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ハンブルク滞在中、私は貪欲にあちこち出かけていたこと、そして私の趣味の一つに「世界遺産を訪ね歩く」と いうのがある、というのは前の記事に書いた通りです。ハンブルクから電車で3時間ほどのところに、前々 からどうしても行きたいと思っていた町がありました。その町の名は Wittenberg(ヴィッテンベルク)。日本人 にはあまり知られていない町だと思いますが、「世界遺産」に登録された建物群があります。ヴィッテンベルク は別名「ルターの町」と呼ばれていて、あのマルティン・ルターゆかりの地なのです。 って、マルティン・ルターって誰でしたっけ?名前は聞いたことあるけど、ルター、ルター…。「I have a Dream」 の演説で有名な人?いや、彼はアメリカ人だし、名前もマーティン・ルーサー・キング…。 (;´▽`A`` こういう時、インターネットや電子辞書といったツールは本当に役に立ちますね。マルティン・ルターとは、 宗教改革の中心人物で、プロテスタント教会の源流をつくった重要人物、だそうです。そういえば世界史で そんなようなこと習ったっけか…(記憶の彼方)。 そんな調子で私のヴィッテンベルクへの旅は始まりました。ドイツの新幹線ICEが停まる 「ルターの町 − ヴィッテンベルク」駅は、どことなく前の職場の最寄り駅を彷彿させる寂しげな雰囲気が漂っていました。 ここは旧東ドイツ。最近、ネオナチの動きが怪しくなっていて、外国人が一人で寂しげな旧東ドイツの町を うろついていると危ない、なんて話も聞きます。大丈夫かなぁ…。駅から町の中心まで歩いて15分ほどの 道のりですが、人通りも少なくなんだか不安な気持ちになりました。 ようやく見えてきた旧市街。通りを歩く人の姿もちらほらと増えてきてきて少しほっとしました。しばらくすると 今まで見たこともない、なんとも幻想的な塔が朝もやの中にそびえているのが見えました。この塔が世界 遺産に登録されている建物の一つ Schlosskirche(城付属聖堂)です。 そしてなんとも立派な教会。これは Stadtkirche (市の教会)。世界遺産です。 午後に雨が降り、少しかすんで見える教会。なんだかいい雰囲気。 (*^-^) 世界遺産に登録されている建物はこれ以外にあと2つあります。ツーリストインフォメーションで地図をもらい 残りの2つを目指しました。生前ルターが住居として使っていたという建物 Lutherhausは博物館になって いるのですが、その日は月曜日で残念ながら休館日でした。というわけで外観のみ。 もう一つはメランヒトンという(聞いたこともない)人文主義者が住んでいた Melanchthonhaus。なかなか 見つからず、こんな小さい町なのにおかしいなぁと思いながら行ったり来たりしていたら、なんと修理工事中 でした。というわけでこちらも外観のみ。 世界遺産を訪ねるのが趣味、と言っておきながら、ルターのこともよく知らないし、あまり見学に力が入って いないんじゃない?というのはお察しの通りです。そもそも私は生前「俺は耶蘇じゃねぇ」と言ってクリスマスを 祝わなかった父親の影響を強く受けていて、キリスト教が苦手なのです。宗教改革がどうのとか、正直あまり 知識も興味もありません。ではなぜわざわざ3時間もかけてルターの町−ヴィッテンベルクまでやってきたのか。 そのヒントはこちら。 \(*^▽^*)ノ
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Reise
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私の旅日記-猫、世界遺産、港などなど
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私は9月中旬から約2ヶ月間、北ドイツ・ハンブルクでインターンをしていました。ハンブルク滞在中はできる だけいろいろ見て周ろうと思っていて、週末になると貪欲にあちこち出かけていました。私の趣味の一つに 「世界遺産を訪ね歩く」というのがあり、ハンブルクから行ける世界遺産をいくつか制覇しました。 その一つがブレーメン。ハンブルクからは電車で一時間ちょっとで行けます。ブレーメンといえば有名なのは 何といっても「ブレーメンの音楽隊」ですね。中央駅から街の中心に向かって歩いていたら、こんな看板を 見つけました。3番目の黒猫の絵が可愛すぎ〜♪ でも世界遺産に登録されているのは「マルクト広場の市庁舎とローラント像」です。どうしてここが世界遺産に 登録されたか等、詳しい説明はリンク先を読んでね。 だって、やっぱりブレーメンでは世界遺産よりこっちの方が気になっていましたから。いました、いました〜。 「ブレーメンの音楽隊」像です。 「ヒヒーン、ワンワン、ニャーニャー、コケコッコー」子供の頃に読んだ絵本やテレビのおとぎ話を思い出しました。懐かしいなぁ...。私は今、あの「ブレーメンの 音楽隊」が目指した街にいるのかぁ...。 と感慨に浸っていたのですが、この音楽隊。よく見ると、猫が超不細工なんですけど…。耳、ないし。
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月曜日からインターンが始まるので、先週の金曜日にハンブルクにやってきました。トビも休みを取って一緒 に来てくれたので、週末は二人で観光しました。ハンブルクは、私が旅行で初めてドイツに来た時にトビに 連れてきてもらったことがあります。ちょうど8年前のことですが、その頃に比べて新しい建物があちこち 増えて、ごちゃごちゃした雰囲気になってしまったように思います。ハンブルクはエルベ川沿いの港町なので、 海に面した港に比べるとどうしても閉塞感があるのに、それが助長されてしまったような気がします。それに 港町独特の海の匂いも欠けてる、かな。 ハンブルク港のザンクト・パウリ桟橋に停泊している帆船 Rickmer Rickmers号。そういえば同じ名前の
コンテナ船もあったなぁ…。 ハンブルク見どころは Speicherstadt(倉庫街)と呼ばれるエリアです。1888年とは今から120年以上も前! 後方に見える白いビルは、ドイツの週刊誌 Der Spiegel 本社です。 古き良き時代の雰囲気漂う倉庫街の奥には新開発地域 Hafen City(ポートシティ)があります。横浜で 言ったら みなとみらい地区のようなところで、今風の建物が並んだ超近代的で人工的な地区です。どうも こういう新しい地区の雰囲気って、世界中どこも一緒に見えてイマイチ好きになれません。奥の建設中の建物 はコンサートホールです。シドニーのオペラハウスのように街のシンボルになるような存在にしたいそうです (でも、どうかな…)。 こちらは歩道にはめ込まれたプレート。世界各国の港の名前が書かれています。我が街、YOKOHAMA も ありました!39の港のうち、行ったことがあるのは12港。いつか全制覇したいな。でも素敵な港町は他にも 世界にいっぱいあるよね〜。 |
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先週の木曜日、午前中に労働局の面接がありました。話がややこしいので今回はトビに一緒に来てもらい、 とりあえず問題点はクリアになりました。このまま上手く行けば9月中旬から2ヶ月間ドイツの反核団体で インターンをすることになります。ドイツ語が足りていない私にいったい何ができるのか不安ではありますが、 私の使命は「そこで見たこと、聞いたことを日本に向けて発信すること」と勝手に決めているので、「実は 役立たず」でもこの際気にしないことにします。 p(*^-^*)q さて、面接が終わって大急ぎで郵便局に行き、インターンの契約書を郵送し、それから午後一でミュンヘンに 向けて出発しました。いつものごとく、ろくに下調べもせず、ホテルに着いてから古い地球の歩き方を開く泥縄式。 有名な美術館ピナコテークは必見です。それ以外にも美術館、博物館の類が充実しているミュンヘン。3泊4日 では全然足りません…。短い滞在期間中、どこを訪ねるか、どこはカットするか、厳しい選択に迫られました。 トビの持っているドイツのしょぼいガイドブックには載っていないのに、地球の歩き方には細かく行き方まで 書かれていて、私がどうしても行きたい!と思った場所がありました。トビは乗り気ではなかったけど、だったら 一人ででも行くと私が言い張ったその場所は、「モモ」、「はてしない物語」の作者ミヒャエル・エンデのお墓 でした。なんとミュンヘン市内にあるというのです。最近よく思い出していたエンデ。私は勝手に運命的なもの さえ感じてしまいました。 エンデが眠っているのは、Waldfriedhof(森の墓地)。墓石は本の形をしていて、亀のカシオペイアもいました。 その背中には「Habe keine Angst」と書かれていました。「私は怖くない」という意味かと思ったら、これは 命令形で「怖がるな」という意味だそうです。 私が意味を取り違えそうになったのはもちろん文法力のなさもありますが、別の理由もあります(と言い訳w)。 私の好きなフンダートヴァッサーが生前に、死んだら墓石の代わりに木を植えて欲しいと希望していて、「木に 生まれ変わることを楽しみにしている」と書いていたので、それを思い出したからです。フンダートヴァッサー はニュージーランドの森に、エンデはミュンヘンの森の墓地に、それぞれ木に囲まれて眠っています。 「はてしない物語」を日本語に翻訳した日本人女性と再婚したエンデ。フンダートヴァッサー同様、日本とは 深い繋がりのある芸術家です。エンデも愛した(はずの)日本が、今大変なことになっています。どうか私の 国・日本をお守りください。日本で両親のお墓参りをする時のように、お墓の前で手を合わせてお祈りしました。 ミュンヘンにはエンデ博物館なるものもあるというので、次の日張り切って行ってみました。が、ドアに貼紙 がしてあって、その日は14時から15時半まで閉まっていると手書きで書かれていました。仕方なく近くの カフェで時間をつぶし16時半まで待ちましたが結局誰も現れず…。あり得ません…。その場所は児童図書館 にもなっているので他の職員さんを探して聞いてみましたが、担当でないからわからない、とのこと。どっちも 市が管理しているんじゃないの?わざわざ遠いところから来てるんだからなんとかしろー。ってするわけない です。ドイツですから…。これは次回リベンジ訪問するしかないありません。 ・゚゚・(×_×)・゚゚・ |
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フランクフルトはドイツで唯一高層ビルが立ち並んでいる街だそうです。それを見て「フランクフルトは大都会」 と思い込む人がいますが、単なる見かけ倒しですので騙されないように。フランクフルトの規模は人口で言うと 日本の岡山市くらいです。もし岡山を大都会と定義するなら別ですが、私的にはせいぜい中都市扱いです。 地方分権の歴史が長かったせいで、ドイツにはニューヨーク、パリ、ロンドン、トーキョーといった超巨大都市は ありません。首都のベルリンでさえ人口347万人(cf. 横浜市:369万人)、第二の都市ハンブルクは179万人 (cf. 札幌市:191万人)、第三の都市ミュンヘンで135万人(cf. 川崎市:142万人、福岡市:146万人)。そして ケルン、フランクフルトと続きます。こういった都市は年々拡大しつつあるようですが、一極集中しすぎていない ところがドイツの特徴です(cf. 東京23区:897万人)。 さて、前置きが長くなりましたが、ドイツ第三の都市ミュンヘンに行ってまいりました。月末で仕事を辞めるので、 残っている有給休暇を使いきるために今月は月曜日から水曜日まで勤務し、木、金曜日をお休みにしています。 週末とくっつけて3泊4日で行ける見所のある観光地ということで、まだ訪れたことのないミュンヘンに行くことに しました。いつものごとく、思いつきなのであまり下調べもせず…。 ミュンヘンの街は観光客で賑わっていました。見所はいっぱいあるのに、パリやロンドンほどは観光地化されて いないようでいい感じでした。街には私ら同様ガイドブックを片手に歩いている人がたくさんいましたが、その中 に何故か「MONACO」と書かれたガイドブックを持っている人がいました。MONACOってモナコ?あのグレース・ ケリーが嫁に行ったモナコ公国のことじゃないの? よくよく考えてみれば、ミュンヘン München も モナコ Monaco も「修道士・僧」という意味の単語、monkに由来 しているような気がします。でもどっちも Monaco と呼ぶとしたら、話していてどっちのモナコのことかわからなくて 困ることはないのでしょうか?それともグレース・ケリーのモナコのことは、「モナコ公国」ってフルで言う決まりに でもなっているのでしょうか?日本語だと「コーコク」で住むけど、公国は英語だとprincipality(プリンシパリティ) と言うらしいから、そうなると他のヨーロッパ言語でもけっこう長い単語になりそう…。 あれこれ悩んだ後、Wikiで調べてみたら、その疑問はすぐに解決しました。モナコ公国の方はそのままMonaco で、ミュンヘンを 「バイエルンのモナコ」 Monaco di Baviera と言うんだそうです。ミュンヘンのことをそんな 風に長ったらしい名前で呼ばなくてはならないのは、イタリア語でした。なんか面倒くさっ。 ちなみにミュンヘンは北海道・札幌市と姉妹都市だそうです。その理由は、それぞれ1972年に夏冬オリンピック の開催地だったこと、そしてもちろん、どちらもビールで有名だからだそうです。納得!! (アルコールに弱い私は左端に写ってるお茶をいただきました…。) |



