ドイツの生活 Mein Leben in Deutschland

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Keiko

ペルー大統領選 ケイコ氏初リード
5月9日 16時41分   
来月に決選投票が行われるペルーの大統領選挙で、フジモリ元大統領の娘のケイコ候補が最新の世論調査で初めてリードしました。

ペルーの大統領選挙は、先月行われた1回目の投票で31%余りを得票し、1位となった左派の
ウマーラ候補と、8ポイントの差で2位につけたケイコ・フジモリ候補の間で来月5日に決選
投票が行れます。これまでの世論調査では、ウマーラ候補が支持率でリードしてきましたが、
8日に発表された最新の世論調査では、ケイコ候補が41%、ウマーラ候補が39%と、ケイコ
候補が初めてリードしました。この背景には、左派色の強いウマーラ候補が、ペルーが進めてきた
自由貿易路線など経済政策を見直すのではないかという見方が、依然根強く、支持が伸び悩んで
いるためとみられています。一方で、ケイコ候補に対しては、市民の虐殺を指揮したとして殺人の
罪などで刑に服しているフジモリ元大統領の娘だとして根強い反発もあり、今回の世論調査でも
12%が、どちらの候補にも投票したくないと答えており、来月に迫った決選投票の行方は予断を
許さない情勢です。−NHKニュースより抜粋−
どうしてかわかりませんが、私はペルーという国が大好きです。インカ文明や遺跡に興味がある、というわけ
でもないのに何故か惹かれます。もしかしたら前世はインカの民だったのかもしれない、と思うくらいです。
でもペルーへは旅行で10日ほどしか行ったことがないので、実際に住んでみたらそう簡単に「大好き」なんて
言えなくなるのかもしれませんが…。

白状すると、学生時代に留学先で知り合った超イケメンがペルー人とアイルランド人の「ハーフ」だった、と
いうのがペルーに興味を持ったそもそものきっかけでした。それ以外では、コリー・ハートという歌手の
アルバムに「ペルヴィアン・レディ」とかいう歌があって、ペルー人のことを英語でペルヴィアンというのを
その歌で知った、とかその程度でした。

東西ドイツが再統一されたのと南米ペルーで日系の大統領が誕生したのは確か同じ年の出来事だったと
思います。今はどういうわけかドイツに住んでいる私ですが、当時はドイツのことより「日系人が大統領に
選ばれる国が地球上にある」ということの方が衝撃的で、いつかその国をこの目で見てみたいと思うように
なりました。それはアメリカでオバマ大統領が誕生する20年近くも前の話です。

ペルーに行きたかったのに、私が協力隊として派遣された国はメキシコでした。当時ペルーは渡航自粛国に
なっていたからです。それでもメキシコにいる間にちょっとだけペルーを旅行することができました。どうして
そんなにペルーに行きたいの?と聞かれる度に、私は「日系人が大統領になれる国を見てみたい」と答えて
いました。それがいつの間にか「日系人大統領を見てみたい」となり、冗談混じりでそう言うようになりました。

そんな冗談を口にしていたら、なんと実現してしまいました。 ヽ(^◇^*)/

イメージ 1

アレキパという街の空港でのことです。私は友達と一緒に電光掲示板に搭乗ゲートが表示されるのを今か
今かと待っていました。飛行機の座席は自由席、とのことだったので、遅れを取らないよう周りの人の動きを
観察しながら待っていたのですが、気がつくとたくさんの人が出入り口のほうに走っていくではありませんか。
空港で物乞いをしていたような人たちもみんな口々に「フヒ、フヒ」と言いながら小走りで外に向かって
いました。フヒとはフヒモリ、そうフジモリ大統領のこと。まさか、と思いながら私も人の流れについて外に
出てみました。するとそこには、専用機で到着したらしいフジモリ大統領一行がいて、車で市街に向かうところ
でした。

黒塗りの車の周りにはものすごい人だかりができていました。みんなフジモリの姿を一目見ようと、そして
フジモリに握手をしてもらおうと必死になっていました。私も負けずに前の方にしゃしゃり出て、なんとか握手
をしてもらうことができました。車に群がる人だかり。突如現れた大統領に、空港に居合わせた人々は歓喜の
声をあげていました。まるでお菓子をねだる子供のように、手を伸ばしフジモリを歓迎していました。その
光景は今でも私の目に鮮やかに焼きついています。

その後も私は旅を続け、コンドルを見に行くツアーとやらに参加しました。途中、寂れた村で休憩することに
なりました。食事の後、一人で村を散策をしていると、インディヘナのお爺さんがニコニコしながら「お前は
ケイコか?」と私に聞いてきました。当時私はある程度スペイン語ができたので、「いいえ、私の名前はヒロミ
です」と普通に答えました。するとそのお爺さんは、笑って「なんだ、てっきりフヒモリの娘がやってきたのか
と思った」と言いました。

「ケイコ」呼ばわりされたのはその時だけではありませんでした。メキシコで日本人女子は「チニータ(中国人
の女の子」と呼ばれることが多かったのですが、ペルーではケイコ、ケイコと言われました。それだけフジモリ
大統領は人気があったのだろうと思います。

治安のあまりよくないペルーでしたから、道中怖い思いもしたし、騙されたこともありました。マチュピチュでは、
予約していたにも関わらず帰りの電車の座席がなくて、家畜運搬用の車両に立ち乗りしなければなりません
でした。私たちと同じく騙されて家畜車両に乗る羽目になったスペイン人の若者は、乗り込んできた地元の
農民に「コンキスタドール(侵略者)」呼ばわりされていました。でもその地元民は日本人の私たちにはとても
親切で、持っていた大きな荷物の上に座らせてくれたりしました。

今、フジモリ元大統領は人権侵害を問われリマで禁錮刑に処せられています。でもペルーは一部のスペイン系
白人が牛耳っている国ですから、もしかしたら日系人であるフジモリは罠にはめられたのかもしれません。
このことについてはどう調べてみても本当のことは絶対にわからないし、日本人でペルー好きの私は、フジモリ
が犯罪者だなんて信じたくないという気持ちが強いから、正しい判断ができないかもしれません。ただ、私は
空港で見たフジモリ元大統領の姿と、あちこちで私のことをケイコと呼んだインディヘナの人たちのことが
忘れられません。少なくとも当時フジモリはペルーの貧困層にとって救世主だったのは間違いありません。

今、ケイコ氏が大統領選に出馬しています。なんとまだ35歳という若さ。私より年下だったんですね。ノーベル
賞作家バルガス・リョサは、「罪に問われ、収監されている独裁者の娘が当選したら国の破局だ。阻止する
ために、あらゆる手段をとる」と発言しているそうですが、彼は大統領選に出馬してフジモリに負けている
ので、その娘がまた大統領に選ばれてしまうのはなんとしても阻止したいのでしょう。もしケイコ氏がリョサの
言うように本当に「独裁者」の娘だとしたら、いくらなんでも国民の支持を得られるはずがないとも思います。

そのペルー大統領選は6月5日に行われます。

あの村のお爺さんが今も元気でいたら、間違いなくケイコ氏を支持するんだろうな。

写真:アレキパで買った絵はがき。

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