ドイツの生活 Mein Leben in Deutschland

毎日の新しい発見を忘れないように。https://xiromi0303.blog.fc2.com/ に引っ越しました。

Cello/Konzert

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2014年から習っているチェロのこと。見に行ったコンサートのこと等々。
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Menuett

チェロを習い始めてそろそろ一年になります。基本的には週一回一時間のレッスンを受けていますが、
先生や私の都合で何週間かあいてしまうこともしばしば。この夏は先生が日本に一時帰国されていたので
5週間ほど「夏休み」となりました。

私が使っているのは子供向けの教本。最初は左手を使わず右手で弓を引くだけの練習(4音)、それから
左手の人差し指を使う練習(8音)になり、そうこうしているうちにいきなり左手の指を全部使う練習(20音)に
なりました。練習曲(とも言いがたい超単純なもの)を一つ一つオマケつきでクリアし、夏休み前にとうとう
最後の曲まで行き着きました。

最後の曲はMenuett。それまでの練習曲はただの音の連続か、せいぜい「蝶々」や「キラキラ星」、「ブンブン
ブン」など童謡レベルでしたが、最後の曲はなんとー!あのモーツァルト作曲でした。きっと超シンプルに
アレンジされているのでしょうけど、それでもモーツァルトの曲であることには変わりありません。目標とする
サンサーンスの「白鳥」にちょっと近づけた気がしました。

が、しかーし!

私はそもそも楽譜が読めないので、一つ一つの音を出すのに「えーっと、この音はなんだっけ」となってしまい
ます。そしてリズム感が悪いので、特に四分の三拍子の曲がまったく曲になりません。やっとこさ、教本の
最後の曲にたどり着いたというのに、いきなり全然弾けなくて、まるで目の前に高い山がそびえているかのよう
でした。あまりにも弾けなさすぎたので、「この曲は夏休みに練習してください」ということになりました。曲
忘れないようにと、家に帰ってすぐに練習しましたが、全然リズムの感じがつかめず…。仕方なく先生にお願い
して、お手本演奏を録音して送ってもらうことにしました。とりあえず耳で曲を覚えてしまおうという作戦でした。

通勤電車やバスの中で先生の演奏を聞きながら、まずは左手の指の動きを何度も何度も練習しました。いつも
通勤バッグに入れているタブレットのカバーに、チェロのネックと同じになるように指の位置をマーキングして、
タブレットをチェロに見立てて指を動かして練習しました。傍から見たらきっとへんな人に見えたことでしょう。

左手の指の動きがある程度マスターできたら、今度は右手で弓の動かし方の練習です。弓元から弓先に
動かすことをダウンボウ、弓先から弓元に動かすことをアップボウといいますが、いつもダウン、アップ、の
繰り返しになるわけではありません。このMenuettの場合、「アップ、アップ」となるところと、「ダウン、アップ、
アップ、ダウン、アップ、ダウン、ダウン」となるところがあります。が、そんな風に腕が自由に動いてくれるはず
もなく、ロボットのようにぎこちなくダウン、アップ、ダウン、アップになってしまいます。しかも私は弓がきちんと
持てなかったので、すぐ手が痛くなってしまいます。これじゃー、ダメじゃーん。

ネットで弓の持ち方を調べ、写真や説明に頼りながら持ち方を矯正しました。そして不規則になる弓の動かし方
を何度も練習しました。時々、バスの中でも練習していたので、かなり変な人に見えたことでしょう。

左手の指の動き、右手の弓の動きを一緒にやろうとすると、これまた上手くいきません。それでもあきらめず
に、最初は一小節ずつ、それから二小節、三小節とつなげていって、なんとか最後までは弾けるように
なりました。でも音が…。自分で聞いていてもひどいもんです。手が小さいから油断するとすぐ左手の中指と
薬指が縮こまっちゃって、音がずれるし、力の入れ具合がちゃんとしてないから、音がひっくり返ってしまいます。
それでもめげずに何度も練習しているうちに、だんだんどっちの手もそれなりには動くようにはなりました。でも
どう頑張っても美しい音が出せません。何度も繰り返しすぎて、だんだんこの曲が聞き飽きてきました。しかも
ひどい音しか出ないから、かなりうんざり。はー(と深いため息)。

あっと言う間に5週間は過ぎてしまい、先日、久しぶりのレッスンがありました。恐らく先生は、私が練習して
いたとは期待されていなかったようで、教本の最初のほうの練習曲の復習をしました。そして、最後のページ
に行って、「じゃ、これをゆっくりやりましょう」と言いました。最初の四小節を弾いてみるように言われたので、
弾いてみたら、あっさりOK。次の四小節(で終わりですが)にイレギュラーな弓の動きが出てくるのですが、
そこも必死感が漂いつつもクリア。そしたら先生に「ずいぶん頑張って練習しましたねー」言われました。

相変わらず音はひどいし、なってないけど、最初は楽譜を見て音を拾うだけで必死でしたから、それから
すれば一応は進歩、と言えるのかもしれません。ところどころアドバイスをしていただいた後、リピートを
入れて計16小節のMenuett(モーツァルト作曲)を先生とデュオで弾きました。途中ちょこっととちったりもした
けど、なんとか弾き通せました。

先週末は、先生が出演するコンサートに行ってきました。先生が演奏すると、深みがあって、それでいて優しい
音色がして、やっぱりチェロの音っていいなぁって思いました。いったいどうしたらあんな美しい音が出せるの
だろう…。白鳥までの道は、まだまだ果てしなく遠いです。でも、たとえ亀の歩みでも、練習すれば多少なりとも
進歩はするんだな、ということが今回よくわかったので、焦らず地道に続けていきたいです。

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チェロ歴2年目は新しい教本とともにスタートしました(やはり子供用)。 

Mein Cello Nr. 2

試しに遊んでいて、間違えて競り落としてしまった2番目のチェロが届きました。普通、チェロ(やバイオリンなど)
には内部に製作会社(製作者)や製作年、シリアル番号、などが書かれたシールが貼られています。この2番目
のチェロには「Copie…Brescia anno 1825」とかなんとか書かれているので、古い名器を模造したものだろうとは
思っていました。そのシール自体はいかにも古めかしく見えるのですが、チェロ本体はどう見ても安く大量生産
された中国製。ちょっと騙された感が残り、がっかり。ま、それ相応の値段だったから仕方ないけど。
 
最初に届いたチェロは、そのシールがないので、どんなものだったかわかりません。でもかなり古いもののよう
、たとえ安いものだったとしても中国で大量生産されたものではなさそう。ただ、届いた時に魂柱が外れていた
のと、全体的に状態が良くなかったので、ダメもとで返品できるか売主に聞いてみました。ダメだったらお金を
かけて修理、手入れをして使おうと思っていたのですが、あっさり返品していいと言ってくれたので、悩んだ
挙句に返すことにしました。修理するにしても数百ユーロはかかってしまいそうなので。
 
それにしても、安く大量生産されたチェロは、ド素人が見ても安物ってわかっちゃうから不思議です。チェロの形
はしているけど、あまりにもチャチすぎて、「どうしてこんなものを作るんだろう」と憤りを覚えるくらい(笑)。丁寧
に作られたものには自然と愛着がわくけど、こういう大量生産ものにはなんの気持ちも沸き起こってきませんし。
でもチェロに限らず、最近のものってほとんどがそう。どれも同じで、早く安く作られていて、時間が経つとさっさ
と使い捨て。そういうものづくりの仕方ってどうよ、とか真面目に考えてしまいます。
 
日本で中古のチェロを扱っている業者のサイトを見ると、入門者用でも15〜20万、ちょっといいものは30〜50
万、100万台も普通にあります。そういう値段のチェロは一台、一台丁寧に作られていて、さらにいい演奏家に
大事に使われてきたら古くても価値は下がらないんだそう。でも、そんなお値段するもの、今だったら買おうと
思えば買えるけど、学生の頃とかだったら絶対無理でした。小さい頃からレッスンを受けて、それで音大なんか
に通って、100万の楽器を買ってもらう、なんていうのは、我が家では絶対無理だったなー、としみじみ。
 
そう考えると、音楽って一部の(お金あるいは才能に)恵まれた人だけのもの、みたいなところがあるような気が
します。安物チェロなんてどうしようもないなー、なんて思ったけど、廉価になったことで、一般人も気軽にチェロ
を習うことができる、といういい一面もあるんだなってふっと考えたり。ネットで検索すると大人になってからチェロ
を習い始める人って意外にいて、いきなり数十万のチェロを買っちゃう人もいるけど、激安チェロでとりあえず、
なんていう人もいます。もちろんいい楽器を持つのに越したことはないけど。
 
結局、今回はネットオークションで失敗してしまい、一番欲しくなかった中国製の安物が手元に残っちゃうわけ
ですが、まぁレンタルしてもお金はかかるわけだし、1、2年使って誰かにあげてもいいかなと思うことに。ってか、
使えるんだろうか、この安物チェロは。
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Mein Cello Nr. 1

今日、間違えて競り落としちゃったチェリのうち、一つ目が届きました。梱包が雑で受け取った瞬間、カラン

コロンと嫌な音が…。激安チェロを買った人のブログで読んだ最悪の事態、チェロ内部に立っている魂柱と
呼ばれる部品(?)が倒れちゃっているに違いありません。魂の柱、というくらいですから、これってかなり
大きなダメージなんじゃないかなー。
 
そもそも楽器というデリケートなものを送るのに、全然クッション材が使われておらず、なんとも雑すぎて腹が
立ってきました。あたかもダンボールの中から救い出すかのようにチェロ本体を引っ張り出しました。古くて
傷んでるけど、いいチェロだったんじゃないかな。ま、素人なのでわからないけど、少なくとも今のレンタル
チェロよりはいい造りのはず。大事に使ってあげれば、きれいな子だったはずなのに。
 
傷も多いし、なんと弦が順番メチャクチャに張られていました。この私にだってどういう順番かわかるのに、
いったいこの子はどんな目に遭って来たんだろう。どんな人に弾かれていたんだろう。その人はもういなく
なって、ずっと放置されてたの?どうしてへんちくりんに弦が張られていたの?まるで虐待されていた動物でも
拾っちゃったかのような気持ちになりました。
 
魂柱は立て直してもらうこともできるようですが、修理代がかかるので、壊れていましたと、とりあえず苦情を
入れてみました。もしかしたら返品が可能かもしれないので。でも、ダメだったら、手入れをして私が使おうと
思います。ちゃんと手入れをして、弾けるようになったらどんな音を出してくれるんだろう、この子。丁寧に修理
して手入れをすればきっと喜んで、いい音を出してくれそう。
 
小中学校で使ったリコーダーやハーモニカ、あるいはお遊びで持っているヤマハのポータトーン以外で、ちゃん
とした楽器を手にしたのはこれが生まれて初めてなのですが、なんか不思議な感じ。まるで生き物と接している
ような気がしてきます。借りているチェロはいかにも量産品、という味気ないチェロのせいか気持ちが通わない
のですが、今日届いたチェロはなんだか悲しげで、私がなんとかしてあげるって撫でてあげたくなります。大事
に使えば古いものほど価値があるという弦楽器。大量生産、使い捨ての時代に、そういうものを一つ(か、二つ)
持ってみるのも悪くないなぁと思いました。
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Cello-Unterricht

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去年からゆっくり習い始めたチェロ、今まで5回ほどレッスンを受けました。が、いまだに4本の弦を
引っ掻くことしかできておりません。最初は平日の夜7時から8時の時間帯に自宅でレッスンをして
もらうつもりでしたが、一回目のレッスンで、上の階に住む住人から即行クレームが。一応、ドイツ
では静かにする時間が定められていますが、それは夜の8時、あるいは10時からです(音の程度に
よるらしい)。「お宅の子供の走り回る足音だってけっこううるさいんですけど」って言ってやりたかった
けど、ぐっと我慢。確かに私が今住んでいるアパートはちょっとした音でもかなり響くし、私が奏でる
雑音が耐え難いのはわからないでもないし...。
 
結局、先生が通っている音大で、部屋を借りてくださることになり、そこで心置きなく騒音を出すこと
できるようになりました。問題は、レッスンがある日はチェロを担いで会社に行かなくてはならない
いうこと。これがけっこうかさばるし、それよりも何よりも目立つんです。ちゃんと弾ける人なら「私は
ミュージシャン」顔でいられるけど、私の場合は...。何しろ引っ掻くのが精一杯なのに、いっちょ前
チェロを持ち歩く、しかもそれが通勤時だから目立つ、目立つ。幸い東京みたいに電車が混まない
からいいけど。
 
毎朝の通勤で顔見知りになっている人に「それ、なーに?ギター?」なんて聞かれました。実際は
ギターよりうんと大きいんですけど、チェロってそれほどメジャーな楽器じゃないんでしょうね。その
次に来る質問が「えー、チェロが弾けるの?」となるので「ううん、弾けません。」とあっさり答えます。
すると相手は目を丸くして「じゃ、いったいどうしてチェロなんか担いでるの?」と聞いてきます。理由
としては「弾けないから習ってる」しかないと思うんですが、まぁ、大人になって楽譜もロクに読めない
のにそんな無謀なことする人なんてあんまりいないんでしょうね。
 
チェロを習い始めて驚いたこと。音楽を習う、続けるってものすごくお金がかかる、ということ。今まで
「あーぁ、小さい頃にピアノなりバイオリンでも習っていればなぁ…」なんて思ったりしたことが時々
ありましたが、現実問題として我が家では無理でした。ピアノを置く場所なんてなかったし、高価な
楽器を買ったりレッスン代を払ったりする余裕も当時はきっとなかった。それも一回買い揃えれば
おしまい、ではなく、維持にも何かとお金がかかるし。だから、「あーぁ、小さい頃に習っておけば…」
いう仮定法過去みたいな後悔の念はなくなり、小さい頃に習えなかったから今習う、に変わりました。
 
チェロを習い始めてわかったこと。私には才能はない、どころか恐らく音楽的才能は平均以下だと
いうこと。どういうわけか理由もなくチェロが好きなので「なんでチェロなんだろう、もしかしたら類稀
なる才能を秘めてるのかも」なんてバカなことを思ったりもしたけど、単なる幻想以外の何物でも
ありませんでした。普通にできそうなこと、弓をまっすぐ引いたり、指で弦を押さえるとかいう基本的
こともなかなかできずに四苦八苦しています。ネットで検索すると、大人になってチェロを始めた人
ブログなんかがけっこうありますが、5回くらいレッスンを受けてキラキラ星やふるさとといった簡単
曲が弾けるようになったりしているよう。それに比べて私は、右手で4本の弦を引っ掻くだけで
一杯。この先、左手を動かし、弦で指を押さえ、楽譜を読みながら、腕だけでなく身体全体を使って
曲を演奏、なんてできるようになるのか疑問ですらあります。
 
毎回毎回、弦を引っ掻くだけでちっとも上達しなくて、言われたこともできなくて嫌になりそうだった
けど、レッスンをただ受けてるだけではダメだなって思って、ちょっとした時間を見つけて家でも練習
するようにしました。とはいっても週に3回は仕事帰りにヨガに行っているし、土曜日はヨガを教えて
いるし、日曜日は音を出してはいけない日だし、空いてる平日はモモ君と会いたいし…。なかなか
時間がないのですが、たとえ10分だけでも、あるいはチェロを触ってみるだけでも違うかなと思って
トライしています。そうしたら次のレッスンが楽しみになり、ちょっとはマシな音が出せるようになって
きているようです。
 
「白鳥」への道はとんでもなく果てしないけど、諦めずに続けたいなぁと思っています。楽器を演奏
するって、いろいろなことを同時に行わなくてはならないのですごく脳にいいような気がするので、
老化防止にもよさそう。ヨガだったら、たいていのことはインストラクターの指示通りにできるけど
チェロはそうはいかなくて、それがもどかしかったりするのですが、でもそれでヨガを始めたばかり
人や上達しない人の気持ちがわかる気もします。何よりも新しいことを始めるのってエネルギー
いるけど楽しいし、刺激的です。もう少ししたらレンタルチェロではなく、マイチェロを買おうかな、
などと検討し始めてもいます。
 

Goldene Zeiten

ホイットニー・ヒューストンが亡くなってしまいましたね。特別大ファンだったわけでもないけれど、その昔、
洋楽が大好きだった頃、けっこうよく聞いていたし、コンサートにも行ったことがあるから、なんだかショック
でした。あれほど輝いていた人が、あっさり命を落としてしまうなんて…。

私が今でも愛してやまないアーティストはジョージ・マイケルです。彼のことを「あの人は今…」的存在に
思っている人もいると思いますが、彼は彼なりにちゃんと活動を続けています。しばらく刑務所に入ったりは
していましたけど…(笑)。彼の場合、もうヒットチャートを気にする必要がないので、ボーカリストとして
歌いたい歌を歌っています。2009年には新しいクリスマスソングもリリースしています。でもそんな彼も、
実は去年の11月に死にかけました。

ジョージ・マイケルは、去年の夏からシンフォニカと呼ばれるコンサートツアーでヨーロッパを周っていました。
オーケストラをバックに歌うという大掛かりなコンサートでした。「フランク・シナトラ路線を行っている」などと
言う人もいますが、歌唱力がウリのジョージだからこそできるコンサートです。11月19日がフランクフルト公演
で、私はそのコンサートのために、反核運動のハイライトとも言える核廃棄物輸送反対運動には参加しない
つもりで、インターン先のハンブルクからそそくさと戻ってきました。ジョージはすっかり、宝田明かと思うような
風貌になっていますが、その歌唱力は相変わらず素晴しいものでした。でもあの日、喉の調子が絶好調では
ないというのは、聞いていて感じられました。



そのフランクフルト公演の後、ジョージは肺炎で倒れてしまい、次の公演予定地ウィーンで緊急入院。集中治療
室に入り、気管切開手術まで受けたようです。本当に生死をさまようくらい危険な状態だったみたいで、死なない
でよかった、と退院後、涙声でインタビューに答えていました。彼はホイットニーとデュエットもしているので、
きっと彼女の死を複雑な思いで受け止めているのではないかと思います。これを機会に麻薬からはきっぱり足を
洗って欲しいです。

さて、洋楽といえば80年代が黄金時代でした。洋楽が好きになって、私は一生懸命英語を勉強しました。学校
では落ちこぼれ気味だったけど、英語だけはけっこう得意だったのは洋楽のおかげです。当時、いろいろな
ヒット曲を聞いては、歌詞の意味を調べて覚えました。若い頃に覚えたからか、今でもそらで歌える歌がいくつか
あります。ジョージの名曲ケアレスウィスパーに至っては、伴奏や振りなんかも丸暗記しているくらいです。
他にも、グループ名は覚えてないけど好きだった歌があります。

その中の一つが「Angel 07」という歌。この歌については、歌っていたのが英語ネイティヴグループでは
なかった、ということくらいしか覚えていませんでした。いったいなんというグループで、どこの国の人だった
んだろう。私はミニアルバムに収録されていた Susanne という歌が特に好きで、今でも一番だけは歌えます。
でもきっとそんな歌を知ってる人もそういない、かな…。

ホイットニーの死をきっかけに、トビと80年代の頃のことを話題にしていたので、試しに Susanne を歌って
聞かせてみました。でもあっさり「知らない」と言われました。音楽事情にはわりと詳しいトビが知らないと
なると単なる一発屋だったのか…。どうしても気になったのでインターネットで調べてみました。

そうしたら、ヒューバート・カーという西ドイツ出身のバンドだった、ということが判明しました。ドイツ人だった
のかぁー。ドイツ語の発音ではフーバート・カー。当時、ニュージャーマンウェーブと呼ばれていた人たち(有名
どころではネーナなど)で、それなりに有名なグループだったそうです。今でもそこそこ活動しているらしいです。
Angel 07」は日本とアメリカで売るための英語版で、ドイツ語では「Engel 07 (エンゲル ヌルズィーベン)」。
私が好きだった歌、 Susanne のオリジナルは Suzanne でやはりドイツ語。20年以上経って(っていうかもうすぐ
30年か…)、オリジナルバージョンを聞けるなんて思ってもいなかった。しかも意味がそれなりにわかるように
なってるし。 v(。・・。)





それにしてもびっくりなのが、その変貌ぶり。ジョージ・マイケルも、昔はあんなに美しかったのに、今では
すっかりおっさんになってしまいました。でもヒューバート・カーのボーカルの人の変わりようはもっとすごい…。
↓の映像を見てください。そりゃぁ、よく見れば、面影は残ってはいるし、もともと若い頃から髪の毛はヤバそう
だったけど…。それにしたって、その体型と服装、あまりにもギャップありすぎやしませんか…?Wikiによると、
彼は80年代後半から鬱になり、しばらく活動を中止していたこともあるようです。やはり若い頃に栄光を手に
入れてしまうと、いろいろあるんですね。(だからって、そんなラフな格好でテレビに出ちゃうのもどうかと思う
けどなぁ…。)



Best Hit USAにも出てました。小林克也、懐かしい…。


ジョージ・マイケルが死ななくてよかった。そして変貌しても、宝田明止まりでよかったとしみじみ思うのでした。

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