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今日は母の命日です。母が亡くなってもう16年になります。母の後、わりとすぐ父が倒れてしまい、30代
後半は親の介護と死に向き合わなくてはならない時期でした。当時、私と同年代の人の間では、まだまだ親の
介護に直面している人はいませんでした。多分、今、みんなそういう問題と向き合っているように思います。
父は最後は特養に入っていたのですが、ある同年代の人に「親を老人ホームに入れるなんて…」と非難
されました。その人は、当時40代前半でしたが、まだまだ親御さんが元気だったようで、定職にもつかず
海外を行ったり来たりしていました。果たして、彼女は今どうしてるんだろう、と時々思います。
親の介護で大変な思いをしていた時、姉と私を支えてくれたのは、近所のオバちゃんたちでした。私の実家は
新興住宅地にあり、近所の人たちというのは、その場所が開発された時期に移り住んできた人たちです。そこが
当時、小学生くらいの子供を持つ若い夫婦が一戸建てを買えた場所だった、ということでしょう。だから親も子供
も同世代が多く、明日は我が身、というか、自分たちもいずれは子供に迷惑をかけることになる、という思いが
あったようで、「あんたたちの生活のことも考えなきゃダメ」と励ましてくれました。親の脛かじり女は、イメージ
だけで老人ホームを批判していましたが、現実問題として親を自宅で介護することは並みたいていのことでは
ありません。ましてうちは姉も私も海外在住ですから…。だから近所のオバちゃんたちは、父が特養に入れる
ことになった時、よかった、よかったと言ってくれました。「お父さんだって、あんたたちに迷惑はかけたくない
って思ってるはずだから」と。
母も父も70歳ちょっとで逝ってしまいました。母は長年、糖尿病を患っていてそれが原因の合併症で、父は
脳溢血が原因でした。母は専業主婦だったので、普段から健康診断など一切受けたりしていませんでした。
ある時、目が急に悪くなり、眼科に行って、糖尿病由来の白内障と診断されました。その後も視力以外は
自覚症状があまりないため、食事制限などをきちんとしなかったので、どんどん悪化してきました。今ほど
糖尿病に関する情報もなかったので、母親自身があまり深刻に捉えていなかったのかもしれません。
ある時、家族である父と私が医者に呼ばれ、厳しい食事制限をしなければあと一年、と言われました。そして
姉がどういう背格好かを聞かれました。姉は私よりも背が高く、体重は私とそれほど変わらない、と言うと、
生活習慣病である2型の糖尿病は、遺伝要素は低いので、40代以降急激に太ったりしないよう気をつけて
いれば避けられる、と言われました。
それから父がエクセルを駆使してカロリー計算しながら献立を考え、母がそれを作る、という日々が続きました。
母は、自分の食事とは別に父用に普通食も作らなくてなりませんでした。近所のオバちゃんたちは「病気の
お母さんに二人分の料理を作らせるなんて、お父さんはひどい」と父を批判し、母を庇っていました。私も
当時はそう思っていたので、費用は持つから、カロリー制限食の宅配サービスを利用したらどうか、などと
父に持ちかけました。しかし父は断固としてそれを認めませんでした。ひどいヤツだな、とその時は、母を不憫
に思っていましたが、自分でできることを自分でやらなければ、どんどんできなくなっていくし、生きている意味
もなくなる、というのが父の考えだったのだろうと、今になって思います。
糖尿病がひどくなると最終的にどういう結末を迎えるかを、私はこの目で見てきました。40代で急激に太ったり
しなければ大丈夫、とは言われましたが、それでも体質は母親に似ているだろうから、他の人よりなりやすい
かもしれません。30代後半からずっとヨガを続けられているのは、正直に言うと、母のようにはなりたくない、と
いう思いがあるからです。それも別の言い方をすれば「母のおかげ」です。母は太っていて、けっこうだらしが
ない人でした。結婚が遅かったので、30過ぎまで働いていたはずですが、私たち子供が生まれてからは
専業主婦でした。
専業主婦がみんなダメなわけではありませんが、やはり子供の手がかからなくなったら、どんな形でも
いいから社会との接点を持った方がいいと強く思うのは、母のことがあるからでしょう。家にいて、近所の
オバちゃんたちとだけつるんでいては、緊張感も刺激もなくなり、視野が狭くなり、人間としての成長が
止まってしまいがち、です。そして新しいモノがどんどん受け入れられなくなり、老け込んでしまいます。
もちろんそうでない専業主婦もいっぱいいるだろうけど、子供に構い過ぎて、最近では子離れができない
親も少なくないようです。仕事なり趣味なりを持ち続けることって大事だな、としみじみ思います。私は、
ヨガを続けて、今は細々と教えてもいますが、年齢に関係なく、人間はいつでも変われるし、鍛えれば筋力は
ついていくし、身体も柔らかくなっていく、ということを実践し伝えていきたいと思っています。子育てをして
いて、しばらく社会から遠ざかっていた人、自分のことを構う時間がなかった人が、自分の人生を再スタート
させることができるように、また上手く加齢と向き合っていけるように、ヨガを教えていきたいです。
母の存在はどちらかと言うと反面教師的ですが、父の考え方には大きな影響を受けています。子供の頃から
父とはウマが合わずよく反抗して殴られたりしましたが、お互いの性格が似すぎていたせいなのかも
しれません。父はいつも新しいことに興味を持っていて、パソコンや機械系にはやたら詳しく、70歳を過ぎた
頃にはどういうわけかカヤックを習い始めたりしていました。健康にも気を配っていて、普段からそこそこ
運動をしていたのでお腹も出ていませんでいした。きっと長生きするんだろうなと思っていたのに、意外と
早く逝ってしまいました。父が亡くなったのは母がいなくなってから5年後でした。
16年前の今日も暑い日でした。母の意識がなくなり、もう長くないだろうと言われたのに、私は病室を離れ、
姉と2歳の甥と一緒に家に帰ってしまいました。当時、仕事をしながら夜と週末に大学に通っていたので、
かなり疲れていた、というのと、甥っ子が可愛い盛りだったので一緒にいたいという思いがありました。姉
一家はその頃アメリカに駐在していて、たまたま一時帰国中でした。家についてしばらくして、父から電話が
あり、母が息を引き取ったことを知らされました。せめて私だけでも病室に残ってあげていたらよかったかな、
と今でも思います。でもそうしなかった私のことを、母はきっと許してくれているはず、と信じています。
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2018年07月14日
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