高校生の頃、アルクという出版社の通信教育 「ヒアリングマラソン」をやって
みたいと思っていました。でも当時の私にはそんな経済的余裕はなく、カセット
タイプのウォークマンすら高くて買えませんでした。見かねた母親が数千円の
ポケットラジオを買ってくれて、それでFEN(今のAFN=米軍放送)を聞きながら
通学していました(ラジオ競馬じゃないよ〜)。
社会人になってからは、一人暮らしを始めたのでしばらくは貧乏でした。
今みたいに携帯電話なんてないし、電話を引くのにも数万円で電話回線の
権利を買わなければならず、数ヶ月は電話無しの生活でした。不便なことも
ありましたが、すべて自分の気に入ったものが揃えられることがことのほか
嬉しくて、仕事帰りにプランタンに寄ってはかわいいキッチン用品を探し
ちょっとずつ買い足していきました。
その後、協力隊としてメキシコに行くことになりましたが、一応ボランティアの
制度なので、そこでの生活も質素でした。一緒に住んでいた子は、食べたい
ものがあるとなんでも自分で作ってしまうお料理上手の大阪人でした。二人で
あれこれ工夫していつも和食もどきを作っていました。当時のメキシコは物価
のわりに衣類がとても高く、サイズの合うものも少なかったので、滞在していた
3年間はほとんど新しい洋服は買わずにいました。でも周りにはもっともっと
貧しい人がたくさんいたし、みんなモノをとても大事にするので、流行りとか
ブランドとか、ちっとも気にならなくなりました。
それから日本に戻って再就職しましたが、仕事をしながら大学の社会人コース
に通うことにしたので、またしてもちょっと貧乏生活でした。ちょうど学生もPC
を一人一台持つようになった頃で、私も買わなければなりませんでした。お弁当
を作ってお昼代を浮かし、その分500円玉をこつこつ貯めていました。同期の
子もそれに同調してくれて二人で弁当生活を楽しく頑張りました。時々外に
食べに行くこともありましたが、それはそれでちょっとご褒美みたいな特別な
イベントでした(っていってもよく行ったのはリンガーハット、でしたがw)。
それがいつの頃からか、あまりお金のことを気にしないで生活できるように
なりました。特にドイツに来てからは、いったいいくらドイツ語学習に費やした
ことやら(笑)。ドイツ語だけではありません。ちょっと興味を持つと、それに
関する本や教材、道具なんかをバンバン買い揃えて、しばらくすると放ったら
かしにしてしまっていました。そんなこんなで読まずに積まれている本なんか
が山ほどあります。
最近しみじみ思うこと。お金って、実はない方が人は幸せなんじゃないかって
いうこと。もちろん最低限+アルファは必要ですが、ちょっと足りないくらいの方
が我慢したり工夫したりして、最終的に得られるものがより大きい気がします。
私の英語力だって、ラジオにかじりついていた高校生の頃に基礎が培われた
ように思うし、今ドイツでわざわざ高い日本食材を買わなくてもそれなりにやって
いけるのは、メキシコ生活の賜物と言えるかもしれません。パソコンをやっと
手に入れた時の喜びはひとしおだったのに、今みたいに「あ、ちょっと良いかも」
ってあまり考えないで買えてしまうと、そんな感動は味わえません。そして
ありがたみも薄いからすぐに飽きてしまう…。
やりくりしてなんとか暮らしていた時代って、人々が生き生きしていたように思い
ませんか?日本という国でいったら昭和30〜40年代の頃?今は欲しいモノが
簡単に何でも手に入って、食べたいものが何でも食べられて、みんな少々飽和
状態に陥っている気がします。
そんなことを思い、自分の生活スタイルを反省して、今月は「余計な出費は抑える」
月間にしました。仕事が終わってまっすぐ帰宅すると6時半。ゆっくり夕食の準備
もできるし、たまっている本もじっくり読めます。過去に買い揃えたドイツ語教材を
もう一度おさらいしてみるのもいいかも。あと、一年ぶりに モザイクも再開したり
して。当分はお金を使わなくても十分楽しめそうです。
写真: 久しぶりに作ったモザイク作品 (去年作ったものはこちら→ その1、 その2)
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