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実は4月に姉がフランクフルトに遊びに来ることになっていたのですが、フランス国鉄のストライキのせいで、
取りやめになってしまいました。その時、私の好物胡麻せんべいを持ってきてもらうよう頼んでいたのに…。
その後しばらく連絡がなかったのですが、ある日姉からLINEメッセージが来ました。
「胡麻せん、湿気っちゃう…」
フランス国鉄のストはいつ終わるかわからないそうですが、ドイツ鉄道がフランス国鉄と共同で運行している
フランクフルトーパリ便はふつうに運行しているというので、私がパリに行くことにしました。胡麻せんを取り
に(笑)。
旅行の予定を立てるのにもたもたしていたので、最安値の片道39.90ユーロの切符はとっくに売り切れ。
でも、行きは49.90ユーロというのがあったのでそれを予約しました。安いのはいいのですが、問題は
フランクフルト中央駅発が5:58。ま、でも電車の中で寝ればいいし、早く着けばそれだけパリ滞在時間も
増えるから、頑張って早起きしよう!!4:30に起きて、5:00には自宅を出発。中央駅までは30分も
かからないのですが、なんていったって朝早いし、途中何があるかわかりませんからね。
5:25頃中央駅に着きました。乗車ホームを確認しようと電光掲示板を見ると、なんと
パリ行き、まさかの運休…。
かなり焦って、とりあえず案内所に行きました。普通は電車一台運休になると、案内所には長蛇の列が出来て
大変なことになります。が、並んでいたのはおっさん一人だけ。しかもただ単に「どこどこに行くにはどの電車
に乗ればいいか」を聞きたいだけのようでした。あっさり順番がまわってきたので、切符を見せて、予約して
いた電車がキャンセルになった旨を伝えると、「はい、次は1時間後、席は車掌に確認してくださいね」と
切符にポーンと振り替えスタンプを押して、次の電車のスケジュールを印刷したものと一緒にくれました。
イレギュラー勃発時の対応にしてはあっさりしすぎてる感がありましたが、私も相当眠かったので、ぼーっと
しているうちに時間は過ぎ、指定されたパリ行き電車がホームに入ってきました。
電車が一本運休になってるんだから、席が足りないかもしれない、とかなり焦って車掌さんを探しました。
キャンセルになった電車に予約していた人は一番前の車両へ、と車掌さん。座席は一部予約で埋まって
いましたが、すぐに空いている席を見つけることができました。中央駅に着いてから、待つこと計1時間半。
予定より1時間遅れて無事パリへと出発しました。やれやれ…。
私の隣にはムスリム系の若い男が座っていました。肘を肘掛けから思い切りはみ出させてエラそうに座って
いたので、私も肘で応戦しました。するとその男は、下手くそな英語で「エクスキューズミー、プリーズドーント
プッシュミー」などと言ってきました。は?私はプチ切れて、
「押してるのはあなたではありませんか。肘を引っ込めれば何も起こらないのに、はみ出して私を押している
のはあなたの方です。いったい何を言っているんですか?自分の場所に座っていれば押されることなんて
ないんですよ!プリーズドーントプッシュミー!!」
と大声で言い返してやりました。それを聞いて周りの人が驚いて私たちの方を見ました。でも私が悪いんじゃ
ないもんねー。大して英語ができないらしいその男は、ビビッたのか、「わかった、わかった、しーっ、しーっ。
頼むから静かにして」と言って、それ以降は腕組みをして肘を出してくることはなくなりました。
さて、車内ではネットが使えるので、遅延の場合のキャッシュバックについて調べてみました。確か、60分
以上遅れた場合25%、120分だと50%だったような…。今回はきっかり1時間遅れだからねー。
としっかり皮算用をし始めていたのですが、遅れは目的地の到着ベース、とありました。私が予約していた
のはいわゆる「ひかり」で、振り替えられて乗ったその後の電車は停車駅が少ない「のぞみ」であることが
わかり、なんと所要時間が10分短いことが判明しました。つまり1時間遅れで出発しても、到着は50分
遅れ。よってキャッシュバックの対象にはなりません。
でもさ、長距離だし、けっこう遅れるし。普通は時間通りには着かないし。
50分も遅れたんならあと10分遅れてくれー、と祈りましたが、ICEは、遅れてたまるか、と言わんばかりに
ぶっ飛ばしていました。こういう時に限って、なんだかやたらと順調です。結局パリには見事定刻に到着して
しまいました。なのでキャッシュバックはなし…(しょぼーん)。50分待たされ損でした。
パリには一泊しただけでしたが、またしてもいいお天気に恵まれて、美味しいものも食べられてよかったです。
そして胡麻せんもしっかりもらってきましたよ〜(笑)。
ノートルダム大聖堂
パリ・ゼロポイント
サンミッシェルの噴水
マリー・アントワネットが幽閉されたコンシェルジュリー
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Reise
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私の旅日記-猫、世界遺産、港などなど
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月曜日が祝日だったので、土曜日から二泊三日でお隣おフランスのナンシーに行ってきました。ナンシーは
ロレーヌ地方の街。アルザス・ロレーヌ地方とかって地理だか歴史で習ったかと思います、確か…。この街に
特別何かがある、というわけでもないのですが、フランクフルトから車で3時間ほどで行けるし、世界遺産に
登録されている広場があるので、行ってみようということになりました。実は去年の11月に行く予定でいた
のですがモモ君が風邪をひいてドタキャン。今回はそのリベンジでもありました。
ホテルはBooking.comで、カスタマーレビューが良くて、駐車場があるところを適当に選びました。いつものこと
ながら出発まで大した下調べもせず、行き当たりばったりの旅。着いてみると、予約していたホテルはこんなに
ぶっ飛んだ外観でした。近未来風〜。でも部屋はいたってフツーでした。
チェックインを澄ませ、一休みした後、早速街に出かけました。目指すは世界遺産のスタニスラス広場。
なんしーの街並みは特別美しいというわけでもなく、まぁ何の変哲もない地方都市、という雰囲気でした。でも
ドイツの街の風景とは全然違います。当然ですよね、書かれている言葉はフランス語だし、聞こえてくるのも
フランス語。建物の建築様式だって違います。いや、それだけじゃない気が。うーん、なんだろう…。
「ドイツ(というか、フランクフルト?)よりデブが少ない」
「ドイツ(っていうより、フランクフルト?)よりほっかむりが少ない」
「ドイツ(ってか、フランクフルト?)よりアジア人が少ない」
からでした。最近のフランクフルトはドイツ人らしき人を見かける方が圧倒的に少なくなってしまいましたが、
このナンシーでは、私は思いっきり「ガイジン」で、まさにヨーロッパにいるぞ、という気に浸れました。
てくてく歩くこと15分。ようやく世界遺産に登録されているスタニスラス広場に着きました。スタニスラスさん、
かなり大柄な人ですね…。
Wikiによると、あのベルばらに出てくるマリー・アントワネットのお父さんであるフランツ一世がこの、ロレーヌ
地方(公国)を統治していました。彼がマリア・テレジアと結婚するにあたって、ロレーヌ公国を放棄しなければ
ならなくなり、フランス国王のルイ15世が、自分の妃の父であるスタニスラスに、一代限りという条件つきで
ここを統治させることになったそうです。
ちなみにマリー・アントワネットが結婚していたのがルイ16世で、15世はそのお父さんではなく祖父。天然痘
で亡くなった方です。ベルばらにそんなシーンがありました。顔が溶けたようになっている怖いシーン。でもって、
そう言えば、マリー・アントワネットってフルネームがめちゃくちゃ長かったっけ。小学校の頃、友達同士で必死
に暗記しあったものでした。
マリー・アントワネット・ジョゼファー・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・オートリッシュ
とかなんとか…。あ、このロレーヌって、ロレーヌ公国のことだったのか。だってお父さんの出身地だもんね。
40年も経って、わかることもあるんですね(笑)。
さて、ナンシーにはこの広場以外、さほど見ものはありませんでした。アールヌーボーで有名らしく、ナンシー
派美術館は必見ということで、次の日行ってみました。といっても特に美術、芸術に詳しいわけでもアール
ヌーボー好きなわけでもなく…。これが美術館の外観です。中にはアールヌーボーの家具やら食器やらが
展示されていました。
そんな中私の目を引いたのはこのステンドグラス。
あ、ニャンコちゃんだー♪
でもさ、なんでこの人、裸で猫を担いでるわけ?
といった具合で、芸術レベルがあまりにも低くてすみません…(汗)。
他に見るものもそうないので、ホテルで昼寝したり、広場のベンチに座ってぼーっとしたり、けっこうのんびり
できました。見どころ盛りだくさんの観光地に行くと、歩き回って疲れちゃったりするので、こういうあまり目的の
ない旅行も悪くないかなと思いました。
帰りは途中カイザースラウターンというドイツの街に寄ってお昼を食べました。この街には米軍基地がある
ようで、街中はいきなりバイリンガル。ラジオのAFN放送も聴くことができます。たまたま中華食堂に入った
のですが、壁にかかっているメニューがもの凄い数で最初かなり驚きました。でもよく見たら半分は英語で
書かれているだけでした(笑)。
そのアメリカンな街になぜかこんな場所が…。Japanischer Garten、日本庭園です。
これは見るしかないと思って、張り切って入場料4.5ユーロを払って入ってみましたが…。
日本だから赤い鳥居を設置すればいいと思ってるのか?というレベルでした。鳥居の寸法も縦横のバランス?
がなんだか微妙に合ってないみたいで、中途半端さんが気持ち悪い。草木もなんとなくそれっぽく植えて
みました、という感じで、日本にある日本庭園の趣は微塵も感じらませんでした。冷静に考えてみれば、
↑の鯉の看板の姿、形から想像ができたことでした。だいたい、なんなんだよ、このギョロ目のデブった鯉は!(って気づくの遅すぎ…)。 とまぁ、これと言ってハイライトのない旅でしたが、久しぶりの遠出だったのでそれなりに楽しかったです。
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1月の終わりにモモ君の新しいフルートを買いに、ドイツで最大の楽器店Thomannに行きました。フランクフルト
から車で2時間ほどのところ、ヴルツブルク、バンベルク、ニュルンベルクの間くらいにある小さな町にあります。
モモ君は去年の9月からフルートを習っています。どういう風の吹き回しか、ある日突然、ネットで100ユーロ
ちょっとのフルートを買い、YouTubeを見ながら独学で練習していました。イアン・アンダーソンという歌手が
好きで、その人がフルートを吹くから、自分も習ってみたいと思ったそうです。でもそもそも小中学校で音楽の
授業がなかったらしく、楽器を習った経験もないので、独学にはかなり無理があり、数週間でギブアップ。
それではあまりにももったいないので、知り合いにフルートの先生を紹介してもらい、私が無理矢理レッスン
に送り込みました。なのでモモ君のフルートの先生は日本人なのです(笑)。
正直、私のチェロ以上に悪戦苦闘しているっぽいですが、それでも楽しくレッスンを続けているようです。
なかなか上達しないのは楽器が良くないから、という結果に至り(←わかる、わかる)、モモ君はあれこれ
悩んだ末にYamahaの中級モデルを買う決意をしました。その額約1000ユーロ。私のチェロ「お蝶夫人」に
比べたら、ほんの1/5程度ではありますが、バイク野郎が楽器なんかにそんな金額を払うのか、と周りには
相当驚かれたようです。私もお蝶夫人を買うと決めた時、何もそこまで出さなくても、と先生に言われました。
でも金額は問題じゃないんですよね。自分が欲しい、と思ったものを買わないとダメ、中途半端に妥協したら
ダメなんです。それに自分で働いたお金で買うんだし。
ドイツ最大の楽器店Thomannがある町は、農業とThomannだけで成り立っているようなところでした。いわゆる
企業城下町?でもそれがヘビーインダストリーとかじゃなく、楽器店というのがなんだかいいな〜。Thomannは
オンラインショップがメインなので、大きな配送センターの建物がどかーんとあり、その片隅に店舗がありました。
最近の倉庫というと、建物は無機質で、そこで働いている人は低賃金でこき使われている印象があります。
でも扱っているものが音楽関係のものばっかりだったら、普通の物流センターで働くよりは楽しいかも、なんて
思いました。
さて、店舗ビルの近くになるお客様用駐車場に車を止めました。そこからの景色はこんな感じ。なんとも
のどか〜。寒かったけどお天気にも恵まれました。
店舗になっている建物はこんなファンキーです。チェロらしき楽器はなぜか埋もれちゃってます…(笑)。
道路にはこんな表示もあったりして、遊び心いっぱいです。下に行くとHighway to Hellですって(笑)。
最初に楽譜コーナー、それから弦楽器売り場を見て、お目当ての管楽器売り場に行きました。すでに欲しい
モデルは決まっていたので、店員さんにそれを伝えてショーケースから出してもらいました。他にも試して
みたいモデルやメーカーのものがあるか聞かれましたが、モモ君は欲しいモデルだけ見せてもらえばいいと
答えていました。いろいろいじってみればいいのに、とも思いましたが、素人すぎてわからないんだよな、と
自分がチェロを買った時のことを思い出しました。大して弾けもしないし、耳がいいわけでもないので、いい
悪いなんてわからないっていうか…。多分モモ君もきっと似たような思いだったのでしょう。先生と相談し、
自分でネットであれこれ調べてこれって決めたのをそのまま買いたい、という気持ちはよくわかりました。
少し手に取って、軽く試し吹きをして、すぐに「これ、ください」と店員さんに言いました。店員さんはあまりにも
あっさり決めたのでちょっと拍子抜けしていたようでしたが、無料でクリーニングクロスをつけます、食事がまだ
だったら、カフェテリアで使えるランチ券もつけます、と言ってくれました。周りには何もなさそうなところなので、
お昼をどうしようか心配していたので、ランチ券は嬉しいサービスでした。
お金を払い、商品の引き換え証とランチ券を受け取り、早速カフェテリアに向かいました。従業員だけでなく、
近隣の人も自由に利用できるみたいでした。写真を撮るのを忘れましたが、ガラス張りのカフェテリアの中
には、有名なミュージシャン、エリック・クラプトンやクイーンのフレディ・マーキュリーなどを描いた絵が飾って
ありました。ランチは、というとドイツならではのがっつりメニュー。私が食べたのはベジタリアンメニューの
ほうれん草のクリーム煮とゆでジャガイモ。モモ君は肉の煮込み料理でした。
カフェテリアからは農地?のような景色が広がっていました。春になったら緑がいっぱいでさぞ綺麗だろうな。
お昼ご飯を食べ終わってから、倉庫の建物に行って、買ったフルートを受け取りました。モモ君は嬉しい
気持ちを隠して、平静を装っていました。なんか、わかる、わかる。私もお蝶夫人を受け取った時、そんな風
でしたから(笑)。楽器が良くなったからって急激に上手くなるわけではないのは私自身が経験済。でも
いい楽器を持てば、それだけ練習もするし、上達も多少は早くなるはず。だからよかった、よかった。
楽器屋さんの町はゆったりと時間が流れていて、働いている人がなんだかみんな幸せそうでした。
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横浜滞在最後の日曜日は母校で行われる座禅会に参加するつもりでした。でも前の日の同窓会が思っていた
以上に盛り上がり、終電で帰宅となったため、朝起きられず…。いや、実際は起きて出かける支度までしたの
ですが、気分が悪くて断念しました。もともと飲めないので二日酔いとかではなく、風邪を引きかけていた感じ?
結局、もう一度寝床に戻ってお昼くらいまで寝ていました。
最後の日を寝て過ごすはもったいないですが、具合が悪くては仕方ありません。でもお昼過ぎにはなんとか持ち
直したので、港の見える丘公園の近くにある西洋館の一つ、べーリックホールで開催されるミニコンサートに
行ってみることにしました。そこまでは歩いて30分ほど、いいお散歩コースです。
べーリックホールは、イギリスの貿易商べーリックの邸宅で1930年に設計された建物です。現在は横浜市が
管理していて、この日はサックスとピアノの無料コンサートがありました。この辺りにはいくつかの洋館があり、
いろいろなコンサートや催し物が開かれています。駅からバスでしかたどり着けない新興住宅地で育った私
にとって、いろいろなイベントに気軽に行ける場所に住むのは憧れでした。
コンサートの後は、散策しながら元町・中華街方面に行ってみることに。中華街と元町を結ぶ市場通りの門。
もうすぐ春節ということで、お祝いの飾りがあちこちに飾ってありました。
どこのお店も観光客向けのコースメニューか食べ放題メニューばかり。昔とはずいぶん雰囲気が変わって
しまいました。しかもこんな奇妙な光景を見てしまいました。グレーのトイプードルがうじゃうじゃ。しかも何故か
みんな囚人服着てる…。
グレーのトイプードルを飼っている人の集いでしょうか。日本ってやっぱり平和ボケしてるよなぁ…、と思わず
にはいられませんでした。こんだけ集まるとキモいんですけど…。
中華街を後にして、歩いて家に帰りました。歩くと30〜40分はかかり、しかも登り坂ですが、それほど苦には
感じませんでした。駅からバスでしかたどり着けない新興住宅地で育った私にとって、街の中心や観光名所に
歩いて行けるというのは憧れでした。 その日が日本滞在最後の日だったので、姉と甥っ子と一緒に自宅で夕食をとりました。今回の一時帰国の
目的は姉と買った中古マンションを見ることと、その周辺を散策することでしたが、十分堪能できました。
思っていた以上にいい場所に新しく「帰る家」ができたのは嬉しいことです。
次の日は朝早く、バスに乗って横浜駅に出て、そこからリムジンバスで成田空港に向かいました。バスが
着く場所とリムジンバスの発着場所が同じ東口にあるので、乗り換えもラクでした。この日、リムジンバスは
ベイブリッジを渡るルートを走ってくれたので、最後に大好きな港を見納めることができました。お天気が
よかったので後ろには富士山が見えました。美しすぎる…。やっぱいいな、横浜。
今回は一週間ちょっとと短い滞在でしたが、一人だったので気楽に過ごせたし、横浜をいっぱい歩き回ること
ができて楽しかったです。バイバイ、横浜〜♪また来るからねー。
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そろそろドイツに来て丸13年になります。新しい仕事を始めた関係もあって、最近よく「xirominさんは、どうして
ドイツに来たんですか?」などと聞かれます。ドイツに来た理由は…、モト夫がドイツ人だったから。そう言うと
ヤバいテーマに触れちゃった、と思われるみたいですが、今の時代「リコン=ツライ出来事」というわけでもない
ですし、とりあえず今はいわゆるパートナーのモモ君がいるし…。
一人になってもドイツに残ろうと思ったのは?などと突っ込まれることもあるのですが、その理由はただ一つ。
帰る場所がなかったから、です。両親はすでに他界していたし、たった一人の身内である姉はしばらく家庭の
事情が複雑で、私が押しかけられる状況でもなく…。しかも高齢の猫を飼っているので、日本に住むところが
なければ、猫連れで帰るのも難しい…。でもって年齢的にもう仕事もないだろうし、日本で再スタートを切る
のはどうよ?等々の理由でドイツに残るしかなかったわけです。
でも今回、実家を売って姉と中古マンションを買ったので、「もうドイツにしがみついていなくてもいいかなー」と
いう気持ちになっています。しかも日本で会った知り合いから、横浜にはドイツ人学校がある関係で、ドイツ
企業が多く進出している、英語ができる人はたくさんいてもドイツ語ができる人はそういない、という話を聞き、
もしかしたらそういうところでチャンスがあるかもしれない、という希望が持てています。でもすっかりドイツの
働き方に慣れてしまっているので、日本では使いものならないかもしれません…。でも、選択肢がある、という
のは気持ち的にはラクですけどね。
さて、新しい拠点となった「我が家」は、港の見える丘公園から森林公園までの散策ルート「緑と洋館の
巡り道」の近くに位置しています。下のような地図があちこちに設置されていますが、実際は観光客が港の
見える丘公園からわざわざ森林公園まで歩いてくるとは思えません…。
地図をよく見ると、お寺が密集している地域があります。興味をそそられたので、早速行ってみることに〜。
まず最初に見えてきたのが、こちら。除夜の鐘がファンキーすぎます。こんなの見たことないです。狭い土地を
有効利用、といったところでしょうか…。曹洞宗光明山西有寺です。一応、禅寺らしいです。
道をどんどん歩いて行くと、すぐに別のお寺がありました。大圓寺です。観光地でもないので、誰もいません。
なのでとりあえずさっさと立ち去りました。
そのすぐ近くにまたお寺が…。東斬寺です。
お天気がよかったので、ニャンコちゃんが日向ぼっこをしていました。
少しニャンコちゃんに遊んでもらって、次のお寺を目指しました。本当にすぐ角を曲がったところにもう一つ
お寺がありました。東耀山円台院。この辺は特に家が密集しています。
この先は迷路のように入り組んだ路地が続きます。当てずっぽうに歩いて行くとバス通りに出ました。今まで
見たのより、大きなお寺、増徳院がありました。逆光で見づらいですが、右手にある銅像はあの弘法大師です。
それにしてもなんでこんないっぱいお寺があるんだろう…。
さらにテキトーに歩き続けると…。OMG!!富士山が見えました。その手前には何やら柵が…。柵の向こうは
米軍住宅エリアです。広々としたアメリカンな住宅と、時として昭和を感じさせる密集した日本の住宅地の
何とも言えないコントラスト。日本は敗戦国だったんだ、と思わずにはいられません。
高台なので、反対側からはみなとみらい地区が一望できます。これまた昭和な住宅とのコントラストがなんとも
言えません…。
そのまま歩いて行くと、右手には米軍住宅地が広がっていました。でもって、ストリートもいきなりアメリカン。
その先は吉野町、蒔田方面に出る下り坂になっていました。そこらへんは母が生まれ育ったエリアであり、私
の通った高校の近くでもあります。でもこの日はここで引き返すことにしました。とりあえず来た道をたどって
行くと…。
うわ、なんだ、この光景はっ。
行きには気づきませんでした…。写真がボケちゃっていますが、あの旧一等馬見所の建物がそびえ立って
いるのが見えます。その下に広がるのは、広大な墓地…。そして墓地を囲むようにして住宅が密集しています。
普通、墓地ってその敷地が囲ってあって入口があったりすると思うのに、ここはどうやら住宅の道路を挟んで
向かいが墓地、みたいな感じ…。
家に帰って調べたら、これは根岸共同墓地といい、その異様さは東京DEEP案内でも紹介されていました。
グーグルマップで見ると、この共同墓地と米軍住宅地が隣接しています。上の観光案内地図では、緑地の
ように描かれていたので気づきませんでしたが、よく見たら「横浜市根岸共同墓地」と書かれていました。
なんともディープなエリアのようです。 向かう方向によって様々な表情を見せる町に引っ越してきたようです。この多様性は新興住宅地では決して
味わえませんね。生まれ育った横浜の知らなかった部分を見ることができて、楽しい♪
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