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太陽が生まれ変わる日
沖縄では、冬至を冬至正月ともいいます。
むかしは天神を祭る行事が盛大行われ、また琉球王府
も元日と同様の行事を執り行っていたようで、琉球国の
正史として編纂された史書「球陽」にも、「元日も冬至の
例に照らす。冬至元旦には、王は百官を競い、その年
の歳徳方位に向って拝礼し、もって朝賀をなす」と記さ
れています。
昼間が一番短く、夜が一番長くなる冬至日は太陽が生
まれ変わる日といわれます。
沖縄では「若太陽」と表現され、「ワカティーラ」、「ワカテ
ィーダ」、「ワカテダ」などと言われています。
世界遺産の「中城(ナカグスク)」では「わかてぃだ」を見
る集いが行われます、その紹介動画です。
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桃香苺ミルクo(^-^)o
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琉球・沖縄の祭祀儀礼、年中行事
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トゥンジー
今日12月22日は冬至ですね。。
桃香が Yahoo!に来て、13回目の冬至。。。Yahoo!ブログに来て、6回目の冬至です。。
13年前(平成14年)の冬至に、桃香が何処で何をしていたか?
そして、何を書いていたか?知っている、お友達。。 もう、貴方は変態レジェンドです。。
7年前(平成20年)の冬至に、私が書いた記事を読まれた、お友達。。 貴方はもう、変態仮面です。。 ご愁傷様。。。否!ヽ(〃'▽'〃)ノ☆゚'・:*☆おめでとうございます♪
o(^▽^)oニャハハ。。。 その他の皆様、年末で忙しいと思いますが、
絶対に無事故で良い年末年始をお過ごしください。
沖縄語言葉で、冬至(トゥンジー)といいます。
冬至の日は冬至雑炊(トゥンジージューシー)を作って、
祖先にお供えしたり、火ぬ神(ヒヌカン) にお供えする習
慣があります。
トートーメーにお供えの一例
トートーメーとは、尊いものという意味で、神仏(カミフトゥ
キ)や仏壇(ブチダン)、位牌(イーフェー)などをトートー
メーと言います。。ちなみに幼児語で「お月さま」の事も
トートーメーと言います。
ヒヌカンにお供えの一例
ヒヌカン(火の神)は竈神(カマド神)を祀ったものです。
家庭で祀られる最高神とされ女性が守るものです。
ジューシーは日本語に訳すると、 一、炊きこみ飯。 二、雑炊。おじや。などとなります。
炊きこみ飯はクファジューシーとも言われて、“硬い雑
炊”という意味です。
クファジューシー
雑炊やおじやはヤファラジューシーとも言われて、“や
わらかい雑炊”という意味です。
また、最近はヤファラジューシーのことを、ボロボロジュ
ーシーまたは、ジョロジョロジューシーと言ったりしてい
るようです。地域によっても違います。。
ヤファラジューシー
一般的なクファジューシーの作り方。。。
みさんも冬至の日には、ご先祖様を偲び感謝の気持ち
をささげるのも、いいかもめ?
桃香苺ミルクo(^-^)o
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首里古式行列
11月3日かつての琉球国の王都首里で、初行幸を再現した古式行列祭りが行われました。
桃香も一度は見学したいと思いましたが、なかなか叶わず。。
でも今年ようやく実現しました。
以下の画像は私が撮影したものと、侍女なつみが去年撮影したもの、
そしてネットから拾った(無断掲載)ものも混じっています。
この祭りは琉球国時代、国家の安泰と農作物の豊作を祈願する為に、正月の三日、国王が円覚寺、天王寺、天界寺を参詣する初行幸の儀式「国王御三ヶ寺参詣行列」を再現したものです。
毎年11月3日に行われ、今年(平成26年)で49回目。
起源は尚眞王時代{在位:成化13年(1477年、日本の文明9年 )〜嘉靖5年12月11日(1527年、日本の大永7年)}に、三司官の毛氏澤岻親方(もううじたくしうぇーかた)が明(中国)より、最上の金張りの駕籠「御轎(ウチュウ)」を購入して本格的に始められた。
正殿と御庭(ウナー) 御庭の真ん中には、正殿から御庭への入口である奉神門まで続く「浮道」と呼ばれる道があります。何故に浮道と言われるようになったかと言いますと、元々この道は盛土して高くしてありました。それで周囲より浮いて道があるので浮道と言われたと言います。
諷仲門(ウテーナカジョウ)の先導で摂政(シッシー)、三司官(サンシクヮン)などの王府高官が奉神門から浮道を通って、国王(ククオウ)を迎えに正殿へ。 ※摂政。。日本では天皇が何らかの理由で任務が遂行できないとき、その代理として摂政が置かれましたが、琉球国では常設の役職です。
琉球で最高位の官職ですが、一部の例外を除いては、儀礼的、形式的な役職であったと言われています。
※三司官。。首里王府の実質的な行政の最高責任者です。摂政が総理大臣なら、三司官は各国務大臣です。しかし、事実上の総理大臣に当たるのが三司官でしょう。
『御主加那志前(ウスガナシーメー)御立ちぬ(ウッタチヌ)時刻(ジコク)、ナトーヤビーン』(国王様、出発の時刻になっております。)と
口上を述べる。 そして礼(ブリー) ※口上は儀式の最中に二度聞いたので間違いないと思いますが、もしかしたら聞き間違いがあるかもしれません。ご存知の方はご教示下さい。
先頭が先導役の諷仲門(ウテーナカジョウ)、真ん中が摂政(シッシー)そして若衆とつづく。。
戸が開き天加那志(ティンガナシ)の御出座 ※本来、首里天加那志(スイティンガナシ)(国王)が行幸の時、王后は同行しません。しかし、お祭ですから、王后も行幸に加わります。
また、三名いる三司官(サンシクヮン)の一人は、留守番役で王府内で執務していたと言われますが、やはりお祭りですから、三司官の三名とも行列に加わります。
国王一行は奉神門へ 古式行列 2
桃香苺ミルクo(^-^)o
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あの世の正月
沖縄の暦で今日は1月16日、という事は昨日は15日です。
琉球國時代は、一部の人たちは閙元宵を楽しんだのでしょう。。
しかし、現在の沖縄には元宵節を祝う習慣は伝わっていません。
宮廷楽、閙元宵。。
正月15日まで、生きている人たちが祝い楽しんだあとはジュールクニチー
(1月16日)、グソーソーグヮチ(あの世の人たちの正月)です。
沖縄(と言えば本島の事)は地域でばらつきがある様で、簡単に済ますとこ
ろが多いようですが、宮古、八重山地方などでは今も盛んに行われていま
す。数年前に宮古の人から聞いた話しでは、現在は簡単に済ませるが、
(と言っても沖縄の清明祭のように盛大にする。)昔はもっと凄かったと言い
ます。晴れ着で大勢の人が墓に集まり、ご馳走を並べて三線を弾き、唄を
謡い踊り盛大にジュールクニチーをお祝いしていたと言います。しかし、今
では普段着でかつてほど騒がなくなったと言います。
ちなみに、八重山毎日新聞社は、十六日祭や旧盆は休刊日です。。
その日を休刊とするのは新聞協会加盟社の中でも唯一と思われる。 中国式のでかい線香や、沖縄のヒラウコウを焚き、また紙銭を焼きあの
世にお金を送るのです。
あの世のお金、丁寧に言うと、『ンチャビ』と言います。
他に『カビジン』または『ウチカビ』あるいは『カビアンジ』などと呼ばれています。
沖縄(沖縄本島)のジュールクニチー
墓参りは清明祭の時に行うため、ほとんどが仏壇にお供えして済ませる。
自分の島から離れて沖縄(沖縄本島)に住んでいる人たちは、ミーグシク
(又はミーグスク、三重城)でお参り。。
桃香苺ミルクo(^-^)o
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美御水(ヌービー)
首里城への美御水(ヌービー)の奉納。
琉球王朝時代、元日に国王がウビーナディー(お水撫
で、神聖な水を中指で額に3回つける作法)を行った。
若返りの水を浴びた効果があるといわれ、そのお水
は、首里城より本島北部、子の方(ねのほう)にある、
国頭村辺戸の琉球開闢の聖地、アスムイ(安須森)まで
使者をおくり、アスムイの麓、辺戸大川(ウッカー、神名
アフリガー)の水を汲み、国王の新年のスディミズ(若水)
として献上した。
桃香苺ミルクo(^▽^)o
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