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丘の一本松
2015/11/26(木) に掲載した丘の一本松ですが。。
以前は大宜見小太郎、大宜見静子、北島角子が出演する、丘の一本松
がありませんでした。良介役やっている八木政男が渡久地小の主役の丘
の一本松の動画でした。沖縄語を分からない方は、この動画は字幕付き
で分かりやすかったと思います。ですが残念ですが削除されています。。
今回は、私の好きな大宜見小太郎夫妻の動画はありますが、今度は残念
ながら字幕がありません。
私が日本語に翻訳しても良いのですが、体力、気力がありません。申し訳
ございませんm(__)m
言葉は、沖縄語の中で、沖縄本島の中部、北谷地方の方言です。。
丘の一本松
当時の芝居は大筋に沿って、セリフはほぼアドリブで掛け合いでした。
ですから、演じられる度に多少の違いは出て来ます。
配役
渡久地小の主 大宜見 小太郎。。。アンマー 大宜見 静子。。。
息子 良介 八木政男。。。良介の妻 玉那 覇子。。。
良介の妹 島袋 ゆかり。。。老婆 北島角子。。。
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組踊り・沖縄芝居・民俗芸能
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じぃーちゃんばぁーちゃんの喜劇
沖縄語分からないとつまらない笑いシリーズ。でm(__)m。。
ウチナー喜劇「じぃ ちゃん、ばぁちゃん」
面白かったのですが。。
文章にするのは面倒なので<m(__)m>
桃香苺ミルクo(^-^)o
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沖縄芝居
うちなーしばい
沖縄芝居は明治期に作られた、ウチナーグチによる大衆演劇のことです。
沖縄県設置後、禄を失った士族のうち芸に堪能な者が集まって、那覇市
中の思案橋や仲毛(なかもう)にかます囲いの芝居小屋を仮設して踊興行
をはじめたのがきっかけで沖縄芝居が始まっていきました。
明治15年(1882年)頃。当初は組踊、端踊をもっぱら演じていましたが、
大衆の嗜好に応えるため民謡、流行歌の類を三線にのせて芭蕉衣や絣
着の百姓娘と町女が軽快に踊る姉小舞(あんぐわもうい)を創作上演した
り、当時隆盛の廓の遊女の風姿を描いた踊りや遊女と客の交情を描く劇
舞踊などを演じて人気を博しました。。
沖縄芝居は「歌劇」と「沖縄語せりふ劇」に大別できます。。
『歌劇』は歌、所作、舞踊、せりふなどで組み立てられた歌舞劇です。
『せりふ劇』は、沖縄の役者たちが「演劇改革」と称して日本へわたり、歌
舞伎や新派演劇の影響を受け、それを沖縄古来の演劇に加えて創案した
のがせりふ劇です。
初期の頃は短編の作品が多く、本格的な歌劇の登場は明治40年代ころ
からで、日常生活語を基本に演じられてきました。
脚本が書かれることは少なく、細部はそれぞれの役者にゆだねられること
が多かった。
現代はウチナーグチを理解する世代の減少などで衰退を余儀なくされて
います。
しかし、沖縄の芸人が演じている喜劇や、また吉本興業のおきなわ新喜劇
も大きな意味で沖縄芝居と桃香は思います。明治期に演劇の新しい流れ
が起こったように、平成期に沖縄芝居もお笑い人情劇という新しい流れが
出来たと思います。
桃香苺ミルクo(^-^)o
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