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ウルマ(沖縄の別名)は、兄弟姉妹(都道府県)で小さく、身体も弱
い。しかし、兄弟姉妹の為に誰よりも多くの荷物(米軍基地)
を持たされている。
異母兄弟で、長い間別居して暮らしていたウルマ。
父(日本)のもとに強制的に連れてこられた時、それまでの
習俗や言葉、文化・・・全て改めさせられ、他の兄弟姉
妹と同じように(皇民化、同化)なる為に必死に努力してきた。
それなのに父親(日本政府)からは継子扱い。
虐められ、親の身を守る為に盾にされたり、捨てられた
り、時には身売りされた事もあった。
それでも、父親のために兄弟姉妹の為に必死に尽くし てきた。
おとなしいウルマであったが、もうこれ以上の負担に耐
えられなくなって、もう少し考えて欲しいと声をあげた。
寝んだりーしが、他人 殺るちぇー 寝んだらん』 殺されても・・・ ttp://blogs.yahoo.co.jp/xiuwa3001/15499544.html
と言う精神から、他の兄弟の誰にも同じ苦労をさせたく
なかった。だから、整理縮小を訴えて来たのだが、無視
され誰も聞く耳を持たない。
ウルマは考えた。もう一度別居(独立)するしかないかもし
れないし、全ての荷物を放棄(止むなく基地全面撤去を言う)するし
か(他の兄弟に負担をお願いするしか)方法がないかもしれない。
そして訴えた。
すると兄弟姉妹より、“駄々を捏ねる”奴。また“甘えん
坊”と言われ白い目で見られる。
それでも、訴えつづけると。。。
父親から少し色をつけてアメと小遣いを与えられ、我慢
しろと言われた。
それでも・・・・・。
ウルマは負担を軽くて欲しいと訴えた。
今度は、ウルマは“ゆすりたかりの名人”と非難される。 どのように非難されても、誹謗中傷されてもウルマは言
い続けた。。
親、兄弟は『ウルマにはどれだけお金を掛けたと思って
いるんだ?』と・・・
しかし、ウルマに与えられたお金は、あれこれ理屈を付
けて親、兄弟が吸い上げてウルマには殆ど自由に出来
なかった。
父親はウルマ言った。。
『甘ったれるな!お前に特別小遣いをあげているんだ』
ウルマ、
『甘えているのはどっちだ!俺にだけ荷物を押し付けと いて、もう自由に使えない特別な小遣いは一切要らな
い、その代わり荷物を全部引き取れ!身軽に、自由に
してくれ!』と叫んだ。。
父親、
『ウルマは親に反発(反日)して良いと思っているのか? 母親(中国)のから逃げるために、我慢しろ!』
父親はさらに続けて、
『刎頚の友(運命共同体)のイーグル(アメリカ)に反発(反米)して、 関係悪化させて良いと思っているのか?』
ウルマ、 『別に反発(反日、反米)ではない、もう我慢出来ないから 言っているんだ!』
それ以降、父親はウルマと対話拒否。
何度も話し合いを求めたが、父親はあまり口をきかなく
なった。。
父親、
『右手に持っているものを左手へ、左手のものを背に担 いで負担を減らそう』
ウルマ、
『それでは何の意味もない、別の兄弟に持たせてくれ』 父親、
『それが唯一の解決策。それが嫌なら代案をだせ。』 ウルマ、
『代案をだせ?そもそも、好んで持ったことはない、無理 やり貴方に持たされているものだ』
ウルマは思った・・・・。
琉球は日本国を父とし、中国を母として誕生し育ってき
たと思っていた。
しかし・・・
母親(明国、清国)は二度もウルマを見捨てた。
それなのにウルマの財産(尖閣諸島)を狙って掠め取ろうと
している。
父親からは虐められ、盾にされ捨てられた。
友人のイーグル(アメリカ)と大喧嘩した時、父の盾にされ、
徹底的にやられて瀕死の状態で生きているのもやっと
であった。
そして仲直りの証にイーグル家へ身売りされた。。
その友人の家では、ウルマは散々馬鹿にされ虐められ
、陵辱されてきた。
また昔は、兄の隼人(薩摩)にも長いこと、いたぶられてき
た。
今までウルマが、父親や兄弟姉妹に誠を尽くしたのは、
一体何だったのだろう?
慟哭と忍従の歴史は一体何だったのだろう?
決して反日や反米ではないのに。。。
同じ苦難の道なら再び独立しかないのかも?・・・
と考え始めた・・・
そのように仕向け追いやっているのは、他ならぬ日本
政府である。
独立すれば一番困るのは誰か?
沖縄も困るだろう。アメリカも困る。。
でも、もっとも一番困るのは日本政府であろう。。。
桃香苺ミルクo(^-^)o
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ご指摘の通りの経過も、経緯も、良く分かります1999年平成11年6月11日聖教新聞 の随筆、新・人間革命 作者 法悟空 テーマ:【幸福の島・沖縄】からの抜粋ですが、デンマーク出身の平和研究者でヤン・エーべリ博士は、こう語られたそうです。恩納村の沖縄研修道場にある、かっての米軍のミサイル基地の跡地は、冷戦下にはミサイルは中国に向けられていた。【ここに立つと、核時代の狂気が見えてきます。戦争のための基地を、平和を発信するセンターに転換させたSGI会長の着眼、発想に敬意を表したい、一念が変われば、国も変わる、必ず、涙の歴史を転換していけることを厳然と示したかった。、(戦争と暴力に蹂躙された慟哭の二十世紀)をも変えていくという誓願なのだ。また、武力でなく、文化の宝で(万国の架け橋)たらんと志したのが【世界の沖縄】の心であった。イチャリバ・チョーデー(行きあえば皆、兄弟)との言葉のごとく【文化の薫風】であった。平和こそ、文化の華の大地である。そのうえで、【人間】を大切にし【文化の要塞】こそ【平和の要塞】の磐石なる礎となるのである。今、沖縄に新しき【平和の文化】の太陽は昇り始めた
2015/5/7(木) 午後 11:31 [ とら_さん( akaikuma_7) ]
akaikuma_7様
桃香苺ミルクo(^-^)o
コメントありがとうございますヽ( ^∀^)ノ
文化・・文を持って化する、文化力ですね。。
沖縄は琉球王朝時代より、武に依らず常に文化で
対応してきました。その事が逆に災いして、武力に依って
侵略され蹂躙され、陵辱を受け続け忍従を強いられてきました。
そんな屈辱にまみれでもなお、武に依らず文化の力で
この世界を武化から文化の世に転換しようとしています。
この尊い行為を馬鹿にし嘲笑って来たのが、大和んちゅです。。
しかし、世界の識者、良識ある人たちは気づき始めています。。
2015/5/8(金) 午前 10:27
実は、もっと、本文を、書いていたのですが、コメントの文字が500字までと、制限が掛かりました。随分、本文を、削りました。読みずらいところは、ご容赦下さいませ。

2015/5/8(金) 午後 0:05 [ とら_さん( akaikuma_7) ]
akaikuma_7様
桃香苺ミルクo(^-^)o
ミサイル基地の跡地は、何度か行った事あります。
戦争と暴力に蹂躙された慟哭の沖縄。。
ミサイル基地から見える青い海、空。。
僅か70年前に血に紅く染まった事を想うとき。。
権力者の狂気を感じます。。。
2015/5/8(金) 午後 2:57
米軍が核巡航ミサイル【メースB】の発射基地として使用した要塞でした。【戦争の基地】を【平和の発信地】へ思想は…パグウオッシュ会議のロートブラット博士は、その思考に感嘆された。【常に平和のことを真剣に考えている人でないと、思い浮かばない発想です。】と…この記事は、2015年平成27年3月12日の聖教新聞から【第14回 沖縄・香峯子蘭園 の(花は心 木は命)の中からで、反戦と友情の誓いを映して…の論文の中からです。

2015/5/10(日) 午後 10:13 [ とら_さん( akaikuma_7) ]
akaikuma_7様
桃香苺ミルクo(^-^)o
ありがとうございますヽ( ^∀^)ノ
2015/5/11(月) 午後 0:38