内で数少ない一人として、彼は日本の原子力政策に疑い
を持っています。それによって支持が得られ、日本で最も良い選挙結果が出せていると彼は思っています。
「ただそのおかげで、私は反原発路線を取ることができています」と彼は笑って言います。

「東電は津波の規模が想定外だったと言っています。しかし、だったら何を想定していたのか?」と河野氏。それ
は電力会社が支配する委員会の一つが定めました。そこには地震や津波の専門家は含まれていません。「その
委員会が、津波の大きさがどのくらいであるべきかを決めたんです。」と河野氏は厳しく言います。「だから電力
会社に一番の責任がある、それだけのことです。」

河野氏が同盟者を見つけるのは難しいことです。日本において原子力エネルギーに対する批判は、研究者、
ジャーナリスト、政治家としてのキャリアを終えることになるからです。

電力会社の影響は研究者の研究所にまで至ります。多くの研究者、とりわけ東京大学の研究者は東電が好き
です。東電が大学に多額の助成金を出し、シンクタンクや委員会の集団を多くサポートしているからです。今まで
この形での広報活動については実証されています。東京大学の科学者あるいは技術者で東電に対して批判的
な意見を言う人は一人も出ていません。

イメージ保護に多額

「原発批判者は昇進はしない、教授にもなれない、そして当然重要な委員会のメンバーにも任命されない」と
河野氏は言います。

それでもたまにはこの縁者びいき委員会のシステムにちょっとした疑いが生じることもあります。例えば地震
学者 石橋克彦 氏が5年前に審議会から辞任した時、日本の原子力発電所の安全基準は見直されるべき
でした。19人の審議会メンバーのうち11人が日本の電力団体の委員会メンバーでした。そこでの意思決定は
「非科学的」というものだったと石橋氏は言います。「もし私達が原子力発電所の技術的な基準を根本的に改善
しなければ日本は地震の後に核大事故を経験することになります」と彼は当時警告していました。

しかし、日本の国民はそのような警告を深刻に受け止めます。そうすると東電はメディアに原子力マネーを分配
します。イメージ保護のために一年に何百万ユーロというお金がかかっています。その中にその中には、TBS
「ニュース23」、フジ「めざましTV」、テレビ朝日「報道ステーション」などのニュース番組のスポンサー料
も入ります。みんなが原子力と呼ばれるケーキを少しずつ分けてもらっているのです。

東電はジャーナリストに豪華旅行などを用意しいつも好意的です。津波がフクシマダイイチ原発を襲った日
などは東電の会長は日本にはいませんでした。彼は勉強会と称してジャーナリストを招き、中国の高級ホテル
でパーティーを開催していました。

権威に逆らう国民は邪魔なだけ

「原発を支持しようと、誰もが関心を持つような構造を作ってきました。」と河野氏は言います。厳しい検査や批判
的なコメンテーター、権威に逆らう国民はただ邪魔なだけです。

それにもかかわらず警報はなくなりませんでした。ただ責任が取られることはなかったのです。一人の失望した
社員によって大きなスキャンダルが明るみになりました。1989年、日系アメリカ人のケイ・スガオカ氏は、現在
事故が起きている福島第一原発の一号機原子炉の点検をしました。彼は製造会社であるGEで働いていました。

蒸気乾燥機にひびが入っているのを発見してスガオカ氏は驚きました。「かなりのでっかいやつだった」と彼は
今でも思い出します。その後、機材が180度ねじ曲げて取り付けられていることにも気がつきました。彼は上司
に報告しました。そして、彼のワーキングチームは数日の間指示を待ちました。その間も報酬付です。

チームが再び発電所に呼ばれた時、どうやら上司達は更なる処置に合意していたようでした。スガオカ氏のGE
の上司は点検作業のビデオからひびが入っている場所が移っているところを切り取るように指示しました。「私の
チームはその通りにしました」と彼はいいます。「東電の人二人が見ていました。」

もちろんこのことは彼にとって薄気味悪いことでした。彼は家に戻って何が起きたかを書きとめておき、書類を
保管しておきました。1998年にGEは彼を解雇し、彼は復讐を考えました。2000年6月28日に彼は原子力
安全保安院に手紙を書きました。彼は見たことを描写しました。彼は3、4通とそのような手紙を書きました。

スガオカ氏の暴露話は日本にショックを与えました。東電が体系的に安全報告を改ざんしていたことが明らかに
なりました。東電社長と4人の管理職が辞任しなければなりませんでした。政府は一時的に17の原子炉を
止めました。

何人かの東電社員が安全への危惧について、原子力安全保安院に相談したことがあるということが、かつて
明るみになりました。密告者の身元は即座に東電に報告されていました。これはある原子力安全保安院の
スポークスマンが認めていることです。

日本でこのスキャンダルは長続きはしません。しかしながらご当地福島では佐藤氏のスキャンダルの登場です。
前福島知事の佐藤氏は、こげ茶色のジャケットにポケットチーフ、ロマンスグレーの上品な年配の紳士です。彼
は骨董品とゴルフが好きです。そして彼は原子力エネルギー反対者です。

東電を管理する者はいない

原子力安全保安院が原子力村内部からの訴えをいかに無頓着に扱うかを知った後で、彼はその面倒を見る
ことにしました。2002年から2006年までの間、21人の内部者が佐藤氏に個人的に相談してきました。彼の
同僚は情報提供者にいました。彼らは訴えを録音し、書面にしました。そして彼らはそれを原子力安全保安院
に送りました。

そういう助言の後長い間何も起こらないと、彼の同僚は問い合わせをしました。「誰も東電を管理していない」
と佐藤氏は言います。「福島県は原子力安全保安院が実際はやらなくてはならないことを引き受けました。一番
の問題は東電ではなくて、原子力安全保安院にあります。彼らは訴えをとにかく取り扱わなかった。」

利害対立がはっきりとプログラムされているほどに、官公庁と保安院、電力会社は密接に絡み合っています。
権力のある経済産業省は原子力産業を促進する課題を持っています。中進国を日本の原子力技術で喜ばせる
ことも目標でした。しかしながら、安全保安院はこの産業を監視するべきなのに、原子力好きの経済産業省に
従属しています。

管理がまさにだらしないと原子力技術者 飯田哲也 氏は報告しています。かつて彼は日本版「原子力廃棄物
容器カストール」を設計しました。今でも彼は、新人だった頃ショックを受けたことを覚えています。「私は20代
のただの若者でした。でも私がやることは簡単に通ってしてしまいました。」と飯田氏は言います。

5月23日のシュピーゲル誌HPに載っていた記事を訳してみました。長いので3部に分けました。
翻訳が下手ですが、皆さんどうか読んでください。日本が外国からどう見られているか、その一例
です。これを読んだらもう「原発には賛成でも反対でもない」などと悠長に言ってはいられないと
思います。
 原文 Der Atomstaat Der Spiegel誌より

石油ショック以降、日本は無条件に原子力に専念しました。それ以来この原子力という分野は日本全体
とりわけフクシマを経営する東京電力を腐敗させました。政治家、学者、メディアは共犯です。一つの
大きな科学技術が一つの民主主義に徐々に侵していきました。

その金曜日の朝、山口幸雄氏はグレーのカーディガンを家に置いて、その代わりに上質のこげ茶色のスーツを
着ました。彼は日本のハイテク特急、新幹線に乗り込み柏崎・刈羽方面に向かいました。日本の西海岸にある
その場所には、世界で最も大きな原子力発電所があります。

角縁メガネに顎ひげのこの内気な物理学者は、原子力資料情報室の脱原発活動家です。彼は発電所の地震
安全対策に取り組んでいる委員会へと向かう途中でした。この時の東京電力との会合では、津波に対する安全
策についても話し合われる予定でした。3月11日のことでした。

13時少し前に、山口氏は新潟県庁の会議室のテーブルにつきました。津波の危険性について警告したところで
何の役に立ったでしょう?「会議はいつもの通り進みました」と山口氏は言います。「一人に対して東電多数。
そして東電の人たちは言っていましたよ、すべて万全の状態である、と。」

14時46分まではそうでした。「万全の状態」もそこまででした。突然会議室の建物が揺れました。地面が揺れ、
みんな外に出ました。会議は15分ほど中断されましたが、あらためてみんな集まりました。東電の代表の
一人は、発電所が地震や津波に対してどれだけ安全に管理されているかをもう一度強調しました。

まさにその瞬間、東に200キロほど離れたところで、14メートルの高い波が、東電の二番目に大きい原子力
発電所の6メートルの防波堤を呑み込んでいたなんて、会議室にいた人の誰も予想しませんでした。

16時頃、新潟で行われた会議は終わりました。地震のせいで新幹線が動いていなかったため、山口氏が
市内のホテルにチェックインしたちょうどその時、東電は政府に報告しました。「フクシマダイイチの原子炉が
制御できなくなりました。」

それ以来、現実(に起きていること)が、原発推進派の安全スローガンは茶番であるということを何度も示して
きました。どうやら地震によって配管にひびが入っていたようです。燃料棒は溶けて熱くなったウランの塊に
なっていました。1号機の原子炉格納庫の底に随分前から穴が開いていたようです。そして、まだ一度も水素
爆発の危険はなくなっていません。

東電と政府の宥和(=許して仲良くすること)は中味のないものであることが判明しました。何万人もの人が
故郷を離れなくてはなりませんでした。恐らく永久に、です。大事故現場からほぼ40キロ離れた山間にある
飯館村も避難しなければなりません。

二ヶ月間にわたって東電経営陣は問題を和らげ、責任逃れをし、壊れた原子炉を制御しようとむなしく試みて
きました。そうして先週の金曜日(=5月20日)になって東電社長清水正孝氏と副社長の武藤栄氏がついに
辞任を発表しました。この措置を強いたのは、なんと言っても107億ユーロ(日本円だと1.2兆円)の3月期
連結決算の赤字でした。

東電経営陣の西沢俊夫氏が社長として後任に座っても、コンセプトのない危機管理マネージメントはほとんど
変わらないでしょう。今まで通り、原発事故対策本部は東京の本社ビル2階に集まっています。それは大きな
会議室で、紙切れが内側から窓に貼られています。半円形のテーブルに東電の首脳陣がつきます。これまで
原子力本部長だった武藤氏が会議の進行係を務めています。彼の左隣には代表取締役会長の勝俣恒久氏が
座っています。たいてい彼は毎朝9時に来て、夕方6時か7時にまた来ます。社長の清水氏は残りの期間、
どちらにしてもただ単に姿を現しているだけ、というのがそこにいた証人の話です。

誰が危機管理の責任者をとるのかははっきりせず

会議室のテーブルの周りに小さな丸テーブルがあります。そこには専門家チームや米国核監視員の専門家、
フランス原子力発電会社 Areva の専門家、そして日本の学者が座っています。彼らはみんな大きなビデオ
スクリーンを見つめます。そこにはすべての発電所、例えば柏崎との専用回線があります。

しかし今はみんなほとんどいつも左の下の方ばかり見つめています。そこには吉田昌郎氏の画像が映し出され
ます。56歳の発電所所長はフクシマダイイチ原発の耐震の部屋から連絡をしています。この会合の参加者の
一人は「吉田氏は伝えるのが大変そうだ」と言っています。「現場の人は、状況がいかに深刻かを伝えるのに
苦労しています。」

それにもかかわらず、実際に誰が危機管理に責任があるのかははっきりしていません。 Spiegel 誌が何週間
か前に東電のスポークスマンに、「原発事故本部は誰が指揮しているのか」と質問した時の答えは「菅総理大臣」
でした。同じ時期に国会議員がこの質問を内閣にしました。答えは「まず第一に東電である」でした。原子力
安全保安院は「我々は危機克服のために一丸となって東電を支援します。」と言いました。

政府はこれを特に資金面で行っています。東電は430億ユーロという莫大な金額を破滅前に保持しなければ
なりません。ヨーロッパやアメリカの大手銀行の生き残りを保証した「失敗するには大きすぎる」という決まり
文句は、日本の大手電気供給会社のケースにも当てはまることが判明しました。

東電は首都圏4500万人に電気を供給

東電は世界で4番目に大きな電気供給会社で、52000人がこのマンモス企業で働いています。昨年は350
億ユーロを売上げています。第二次世界大戦前、政府がすべての電気供給会社を国営化し、地方の独占企業
を組み合わせました。今では10社が、私企業となっていますが、地方での主導権は保たれています。

産業省はこの電気会社を常に重要な産業政策の機関と扱い、その見返りとして保障された利益を享受して
きました。首都圏で4500万人が東電の電気を使用しています。東電はいたるところにあり、研究やメディア
にお金を払っています。東京の人が好む買い物エリアである渋谷のど真ん中には巨大な電気博物館を建てて
います。

フクシマの大事故の後、瓦礫の中にただ一つの発電所が建つだけとなりました。日本の原子力部門を立ち上げた
システム全体もまた地震で揺らいでしまいました。

原子力村。原子力複合施設に関する知識を身につけた日本の隔離されたエリートのことをこの暗号を使って
言い表します。東電の原子力部門は、産業省の権限を持つ部門同様村民の一部です。そして、研究者、政治家
ジャーナリストも特権階級の原子力クラブのメンバーなのです。

正規の洗脳を受けた国

山口氏はこの原子力村をしっかり囲む壁に常にぶつかってきました。「みんな一体感を持っています」と彼は
言います。「みんな東京のトップ大学で学び、その後東電あるいは東電を監視する役所で働きます。」

そして産業と役所の両方が政治と密接に絡んでいるのです。東電の経営陣は保守党自民党の重要な寄付者に
属しています。それに対して東電の労働組合は菅総理大臣が所属する民主党に支援されています。これまで
どちらの政党も脱原発路線はとっていません。

これはまるでロバート・ユンクの描く Der Atom-Staat 原子力帝国 の恐ろしいビジョンが現実になったかの
ようです。彼のこの題名の本はドイツの反原発世代の必読書です。ユンクはその本の中で、原発事故が
起こらなくても、危険な技術がどう民主主義を腐敗させるかを描いています。多くのデモ参加者が恐ろしい監視
国家を妄想するという話です。
イメージ 1

ドイツはユンクのビジョンからついに逃れました。それに対して日本にとっては予言的であることが明らかです。
日本の迎合社会では、原子力産業、電気供給会社、政党、学者が一つの不可侵なレフュジア(氷期の気候
変化の影響を受けずに昔のままの動植物群が残存している地域の意)を形成することに成功していますが、
これが民主主義の脅威となっています。

原子力村での馴れ合いの情実人事が、大事故後の幇助に大きく影響していたことは確かです。東電は最高
5.7メートルの津波がフクシマに到達するであろうと算出していました。東電はある日本の技術者団体の
委員会を証人として引き合いに出していますが、35人からなるこの委員会の大半が以前に電気供給会社や
その会社から資金提供を受けていたシンクタンクで働いていました。

多くのメディア自体も、この電気産業から気前良くお金を贈られていて、カルテルの一部なのです。「日本の国民
もこのフクシマの大事故には共同責任があります」と山口氏は意見を述べます。自然がこの原発に伴う最大級の
事故を引き起こしました。しかしこの状況は日本が自ら作り上げたものなのです。

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