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今、ドイツの反核団体や環境団体は、11月末に予定されているドイツ国内を縦断する核廃棄物輸送に反対 するためのデモ計画で多忙をきわめています。この核廃棄物輸送 − 使用される容器の名称から Castor 輸送と呼ばれています − は、毎年この時期に計画されているようで、いわば「恒例行事」と化しています。 一昨日はその第一弾ともいうべきキャンペーンの日で11月に向けて士気を高めるためのイベントが各地で 開催されました。HP上の この地図 は各地のイベントを私が更新してきたものです。お日様マークがイベント 開催地、赤のびっくりマークが核廃棄物保管場で、赤いルートがこの Castor を搭載した電車が通る可能性 のある線路で、最終目的地は北ドイツ、ヴェントラント地方のゴアレーベンと呼ばれる場所です。 11月末にはドイツ全土でさらに大規模な反対運動が催されるでしょう。そしてご当地ゴアレーベン近郊では、 テントや寝袋持参で大勢の人が野営をはり、線路に障害物を置いたりして輸送を大々的に阻止するようです。 ハンブルクからは貸切りバス5台がゴアレーベンに向かう予定です。みんな、バスの手配をしたり、他の団体 と連絡を取り合ったり、打ち合わせにも余念がありません。私は、と言えば、自分よりも一回り以上も若い女の 子のパシリとして、コピー屋さんに行き、渡された原稿を色紙にコピーし、それを裁断機で切ってバスの チケットを作るという仕事を仰せつかりました。ドイツ語ができず、ドイツのことがドイツ人並みにわかって いななければ、そういう仕事をするしかありません。でもいいんです、わかっていたことだし、少しでもお役に 立てれば。 でもなんだかこの Castor 輸送反対デモのノリって本当に「お祭り」みたいなんです。コピー屋さんでコピー していて、あるいはHPに載せる地図をアップデートしたりしていて、ふと「私は何をやっているんだろう」と 自問自答せずにはいられません。私の最大の関心ごとは当然、福島の原発事故。残念ながら8ヶ月近く経った 今でも収束の目途は立っていません。いろいろなことが明るみに出て、首都圏でも高い放射線量が測定されたり して、このまま日本はどうなってしまうんだろうと心配でなりません。時々私のいる反核団体宛に日本人や 日本の団体、あるいは日本好きのドイツ人から「1000万人署名に協力するよう呼びかけて」とか「福島の女性 が座り込みをするからそのことを取り上げて」などというメールが来るのですが、今はみんなこの「Castor」で 忙しいから、そういうメールは残念ながらスル―されてしまいます。仕方ありません。ここはドイツですからね。 日本の脱原発は日本人が率先してやることなのだから当然です。でも…。 核廃棄物はすでに存在してしまっているわけで、ドイツが出したゴミなのだから、それをどこかに保管しなくては ならないということは、現実問題として存在するわけです。もちろん岩塩層のゴアレーベンが最終処分地に相応 しくないと反対するのは理解できますが、それでも出てしまったゴミはどこかに持って行かなくてはなりません。 「それを考えるのは我々のの仕事ではない」という言い分もわからないでもありません。でも線路に障害物を 置いてまで阻止することの意味は、私には理解できません。たくさんの人が立ち上がって反対運動をする、 そのこと自体はすごいと思うけど、なんとなくこの Castor については「もしかしてあんたら、楽しんでない?」 って思うことがあります。 その情熱、その団結力、本当に立派です。でも今、地球上で一番困っている原子力関連施設はフクシマです。 原子力に反対なら、その Castor への情熱のほんの数パーセントでいいから日本に向けてくれればいいのに。 そのお祭りみたいな、緊急性のそれほど高くない反対運動のために忙しくて、福島の人の切羽つまった叫び に耳を傾ける余裕がないって、なんだか本末転倒ではない?ドイツで反核運動をしている人は何もドイツから 原発がなくなればそれでいい、となんて思っていないはずでしょう。だったら深刻な問題に少し力を貸して くれてもいいのに。そんな思いがあって、私はあまり Castor 輸送反対運動の準備にあまり力が入りません。 それにそれが行われる時期にはもうインターンも終わっているし、正直、どうでもいいやって思う気持ちも あります。だって私が一番心配なのは我が国日本のことだから。 インターンをする前は「私一人では微々たることしかできない」ことに悩みました。自分でできる範囲で50個 足らずの反核バッジを日本に送ったりしたけど、1億3千万分の50じゃねぇ…なんて。組織だったら、もっと いろいろなことができて、たくさんの人を助けられるのに、って。でも組織になると、そして規模が大きくなれば なるほど、余計な仕事が付随的に発生します。そして誰かが雑用をやって、誰かがおいしいところ取り。本来 の活動とは全く関係のない業務だってたくさん出てきて、だんだん何をやっているのか焦点が定まらなくなり がちです。 たったの1億3千万分の50だったかもしれないけど、自分で宛名を書いて、自分で封をして、自分で郵便局 に行って、自分で発送した。だからバッジが届いた時の喜びの声も、お礼のメッセージも、全部直接私のもの だった。あれは8月のことだったけど、今でも「バッジ毎日つけています」なんて言ってくれる人もいます。送る 時に受け取る人が喜ぶ姿を想像してわくわくしただけでなく、あんな些細なことが数ヶ月後も嬉しさを運んで くれるなんて。自分のペースで無理のない範囲で反核運動をするのは、非力すぎると思ったけど、コピー屋 にパシリで行かされたりして気持ちがちょっとブレちゃう、ということは絶対にない。だから小さい反核運動でも いいんじゃないか。長く続けられれば。そんなことを考えています。 写真は NYK ORIONです。そういえば日本郵船のコンテナ船に NYK CASTOR というのもありました。 |
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2011年11月01日
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