ドイツの生活 Mein Leben in Deutschland

毎日の新しい発見を忘れないように。https://xiromi0303.blog.fc2.com/ に引っ越しました。

Reise

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私の旅日記-猫、世界遺産、港などなど
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Prag

正直、東欧諸国にはずっと興味がありませんでした。それゆえ特にこれといった知識もなく(だって学校でも
ちゃんと習わないし…)、どちらかというと勝手に下に見ていたように思います。旧共産圏=ダサい、遅れて
いる、人間が世知辛い、みたいな…。

プラハがチェコの首都であることくらいは知っていましたが、その程度。関心を持ち、いつかプラハに行って
みたい、と思うようになったのは、米原万里さんの本を読んでからです。たまたまアマゾンKindleでセールに
なっていた本、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」です。

米原万里さんは小学校から中学校の5年間を、お父さんの仕事の都合でプラハで過ごしました。1996年に
放映されたNHKの旅番組「世界・わが心の旅」で、米原さんは当時仲のよかった友達3人に30年ぶりに再会
します。そのことを記録したのがこの「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」です。

この本を読んで、まず私が思ったのは、小学校4年生でいきなりプラハに引っ越し、ロシア語で授業が行われる
ソビエト学校に入れられるなんて、過酷過ぎやしないか、ということでした。同じ外国でも、ニューヨークとか
ロンドン、パリなんかだったらいいけど、寒くて暗くて地味なプラハだなんてあまりにも気の毒だなぁと。しかも
ソビエト学校に入れられロシア語で授業を受けるなんて…。当時の社会主義体制下のプラハでの生活は
きっといろんなことが不便だったに違いないだろうし、冬の寒さはさぞ厳しかっただろうな等々。彼女の場合、
お父さんが共産党員だったから、行先がニューヨークやロンドンになることはなく、プラハだったのは仕方
ないとは言え、日本に戻ってからも「プラハ帰り」ということでいろいろ苦労したのではないか、とも思いました。

しかし、プラハで過ごした5年間が彼女の人生に大きな影響を及ぼしたのは言うまでもありません。彼女はその
後、ロシア語同時通訳の第一人者として活躍します。たった5年間、小中学校レベルから同時通訳ができる
レベルまでロシア語を維持、向上させてくというのは並大抵のことではなかったと思います。もの凄い努力の
人のはずなのに、そこをちらつかせることなく、彼女の書く文章やYou Tubeなどで見る彼女の発言はサクサク
っと切れ味が良いので好感が持てます。その後、何冊か彼女の本を読んだりするうちに、それまでほとんど
興味のなかった東欧諸国のことにも目を向けるようになりました。。

そもそもプラハはドイツから近いんです。チェコはお隣の国ですから、行こうと思えば車でも行けるし、フランク
フルトからは飛行機でジャスト1時間の距離。行ってみたいと思いつつ、いつでも気軽に行けるというのと、
南欧の国々に比べると寒々しいイメージだったので後回しになっていました。「プラハ、いいよ〜」とはいろいろ
な人から聞いていたのにも関わらず…。で、今回ようやくプラハを目的地に選びました。でも旅行前に仕事で
ばたばた忙しくしていたので、あまり下調べもできずにいきなりプラハに飛ぶことに。

行ってみた感想は:

「な、なんなの、この美しさは〜」でした。

ヨーロッパの中でチェコって目立たないっていうか、地味な存在だけど、プラハはパリよりもウィーンよりも美しい
街でした。恐らくここ10〜20年の間に国民所得が何倍にも増え、街の整備が進んだのだろうけど、ひっそりと
しているのにヨーロッパのどの街にも負けないくらい美しくて魅力いっぱいでした。米原万里さんが小中学校
時代をプラハで過ごしたことは、「気の毒」なことでも「過酷」なことでもなんでもなく、とっても羨ましいことだった
んだ、と考えを即行改めました。

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そしてもう一つ、無知な私が今回認識したこと。「モルダウ」ってプラハを流れる川だったんだ…、ということ。
モルダウと言えば、中学校の合唱コンクールの課題曲でした。多分音楽の教科書には「チェコスロバキアの
首都プラハを流れる川」とかなんとか説明が書かれていたに違いありませんが、音楽の授業が大嫌いだった
私がそんなことをしっかり覚えているわけもありません。合唱コンクールも好きではなかったけど、練習を
重ねていくうちにクラス内で連帯感みたいなのができてきて、最後の方はみんなけっこう真剣になっていく
という過程はそれなりに楽しめました。

ホテルで貰った地図には「Vltava川」って書いてあるのに、モモ君がプラハ市内を流れる川を見ながら、「これ
がモルダウ川かぁ」と言うので、「???」。慌てて、電子辞書に入っている百科事典で調べてみると、モルダウ
はドイツ語名、ヴルタヴァがチェコ名であることを初めて知りました。何にも知らずにその昔、課題曲モルダウ
を熱唱していましたが、36年目にしてこの目で見ることができました。

ボヘミアの川よ、モルダウよ
過ぎし日のごと、今もなお
水清く青き、モルダウよ
わが故郷を流れゆく

調べてみると、「モルダウ」には合唱用に日本語の歌詞が6つくらい存在していました。私が中学校で歌った
上記バージョンはそれほどメジャーではないみたい…。あと、平原綾香バージョンなるものもあったりして、
まったく違った雰囲気です。


ちょうどチェロの先生から弾いてみたい曲について聞かれていたので、次のチェロの練習曲としてヴルタヴァ
(モルダウ)に挑戦してみることにしました(知ってる曲だと楽譜読みがラクなのだ・笑)

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Nara

4月に行った日本の旅行記の続きです。天橋立をあとにした私たちは京都経由で奈良に行きました。「グレート
ブッダが見たい」というのがモモ君の希望でした。奈良に着くと、荷物をホテルに預けて早速大仏を見に行くこと
にしました。

あー、またすごい人…。この人の多さを見ただけで、どっと疲れが…。ここには中学生の修学旅行で来てるし
その後も何度か来てるから、なんていうかもうワクワク感とかありません。
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そうは言っても、大仏様はやっぱり立派です。なんとなく厳粛な気持ちになりました。ヨーロッパでは、よくブッダ
像がインテリア小物として売られていたりしますが、あれはやっぱり良くありません。
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そんなことを考えていたら、こんなバカモノが視界に入り、脳天ぶち抜かれそうになりました。なんだよ、こいつ
ら〜。大仏様の前で浮かれて変なポーズ取ってんじゃねぇ。
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だいたい、西洋人のノリなんてこんなもんです。こういう人たちを目の当たりにすると、西洋人にはヨガは絶対
習いたくないなってしみじみ思います。

さて、東大寺は釈迦の悟りの境地が説かれた華厳経を所依の経典としているそうで、その教えについて次の
ような説明が書かれていました。

①世界に存在するあらゆるものは、それぞれの密接な相関関係の上に成り立ち、互いに融合し、調和を
保ち、平和で秩序ある世界を形成している

②ひとつは全ての中に、全てをひとつの中に観ることができる

③あらゆる事象は心が転じたものと観察し、形や時間にとらわれることなく宇宙の真理を探究する努力を
怠らない

④動植物も含めたすべての生きとし生けるものの繁栄を願い、人々の苦しみを救済しようとする菩薩の
行いを実践し、互いの思いやりの心をつなげていく

これってまさにヨガです…。そう思ったので、売店で華厳経入門なる本を買ってみましたが、その本の内容は
期待していたものとちょっと違いました。

東大寺の後は奈良公園の鹿と戯れながら、春日大社に向かいました。鹿はどの子も毛がぼっさぼさで皮膚病
かと思うくらいでしたが、どうやら毛が生え変わる時期だったようです。鹿もたくさんいましたが、どこへ行っても
外国人観光客だらけだったので、だんだん疲れてきて、その日は早めにホテルに戻りました。
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Waterloo

先週は出張でベルギーに行ってきました。ベルギーには今勤めている会社の欧州本社があります。転職して
丸一年になりますが、たまたまそういうタイミングで今回初めて本社に行くことになりました。フランクフルト
からベルギーのブリュッセルまでは直通の電車が出ています。

電車がドイツからベルギーに入ると最初にリエージュ駅に停車しました。なんとも奇抜な駅です。ここは去年、
大晦日を過ごすためにわざわざやって来て、ホテルにひどい目に遭った街…。と、嫌な記憶が蘇ってきました。
電車でもこんな簡単に来れたのか。https://blogs.yahoo.co.jp/xiromin/69318026.html

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リエージュからさらに1時間ほどでブリュッセルに到着。フランクフルトが始発で終点がブリュッセルなので、
寝過ごす心配もなくてラクです。今回、電車の切符は自分で手配しましたが、ブリュッセル到着以降は本社の
人がアレンジしてくれたので、宿泊先がどこかなのかもよく把握していませんでした。打ち合わせの後、ホテル
に連れて行ってもらい、そこで初めて泊まるのがWaterlooという街であることがわかりました。Waterlooって
ABBAの歌にもありましたが、ウォータルーではなく、ワーテルロー?それってどこかで聞いたことが…。

<ワーテルローの戦い-Wikipediaより>
1815年6月18日、ベルギー(当時はオランダ領)のワーテルロー近郊においてイギリス・オランダをはじめと
する連合軍およびプロイセン軍と、フランス皇帝ナポレオン1世(ナポレオン・ボナパルト)率いるフランス軍
との間で行われた一連の戦闘を指す名称である。フランス軍が敗北し、ナポレオン戦争最後の戦闘となった。

そういえば歴史の時間に習いました、ね…。歴史的な場所に来ているというのに、ホテルにチェックインした
のは夜の8時近く。その日は疲れていたし、その時間ではもう何もできません。たった一泊二日の出張なので、
次の日頑張って朝早起きして、街を散策することにしました。

ガイドブックもないので、とりあえず街の中心部を目指して歩きました。なんとなく何の特徴もないヨーロッパの
街って感じで、イマイチだなぁ…。と思っていたところで、ようやく教会が見えてきました。

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そして旧市街っぽい雰囲気の街角があったので、そこに入っていきました。どうやらオシャレなレストランや
バーが集まるエリアのようでした。

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そして、何故かスターウォーズ風の壁画。壁の前にある街灯も妙…。

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どうやらこの辺りが中心部のようでした。そしてすぐ近くには広々とした公園がありました。新緑が爽やか。

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結局、一時間くらい歩いてホテルに戻りました。ホテルは本館と別棟があって、私が泊まったのは別棟でした。
なかなか広々としていいお部屋に泊まらせていただきました。欲を言えば、ベッドがダブルベッドだったらもっと
ゆったり眠れた、かな。

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ワーテルローの見どころは、ライオンの丘と呼ばれる古戦場跡ですが、今回は残念ながら見に行くことが
できませんでした。でも出張で来たので仕方ないですね。またの機会があれば…。とはいっても、個人的には
ベルギーは、言葉があまり通じないし(仏語かフラマン語を話す地域がほとんど)、食べ物がイマイチだし、
これといって惹きつけられるものがあまりないな、という感じがしています。ゴメンね、ベルギー。

Himmelbrücke

宮津二日目はいよいよ天橋立へ!!この日もお天気がよかったので、旅館で自転車をレンタルしました。
宮津から天橋立までは、海沿いに自転車専用道路があり、快適なサイクリングが楽しめました。15分ほどで
天橋立駅に到着。自転車を止め、天橋立ビューランドとやらへ行ってみることに。展望スポットになっている
ビューランドへはケーブルカーかリフトで行きます。私たちは、待たずにすぐ乗れるリフトを選びました。前を
行くモモ君。高所恐怖症なんだけど、大丈夫かなー。

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ビューランドには、股のぞき用台がいくつか設置してありました。股のぞき台って書いてあるのに、その上に
立って全然違うポーズで写真を撮っている外国人観光客がけっこういました。あと、身体が硬すぎて、上手く
のぞけてない人もいました。よかったー、ヨガやっていて(笑)。お手本を見せ、モモ君も由緒正しい股のぞき。
この辺りまで来る外国人観光客はほとんどがアジア系。西洋人はあまり見かけませんでした。

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お天気もよく、天橋立の素晴らしい景色を堪能できました。うーん、サザエさんのOPを思い出す!

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ビューランドの後は、自転車で天橋立を渡ってみることに。遊覧船やボートで向こう岸に行く方法もありました
が、私たちは宮津からの足も必要だったので、全行程自転車でした。でも絶好のサイクリング日和だったので
なかなかよかったです。反対側に着いたところにスーパーがあったので、そこでお弁当や飲み物を買って、
海を見ながら食べました。モモ君は握り寿司を買いました。スーパーの出来合いのお寿司なんて、と期待して
いなかったようですが、めっちゃおいしかったようです。日本はどこで何を食べてもおいしいし、お値段も
リーズナブルなんですよね。

腹ごしらえをした後、周辺を自転車で廻ってみることに。海あり山あり畑ありのほのぼのとした風景。こういう
場所で生まれ育ったら、地元に対する愛着も沸くだろうなとしみじみ思いました。私は新興住宅地で育った
せいで、代々継承されてきた文化や伝統、みたいなものがすっぽ抜けています。子どもの頃から外国に
憧れていたり、日本を離れることに特に抵抗もなかったのは、そういう場所で育った環境の影響かも
しれません。
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自転車で町をほぼ一周し、また天橋立を渡って、帰途につきました。途中、砂浜でちょっと休憩。夏は海水浴
客で賑わうんだろうなー。って、実は天橋立って、なんとなく神々しいイメージだったので、自転車で渡れる
ことも、海水浴場があることも予想外でした。

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ライフセーバーぶるモモ君(笑)。とにかくお天気がサイコー。やっぱり海っていいよね。

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天橋立を渡り切り、また自転車専用道路を走って、宮津を目指しました。宮津の町は、天橋立駅周辺に比べる
となんとなく寂れた感じ。市場を過ぎ、ショッピングセンターを過ぎ、道の駅を過ぎると、私たちが泊まった旅館
が見えてきました。予約したのがかなり遅かったので、いいホテル、旅館がなく、仕方なく、という感じでここを
選びました。こうやって遠くから見るとそれなりにいい感じ?

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その旅館のHPには

元禄年間(1600年代末)の創業から今日まで変らず愛され続けて来た繊細で美しい建築様式、名だたる文人墨客達が残した名画や遺墨の数々・・・。当館はまさに歴史の縮図、文化の箱庭であるといえる
でしょう。今の建物は明治半ばに造られましたので、およそ100年の時を経て現在に至ります。

と書かれています。確かに古い建物で、宿泊費も安くなかったんですが、外観だけでなく、内装も手入れが
されていなくて、かなり汚くて荒んだ感じでした。部屋のトイレにはなんと「腰掛便器の使い方」シールが貼って
ありました。それっていつの時代?

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調べたら1977年に洋式便器の販売数が和式便器を越えたそうで、実家が洋式トイレになったのも確か
その頃…。これと同じシールが貼ってありました。今から40年も前です。もちろんお掃除はちゃんとしている
んでしょうけど、なんていうか古くて汚らしい感じがしました。トイレだけでなく、絨毯や壁紙なんかも
傷んだまま放置。モモ君のような外国人にはそれはそれでエキゾチックに見えるみたいでしたが、私には
いただけませんでした。ヨーロッパの人って古いものを、上手に手を加えて綺麗に使っていくんですよね。
そういうところ、見習ってほしいな、と思いました。

宿泊先はイマイチでしたが、伊根と天橋立はお天気にも恵まれ、のんびり楽しめました。この後は、京都経由
で奈良です。またまた外国人観光客だらけのところに舞い戻ります。続く…。

Ine

(たった)2日間の京都滞在の後、私たちは宮津に向かいまいました。乗る電車は「特急はしだて1号」。
目指すは天橋立方面です。天橋立といえば、私がまず思い出すのはサザエさんのオープニング。昔、日本
三景シリーズをやっていたことがあり、それで股のぞきなるものを知りました。恥ずかしながら、今回の旅行を
計画するまで天橋立がどこにあるか知りませんでした…(汗)。

そもそも、天橋立に行ってみようと思ったのも偶然というかたまたまでした。私が絶対に行ってみたいと思って
いたのは伊根という場所でした。何かの本で伊根の舟屋のことを読んだのがきっかけです(でも何の本だった
かは忘れてしまいました)。今回の一時帰国では、私はできれば北陸とか山陰地方とか静かな観光地を
訪れたかったのですが、まずは京都・奈良、ということになり、だったら京都から日本海側に抜けてみることに
しました。グーグルマップでいろいろ見ていたら、伊根が京都からそれほど遠くないというのがわかり、その間
に天橋立があるのにも気がついた、というわけです。

旅行の計画を立てたのが遅かったので、いいホテルがなく、天橋立駅の一つ手前の宮津に泊まることに
しました。宮津からバスで伊根にも行けるし、天橋立までも電車、バスあるいはお天気がよければ貸自転車
でも行けますから。

お昼過ぎに宮津に着いて、まずは旅館に荷物を預け、早速伊根に行ってみようということに。バスは1時間に
1本で、伊根までは小一時間の道のりです。バスの運転手さんが、バスの到着を待って、伊根湾遊覧船が出る
と案内してくれたので、まずはそれに乗りました。お天気がよかったのでとっても気持ちがよかったです。

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遊覧船に乗った後、伊根の町の中心部までどうやって行こうか悩みました。遊覧船乗り場はかなり町はずれに
あって、そこから歩いたら30分くらいかかりそうなのです。お昼ご飯も食べずに伊根に来てしまったので、
お腹がすいていました。とりあえずバス停近くに、おばあちゃんがやっているお惣菜やさんがあったので、
すぐに食べられるもの、何かありますか?と聞いて、手作りの草餅とひじきコロッケを買いました。これから
町の中心部に行きたいんですけど、歩いたら遠いですよねぇ…?と尋ねると、「あそこに自転車があるから
あれに乗ったらいいわよ」と教えてくれました。「え?勝手に乗っちゃっていいんですか???」

なんと伊根町には無料貸自転車があって、決まった場所に乗り捨てることができるんだとか。遊覧船乗り場も
その乗り捨て場所になっていて、運よく大人用の自転車が2台ありました。草餅とコロッケで軽く腹ごしらえを
して、私たちは自転車に乗って町の中心部を目指しました。貸自転車がタダなんて太っ腹な町だなぁ…。

中心部っていっても何があるってわけでもないんですが…、舟屋ならではの町並みが楽しめました。

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舟屋のガレージを公開しているお宅があって、中に入らせてもらえました。ガレージから海を見るとこんな感じ。

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高台にある公園から見た伊根湾。景色が素晴らしかったです。でもお昼の時間を過ぎてしまって、開いている
食堂、レストランがありませんでした。そういうところ、不便ですね。田舎の観光地は…。

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結局、開いていたのはカフェしかありませんでした。軽食があるかなと思ったら、ケーキしかなくそれもやたら
高かったのでコーヒーだけ頼みました。カフェからのビューは最高でした。

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伊根の舟屋。海に面してこういうお家があちこちにありました。湾になっていて、真ん中に青島と呼ばれる島が
あるので、そのおかげで湾内がとっても静かなんだとか。上の写真の島がその青島です。

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最初は、伊根に宿泊することも考えたのですが、朝夕食付プランの民宿とかしかなく、かなりお値段がしていた
のであきらめました。車で行くならいいけど、足がないと場所的に不便すぎてやることがないかも、というのも
ありました。車があればここを拠点に海岸線を走って近隣の町を訪ねてみる、なんてこともできますが、そうで
なければ、ここに宿泊するのは夜が退屈そうなので、宮津にして正解だったかなと思います。

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