|
さんざん悩んだ結果、受講していたヨガインストラクターの養成講座をやめました。理由は
いろいろあります。
1.そもそもヨガのスタイルが合わない
→必ずヘッド、ショルダースタンドをやるが、頸椎を痛める危険性大。初心者には無理。
→毎回同じポーズの繰り返し。
→宗教ではないといいつつ、ヒンズーの神々に捧げるマントラを唱えさせる。
2.「スピリチュアル」を掲げつつ、なにかと商業的
→合宿の終わりに必ずパンフレットが配られ、知人に宣伝するように言われる。
→ヨガ、アユルヴェーダに関するありとあらゆる講座が年がら年中開講されている。
→そのわりには講師やインストラクターはすべて無償で奉仕しているらしい。
3.決まりが中途半端で、緩いかと思えば変なところが硬い
→時間にはルーズなのに、教える時は決まった色の運動着を着なければならない。
→講師が「1日20分の瞑想を続けて解脱を目指しましょう」とかマジ顔で言う。
4.講師とその助手の人間性に疑問
→挨拶をしても目を合わさなず、笑顔もない
→質問をするとすぐにヒステリックに反応する
→知識が狭くて浅い。
期間が1年だったらあと半年頑張ったかもしれませんが、2年間の養成講座だったので、
さっさとやめるに限る、と判断しました。ヨガを教えるにあたって、自分の幅を広げたくて
敢えて自分が苦手とするスタイルのヨガに挑戦してみようと思ったわけですが、マントラを
唱えたり、宗教じみた儀式を取り入れる気はまったくないので、とりあえずそういう部分を
かじってみただけで十分過ぎでした。
そうは言っても、物事を途中で投げ出すということは、多かれ少なかれ自己嫌悪に陥る
ものです。これからどうヨガと向き合っていくか、なんて言うと大げさですが、なんていうか
方向性を見失ってしまった感があるので、これは原点に戻るしかない、と思い、火曜日に
仕事の後はるばるW市にあるKim弟のヨガスタジオに行ってみることにしました。
フランクフルトにはKim兄のヨガスタジオがありますが、Kim兄がレッスンをすることは
稀で、代行ばかり。しかも代行をするのが、運動神経のいい、ヨガ歴の浅い若い女子、
だったりすると、私には受ける価値がありません。だから遠くてもKim弟のところに行って
みようと思ったわけです。しっかりHPで、Kim弟のレッスンが代行になっていないのを
しっかりチェックして…。
W市までは電車で片道1時間ちょっと。会社の最寄り駅から近郊電車でフランクフルトの
中央駅まで出て、在来線に乗り換えます。近郊電車がちょっとでも遅れると接続が
できないのでドキドキでしたが、無事乗り継ぐことができました。
W駅に着いて、まずは帰りの電車の時間をチェックしました。21:05の電車を逃すと、
次は21:35。そうなると、家に着くのは23時近くになってしまうので、なんとしても
21:05の電車に乗らなければなりません。しかし、レッスンは20:45までです。そして
駅とスタジオは歩いて15分くらい離れています。即行で着替えてギリギリです。あと
問題は、電車に乗る前に帰りの切符を買わなくてはならない、ということ…。
え?切符を買う?それがどうしたの?って日本の人は思いますよね。しっかりチャージ
しておけば、スイカでピッ。スイカを持っていなくても、自販機で普通に切符は買えるし。
別にどってことない話です。でもドイツでは、切符の自販機の台数が少なく、しかも反応が
遅い。でもって、
1.自販機が故障していることが多々ある
2.紙幣が使えないことが多々ある
3.慣れない人が切符購入にやったらもたついている(ほっかむり系のオバちゃんなど)
ことがあるので、運が悪いと電車に乗り遅れてしまいます。自販機の場所を確認し、
お財布の中に十分な小銭が入っていることをチェック。私はフランクフルトの定期券を
持っているので、買うのはW市からフランクフルトの境界にある駅までの切符。その
チケット購入画面に迷わずたどり着けるように、予行演習をしました。何しろ、タッチ
パネルの反応が鈍いので、もし間違えたところをタッチしてしまうと、やり直すのにロス
時間が半端じゃありませんから。
さて万全を期したので、てくてく歩いてヨガスタジオに向かいました。わざわざフランクフルト
から来てくれたんだーって喜んでくれるかな、Kim弟。と、想像しながら、受付で回数券を
出しました。19:00からと19:15のクラスががあるけど、と言われたので、Kim弟の
クラスに出たい、と答えると…
「あ、今日はKim弟はいないの。突然来れなくなったの。でもKerstinが代行でやるから大丈夫よ」
えーーーーーー、ウソーーーーーーッ。
マジーーーー。わざわざフランクフルトからはるばる来たのにぃ。
(でもなんかこういうオチになりそうな予感がしていた…)
といっても、じゃぁ帰りますってわけにもいかないので、そのKerstinとかいう人の代行
レッスンを受けることにしました。見た目はそこそこカワイイ若い女子でした。あぁぁぁ…、
ここもかい。
運動神経のいい若い女子。教え方はまさにKim弟のコピーっていうか、うんうん、そんな
感じで教えるよね、彼は。そうそう、こういう動きは彼特有、と思うところが多々ありました。
でも上っ面を真似ているだけで、中味がないっていうか…。こういうヨガのことを「ただの
フィットネスで本当のヨガじゃない」と批判する人がいたとしても、なんとなくわかるなぁ。
時間ぴったりに終わったのが不幸中の幸いでした。そこからマッハで着替えて小走りで
駅に向かいました。走らないとギリギリでしたが、無事に切符も買え、21:05の電車に
乗ることができました。90分間ブートキャンプ並みの「ヨガ」をして、それから駅まで走って、
かなりフラフラでした。電車の時間にドキドキ、ハラハラし、電車賃までかけてわざわざ
行ったのにいったいなんだったんだろう。
と、方向性どころか、もう自分がいったい何をやっているんだか、わからなくなりました。
次の日は早番なので5時起き。その日は一日中眠くて、家に帰ってからソファの上で
寝落ちしてしまいました。W市はやっぱり遠すぎ…ですね。
あー、あの頃は、Kim兄弟が揃っていて、本当によかったなぁ…(涙)
|
Yoga/Ayurveda
[ リスト | 詳細 ]
ヨガのこと、あれこれ
|
先週末は2回目のヨガ合宿セミナーがありました。テーマは「クンダリーニヨガ」でした。
クンダリーニヨガをネットで調べてみると
「クンダリーニヨガは、体内エネルギーの出入り口とされるチャクラを活性化させ、身体的な
面だけではなく精神性の変化を重視したヨガです。クンダリーニとはエネルギーのことで、
人間の体に7つあるといわれる「チャクラ」を通じて体を巡ると考えられています。目に見えない
クンダリーニのエネルギーとチャクラを意識することは、チャクラからマイナスのエネルギーを
解放することにもつながります。これによって、精神の安定が生まれ、新たなパワーが
もたらされます。」
とかなんとか…。動画を見ると、頭にターバンを巻いた人が登場することが多く、動きはまるで
トランス状態に入っちゃったよう。クンダリーニを覚醒させるため、らしいです。私が通っている
ヨガセンターでの「クンダリーニヨガ」は、呼吸法をいつもより長く行い、一つ一つのポーズを
長くキープすることで、チャクラを開きクンダリーニ覚醒を促す、んだそう。どうして「ターバン」と
違うんだろ?ポーズを長くキープするのって、陰ヨガとどこが違うんだろ?
そもそも私はクンダリーニが覚醒するとか信じてないし、精神性を重視とかいって、マントラとか
唱えさせられるのとかが嫌いなので、正直この合宿に参加するのが憂鬱でした。呼吸法も
花粉症のせいで鼻が詰まってるから苦しいだけだし…。それでも頑張って与えられたセミナーの
プログラムはこなしました。ヨガ(ポーズ)のレッスンが毎回、単調で物足りなかったので、
身体的には不完全燃焼でしたが、頭痛と耳鳴りに悩まされ、セミナーが終わった頃には
精神的にどっと疲れてしまいました。
火曜日に普段の講義があり、合宿セミナーの意見、感想を述べ合う時間があったので、
頭痛、耳鳴りがして、精神的にどっと疲れたけど、身体的には不完全燃焼だったと言って
みたところ、講師のMは
「あなたは、クンダリーニをやるのにはまだ未熟だからよ」
とバッサリ。そもそもこの講師の人間性にも疑問を感じていましたが、なんていうかもっと
他の言い方ができないのか、って思うことがしょっちゅうです。講義の時に誰かが質問を
しようとしても「今、私が話しているでしょっ」とハネつけたり、質問の内容が少しずれてたり
すると、すぐイラっとしたり。
22人いた受講者のうち、すでに4人がやめています。私もずっと悩んでいて、実は先月
やめる場合の条件について問い合わせをしました。やめるには残りの授業料の4分の1を
払わなくてはならないとのことで、とりあえず決心がつかずに保留にしています。「もう少し
考えます」と返信したら、「やめる場合の条件を教えてください、って言うからあなたの名前は
もうリストから消しちゃったじゃない。銀行口座の登録も全部やり直さないといけないわ。
次回からは曖昧なメールは送ってよこさないで」と怒りのメールが来ました。
悩んでいる人がいたら、「一度直接話してみませんか?」とか言えないものなんでしょうか?
合宿セミナーに来ていた別のセンターの人にこの話をしたら、彼女も悩んでそこの講師に
相談したことがあるそうで、「みんな悩むの。それが普通だわ。それも成長の過程なのよ。私も
そうだったのよ。」とかって言われたそう。そういう風に寄り添ってもらえると頑張れたりします
よね。
この一週間、気持ちが落ち込んで、何もヤル気がおこりませんでした。合宿で体験した
クンダリーニヨガのせいなのか、講師のヒステリーのせいなのか、わかりませんが、精神は
かえって不安定になり、パワーが奪われた感じがしています。
このヨガセンターでのヨガは私には向かないどころか、大好きなはずのヨガが苦痛に思えて
きたりしました。これではヨガインストラクター養成講座に通っている意味がありません。
高い授業料を払うことになりますが、この養成講座はやめようと思っています。途中でやめる
ことって、どうも「落伍者」のレッテルを貼られるようで嫌なんですが、イヤイヤ続けていっても
シンドいだけだし。そもそも趣味の延長で通っていることなので、楽しくてためになる、ことで
なければ意味がないですしね。
ま、今年始めてなかったら、毎年1月の説明会の時期が来ると、悩んでいたと思うので、
思い切って受講してみたことは、まったく無駄ではなかったと思うことにします。5ヶ月は
頑張って通ったし、合宿にも参加したし、いい人との出会いもあったし。もう一度原点に
戻りたい気分なので、ちょっと遠いけど、Kim弟のヨガスタジオに行ってみようかな、とか
考えています。
|
|
金曜日から二泊三日のヨガ合宿セミナーに参加してきました。私がヨガインストラクター養成講座を受けている
ヨガセンターはヨーロッパ最大規模のヨガ団体で、ドイツ国内に4つのセミナーハウスがあります。受講期間は
2年で、その間に8回の合宿セミナーが予定されています。今回がその初合宿でした。
フランクフルトから車で1時間半くらいのところにある丘陵地帯の森の中にセミナーハウスがあります。公共の
交通機関で行くのは不便なので、車が出せる人に乗せてもらって、乗り合いで行くことを勧められました。M君
という30代半ばの男性が、フランクフルトの北にあるO市に住んでいるので、私がO駅まで地下鉄まで行って
そこで拾ってもらうことにしました。O市というのは今、チェロを習っているVHS(市民大学)があって、昔住んで
いたところです。地下鉄で10分ちょっとです。R君という男性も、O駅まで出てくるから乗せて欲しい、という
ことになり、3人しかいない男性のうち2人を独り占めすることになってしまいました(他の女性軍から睨まれる
かも、とかなりドキドキでした〜)。
M君は見るからによい人という感じなのですが、R君は見た目が超神経質そうで、しかも相当の早口なので、
道中の会話が不安でした。が、実はけっこう話好きで、ヨガについて勝手にあれこれ語っていたので問題
ありませんでした。二人ともヨガ歴は2〜3年なので、R君、君に語られてもね、という気もしていましたが、
ここはドイツ語の勉強と思って、一生懸命聴きました(笑)。
<写真はJPからお借りしました>
セミナーハウスでの宿泊は、12人用の大部屋で二段ベッドが置いてありました。バスルームは1つ。廊下にも
階段の近くにも、トイレ付きバスルームがありましたが、フランクフルトだけでなく、ほかのヨガセンターからの
参加者もたくさんいたので、正直宿泊人数に対してトイレもシャワーも少なすぎ。ゆっくり落ち着いておトイレ
に行けなくて、なんだか便秘気味になってしまいました。そして朝から晩までスケジュールが詰まっていて
シャワーを浴びる時間もないくらい。今の時期はまだ肌寒いし、ドイツは乾燥しているので、シャワーを毎日
浴びられなくても我慢できましたが、初夏に開催されるセミナーの時はどうしよう…。
<スケジュール>
朝と夜はSatsang(ドイツ語で読むとザットザング)と呼ばれる集いがありました。マントラを詠唱し、それから
正面に掛かっているシーヴァナンダ(創始者)の写真の前に人が立って、ろうそくを載せた小皿をゆっくりと
回し…。2月に行われたフランクフルトのセンターで行われた週末セミナーの時に仰天した儀式です。
<その時の記事から抜粋>
「正面に掛かっているヒンズーの神様の絵に向かって、ろうそくを載せた小皿のようなものを、空中に円を描く
ようにゆっくりと回し始めました。隣ではアシスタントの女性が怪しげな鈴のようなものをチャンチャンと鳴らし
始め…。これはどう見ても怪しい宗教儀式でした。歌が終わると先生、アシスタントともにひざまづき、五体
投地というんでしょうか?祈りのポーズみたいなのをしていました。」 フランクフルトの時は神様の絵に向かって、だったので目が点になりましたが、このセミナーハウスでは
掛かっていたのが創始者の写真だったので、それほど宗教チックでもなく、「でたっ、あれだ」と思ったくらい
でした。最後の土下座は、10分の1くらいの人がしていなかったので、私もするのをやめました。だって、
やっぱりヘンだと思うから。
今回のセミナーのテーマは「スピリチュアルな道」。正直、私が苦手なテーマです。自分はスピリチュアルだ
と思っている人って、「私は他の(凡)人とは違う」って思っているような気がしてなりません。あたかも自分
には特別な霊感が備わっている、みたいな。そういう人に限ってどういうわけか、エスニック調の服や小物で
身を固めていたり、タトゥーを入れていたり、髪の毛がレゲエ調だったり…。そういうこととスピリチュアルとの
関連性が私にはわかりません。しかも、「万物への愛」だのなんだの言っておきながら、外国人の私の存在
をよく無視したり…、そういうのもよくわかりませんね。もし私が、自分をスピリチュアルな存在だと信じていて、
受講者の中に外国人がいたら、困ってないか常に気を配ってあげる、かな。
毎日瞑想の時間もあって憂鬱だったのですが、せいぜい20分ほどなので、多動症気味の私でも耐えられ
ました。床の上にまっすぐじっと座るという行為自体が、西洋人には相当苦行のようで、大半がお尻や膝の
下に3つも4つもクッションを置いたりしています。20分間じっとしているのが耐えられず、足を伸ばしたり
(崩す、ではなく思い切り伸ばす)、瞑想中に飲み物を飲んだりする人もいてびっくりです(それを薄目で
チェックしている私も私、ですが…)。
そもそもスピリチュアルって何?と思ってネットで調べると、
1.五感全てで感じ取る不思議な世界
2.自分自身を振り返り見つめなおすこと
3.自分は自然の一部にすぎないということ
4.『受け取る、受け入れる』ことが主体
などと書かれていました。私は都会大好き人間なので、五感が鈍っているかもしれませんが、2〜4は普通に
しているし、理解もしていると思います。だから、自分のスピリチュアルな部分について強調する必要性なんて
ないと思っています。まして、エスニック調で身を固める必要はそれこそまったくないです。今回のセミナー
では、スピリチュアルな進化の7つの段階という内容が取り上げられました。あれこれ説明がありましたが、
結論は「瞑想をして、最終的にMokshaを目指しましょう」みたいな感じで終わりました。
Mokshaって「解脱」のことですよ。解脱って毎日20分の瞑想で到達できるもの、なんですか?
セミナーハウスの中に売店があり、本やCD、お菓子やちょっとした洗面道具類、そしてインド風小物などが
売られていました。値段は普通でした。ブルガリア人のEさんがお香立てとのど飴を買いたいというので、一緒
に見に行きました。お香立てだけでなく、お香も売っていました。ほとんどがインド風のパッケージに入ったもの
でしたが、一種類だけなんとなく見覚えがあるようなパッケージのものがありました。手に取って見てみると
後ろ側にパッケージの開け方が日本語が書かれていました。日本のお線香でした。これって…、お墓参り用
じゃ?インド風のお香はパッケージも薄くてせいぜい20本くらいしか入っていないから、それに比べると束に
なっているお線香はお得感がいっぱい?買おうとしている人がいたので、一応、日本ではお墓参り用です、
と教えてあげました。
セミナーの最後に、参加者が感想や意見(批評)を述べる時間がありました。「素晴らしい体験でした」とか、
「講義も食事もすごくよかった」とか、「同じ目標を持つ人からいいエネルギーをもらいました」とか、ポジティヴ
な感想が多かったです。一人だけ、「スケジュールがタイトすぎるので、途中に休憩時間を設けて欲しい」と
いう意見を言った人がいました。講義やヨガレッスンの時間に遅れないようにしつつ、合間にトイレに行ったり、
水分を補給したり、空いているバスルームを探してシャワーを浴びたりしなくてはならず、それがストレスだった
からです。私もまったく同感でしたが、彼女の意見に対する答えは:
「ちょっとくらい遅れてもいいのよ」
でした。えーーーっつ、そうなのぉ????ヨガなんだし、規律正しく、時間厳守じゃないんですか?解脱を
目指すならなおさら、遅刻は厳禁じゃないかと(笑)。っていうか、改善する気がないなら、最初から意見とか
言わせないでくれぃ。
私の個人的な感想は、お天気がイマイチだったのが残念でした。でも中庭に黒猫ちゃんがいたのと、食事
(ビュッフェ式)の時に常にお醤油が置いてあったのがよかったです。ってセミナーの内容とは全然関係
ありませんね(笑)。内容は、ヨガとは何か、がますますわからなくなってしまったというか、果たしてこの養成
講座をこれからも続けていくべきなのかどうか、もさらに疑問となってしまいました。
<こんなのどかな場所でした>
<新緑の季節は綺麗だろうなー>
|
|
気がついたら3月ももう中旬…。ドイツもずいぶん春らしくなってきました。数年前から花粉症を発症してしまい、
今年は2月の下旬から目のかゆみと鼻水、くしゃみに悩まされています。とはいってもなんとなく去年よりは
マシな感じがしますが、これからが本番だよ、と脅す人もいるのでどうなることやら…。
どうしても鼻が詰まっているせいか眠りが浅くなってしまい、やたら眠いです。月、水、金は1時間早く出社する
ため、朝5時に起きています。火曜日はヨガインストラクターの講座が夜の10時まであって、家に帰ると11時
近くになってしまいます。その次の日、水曜日がとにかく眠いです。
さて、1月に始まったヨガインストラクターの講座ですが、滑り込みで受講を決めたので、正直どういうヨガか
しっかりと把握していませんでした。私がずっと続けてきたヨガとはちょっと違う、かなり伝統的なヨガ、と認識
していましたが、実はシヴァーナンダヨガと呼ばれる流派であることがわかりました。
<シヴァーナンダヨガ>
元々西洋医学の医師だったスワミ・シバナンダ師(Swami Sivananda)によって創設された、プラナヤマ
(呼吸法)、アサナの習得に加え、ヴェーダンタ哲学やマントラの詠唱などを重視するスピリチュアルなヨガ
プラクティスを行うヨガのスタイル。弟子であるスワミ・ビシヌ・デバナンダ(Swami Vishnudevananda /
1927〜1993)によりインターナショナル・シヴァーナンダ・ヨーガ・ヴェーダンタ・センターが創設され、現在、
世界的に定着しているヨガの流派。 このインターナショナル・シヴァーナンダ・ヨーガ・ヴェーダンタ・センターというのは東京にもあり、ドイツは
ミュンヘンにあります。でも私が通っているのは、そこから独立してできたまったく別の団体で、今では
ヨーロッパで最大規模のヨガセンターにまで発展しています。どうして別団体として独立したのか…?権力
争いかなんかがあったんでしょうかね?
上の説明に書かれている通り、アサナ(ポーズ)の習得だけでなく、マントラの詠唱や瞑想にかなりの重点が
置かれています。マントラはサンスクリット語で「オー、ナマ シヴァ―ヤ」とかなんとか唱えるわけですが、
ヒンズー教を信仰しているわけでもないのに、ヒンズー教の神様を称えてみたところで、私の内面には何も
起こりません。教室には祭壇がありますが、私には仏壇にしか見えないし、胸の前で手を合わせるのも仏様に
手を合わせているみたいで違和感。オーム、オームと唱えていると頭に浮かぶのはオウム真理教だし。
なので私はこのマントラ詠唱が苦手です。どうせ唱えるなら般若心境でも唱えたいですね。
かなり宗教がかった面もあり、抵抗がありましたが、ネットでいろいろ調べてみたら、ヒンズーの神を信じて
いようがいなかろうが、それを称えるマントラと唱えるというのは、何でも「受け入れられる」ようになるための
訓練のようなもの、と書いている人がいて、なるほどな、と思いました。一通り経験してみて、自分に合うもの、
必要なものを取り入れていけばいい、というわけですね。
このシーヴァナンダヨガでは、アサナ(ポーズ)を練習する時、必ずヘッドスタンドを行います。ヘッドスタンド
というのは頭をついた逆立ちのことです。私がずっと習っていたKim兄のスタジオではヘッドスタンドは禁止
されていました。頭と腕が地面についているので、安定しやすいため、力づくでこのポーズをとることが
可能なのですが、コアの筋力がないと首に全体重がかかってしまい、頸椎を痛めてしまう可能性が高い
からです。Kim兄のところでは、ヘッドスタンドをやっていい人は、ハンドスタンド(普通の倒立)ができる人だけ、
でした。ハンドスタンドは両手しかつかないので、コアがないと絶対にできないからです。
私は昔、交通事故で鞭打ち症になり、頸椎ヘルニア気味なので、首に負担がかかるこのポーズはやりません。
なので、アサナのレッスンの時は、みんながやっているのを見ていることが多いのですが、腹筋も腕の力も
不十分な人が無理矢理足を上にあげようとしていて、見ていてハラハラします。コアの筋力がないし、そういう
人に限って図体もでかい。足と体が持ちあがっても微妙に左右なり前後なりに揺れて、首のあたりがゆらゆら
していて、今にもグキッとなりそうで怖いです。
シーヴァナンダヨガの方が伝統もあって世界的にも有名なのでしょうが、ヘッドスタンドに関しては、初心者でも
やらせるシーヴァナンダより、Kim兄の考えに大賛成です。毎回アサナのレッスンでこのポーズをやらされる
わけですが、、その間私はいつも暇になってしまいます。できない人は腕立て伏せもどきをして、筋力を
つけるように、と指導されますが、私は別にそのせいでできないわけではないので、なんとなく不本意です。
だから代わりの逆転のポーズとして、ハンドスタンドをマスターしようと決意しました。
|
|
先週末は、ヨガインストラクター養成講座の第一回目の週末セミナーがありました。第一回目は、毎週火曜日
に講義、実技のクラスを受けているフランクフルトのセンターで開催されました。土曜日は朝の11時から夜の
9時まで、日曜日は朝9時から午後4時半まで、と拘束時間が長いので、正直かなり憂鬱でした(ヤル気ある
のか!)。
テーマは瞑想。英語でいうMeditationです。西洋人の中ではかなり前から流行っていますが、私はそもそも
じっとしていることが苦手なので、当然瞑想などというものは苦手だし、好んでやろうとは思いません。小学校
低学年の頃、授業が始まる前のホームルームの時間とかによく目をつむらされました。その頃、書道を習って
いて、書道の先生にも、墨をすりながら、心を落ち着けて、精神を統一して、とかなんとかいつも言われて
いました。墨がなかなか黒くならなくて、本当に気が遠くなるような時間でした。多動児気味だった私には、
じっとしていることがとにかく苦行だったので、瞑想と聞くと子供時代の嫌な思い出が蘇ってきてしまいます。
2013年に受けたヨガインストラクター養成講座でも瞑想はよくやらされました。西洋人はどうも目を閉じて
じっとしていること=瞑想、だと思っているフシがあって、毛布にくるまって床に寝っ転がって、「これから私は
瞑想するから邪魔しないでね」などと言っている人がけっこういました。それは昼寝じゃ?と思うようなノリ
でした(笑)。
そもそも西洋人は床に座ることに慣れていないので、胡坐や正座でほんの数分間でも座り続けるのがキツい
ようです。20分ほどの瞑想を何度かやりましたが、薄目で様子を伺ってみると、姿勢を崩したり、すぐに脚を
伸ばしたり、そんな人がほとんどでした。日本で座禅でもしようものなら、私なんかはぺチぺチ肩を叩かれそう
ですが、西洋人の中にいたら、脚を崩さずに座っていられる私はかなりレベルが高いんだ、と妙な自信が
つきました。
瞑想よりもさらに苦手なのがKirtan(キルタン)と呼ばれるものです。キルタンというのは、音楽と共にマントラ
を詠唱することを言います。マントラはサンスクリット語はなので、はっきり言って何を言っているのかさっぱり
わかりません。大体の意味が書かれていても、一語一語理解して発しているわけではないので、私の内面
には何も起こってきません。2013年に受けた養成講座では、4週間毎晩キルタンの時間がありました。
とりあえず与えられた課題はすべてこなそうと決意していたので、一緒に歌ったり、積極的にマラカスもどき
などを使ってリズムをとってみたりしましたが、結局私の内面には何の効果も変化もおきませんでした。
キルタンはこんな感じで行われていました(Yandara Yoga InstituteのHPより)。
今回もいっぱいサンスクリットのマントラを歌わされました。ま、音楽の一種と思って歌えばそれはそれで
楽しめるのかもしれません。歌によっては「オーム、ナマシバヤ」とかなんとか唱えるわけですが、ナマと
いうのは、「南無阿弥陀仏」、「南無妙法蓮華経」の南無のことです。ナミアミダブツが「私は阿弥陀仏に帰依
します」という意味なので、ナマシバヤは、「わたしはシヴァ神に帰依します」という意味になります。いやいや、
私はシヴァ神とか信仰していませんから…。 ヨガは宗教ではない、と言われていて、このセミナーでもそのことを何度か強調していましたが、それなのに
このマントラを歌うのって…。だったら日本人にお馴染みのナミアミダブツって言う方がまだ私には抵抗が
ないですが、そもそも日常生活でナミアミダブツなんて唱えている人がいたら、それはかなり信心深い人な
わけで…。
なんだかヨガの位置づけがわからなくなってしまいまいした。そこへ極め付けのSatsang(ドイツ語的にはザット
ザングと発音)と呼ばれる時間が始まりました。Satsangは前に受けた養成講座では真実を語る集い、という
ように教えられ、みんなで輪になって座り、一つのテーマについて率直な意見交換をしただけでした。
今回のSatsangでは、最後の最後に、長めの歌をみんなで歌うように言われました。先生は、というと部屋の
正面に掛かっているヒンズーの神様の絵に向かって、ろうそくを載せた小皿のようなものを、空中に円を描く
ようにゆっくりと回し始めました。隣ではアシスタントの女性が怪しげな鈴のようなものをチャンチャンと鳴らし
始め…。これはどう見ても怪しい宗教儀式でした。歌が終わると先生、アシスタントともにひざまづき、五体
投地というんでしょうか?祈りのポーズみたいなのをしていました。みんなとりあえず真似はしていましたが、
正直「嘘でしょー」という感じでした。大体、ヒンズー教徒でもないし、信じてもいない神様の絵に向かって
土下座してみたところで、何の意味もありません。
セミナーの最後は参加者それぞれが感想を述べましたが、みんな「素晴らしかった」とか「いい勉強になった」
とか肯定的なことばかり言っていました。私は、「自分の国の文化と比較したりして、ちょっと混乱しています」
と言いました。モモ君にセミナーの様子を話したら、新興宗教っぽいから気をつけろ、と言われました。確かに
ヨガとは何か、を突き詰めるとお坊さんみたいな生活をすることにいきつきます。でも、だったら、仏教の
教えの方が日本人の私には受け入れやすいです。知識として勉強するだけでとどまるなら構いませんが
神への帰依がどうの、みたいな話になっていったらドン引き、です。
|





