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人類初、空を飛んだ琉球人
人類史上初めて、空を飛んだのは琉球人?
ハングライダーを発明した、オットー・リリエンタールが、 空を飛んだのが、1894年。
ライト兄弟が動力付飛行機で飛んだのが1903年。
しかし、琉球にそれより以前に有人飛行をさせた親子が
います。
飛び安里親子です。
安里周當[乾隆30年(日本の明和2年、1765年)生〜道光3年(日本の文政6年、1823年)没]
は琉球王家御用達の腕利きの花火師。首都の首里か
ら沖縄本島南部の南風原に移住し、津嘉山にある高津
嘉山から何度も飛行を試みたといわれます。
安里周當は凧のような簡素な、飛行機械を使い妻に命
綱を持たせて、何度も飛行実験を繰り返し失敗。。
そんな周當に対して周りの人々は「変わり者だ。」「飛ぶ
なんて不可能に決まっている。」と口々にしたと言われ
ます。。
しかし、それに対し周當は「やってみて失敗したところ
で、初めからやろうとしないより、どれほどましなこと
か。」と口癖のように言ったと言われています。
「飛び安里」が飛んだとされる飛行機械は鳥のように翼
を羽ばたかせながら飛ぶ「羽ばたき式飛行機」。
弓の弾力を活かし、鳥の翼を模した羽を付け、その羽
は足を上下させて動かしました。
風を受けて凧のように揚がったと思われますが、予想
以上に高く上がってしまったため、命綱を託されていた
妻があわてて綱を引っ張った、それでバランスを崩して
落ちてしまったと云う逸話も残っています。
なかったが、後に人々は周當の飛ぶことに対する情熱
や努力を敬い、誰ともなく周當の事を「飛び安里」と呼ぶ
ようになったと言われています。
人類初、空を飛んだ琉球人Ⅱ
桃香苺ミルクo(^-^)o
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琉球の歴史を創った人々
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ここ琉球の歴史を創った人々の
書庫では
琉球、沖縄の歴史を
創ってきた人物を紹介して
いきたいと思います。
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