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沖縄戦世の時代

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昭和19年10月10日の沖縄大空襲から、沖縄守備の日本軍の降伏調印により、沖縄戦が正式に終結した昭和20年9月7日までの沖縄戦の時代。

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学徒隊の配属部隊



学徒隊の配属部隊


第10方面軍(台湾)隷下の第32軍(沖縄守備軍) 通称:球部隊


☆第32軍司令部直轄部隊 通称:球部隊

男子学徒隊が配属された部隊。

第三十二軍司令部に、配属の学徒隊⇒師範鉄血勤皇隊、水産通信隊。

第二野戦築城隊、配属⇒師範鉄血勤皇隊。

独立重砲兵第百大隊、配属⇒一中鉄血勤皇隊。

野戦重砲兵第一連隊、配属⇒一中鉄血勤皇隊。
 
独立測地第一中隊、配属⇒一中鉄血勤皇隊。

第五砲兵司令部、配属⇒一中鉄血勤皇隊、工業通信隊。

独立工兵第六十六大隊、配属⇒一中鉄血勤皇隊。

電信第三十六連隊、配属⇒一中通信隊。

第三遊撃隊、配属⇒三中鉄血勤皇隊。

第四遊撃隊、配属⇒水産鉄血勤皇隊。

第十九航空地区司令部、配属⇒農林鉄血勤皇隊。

女子学徒隊が配属された部隊。

沖縄陸軍病院に配属の学徒隊⇒ひめゆり学徒隊。

第三十二軍司令部経理部、配属⇒ひめゆり学徒隊。

沖縄陸軍病院名護分院、 配属⇒なごらん学徒隊。


☆第62師団 通称:石部隊

男子学徒隊。

歩兵第六十四旅団独立歩兵第二十二大隊、配属⇒商工鉄血勤皇隊。

歩兵第六十四旅団独立歩兵第二十三大隊、配属⇒開南鉄血勤皇隊。

第六十二師団通信隊、配属⇒二中通信隊。

女子学徒隊。

六十二師団野戦病院、 配属⇒瑞泉学徒隊、梯梧学徒隊。


☆第24師団 通称:山部隊

男子学徒隊。

第二十四師団司令部、配属⇒開南鉄血勤皇隊。

輜重兵第二十四連隊、配属⇒工業鉄血勤皇隊。

女子学徒隊。

第二十四師団第一野戦病院、 配属⇒白梅学徒隊。

二十四師団第二野戦病院、 配属⇒積徳学徒隊。


独立混成第44旅団 通称:球部隊

男子学徒隊。

独立混成第四十四旅団司令部、配属⇒商工通信隊。

第二歩兵隊、配属⇒二中鉄血勤皇隊、三中鉄血勤皇隊、三中通信隊、農

林鉄血勤皇隊。

独立混成第十五連隊、配属⇒商工通信隊。


☆独立混成第45旅団 通称:球部隊 石垣島配備

石垣島

男子学徒隊。

独立混成第四十五旅団司令部、配属⇒八重農鉄血勤皇隊、八重山中鉄

血勤皇隊。

女子学徒隊。

船浮陸軍病院、海軍病院、 配属⇒八重山高女学徒隊。


☆第28師団 通称:豊部隊 宮古島・大東島配備

宮古島

男子学徒隊。

第二十八師団通信隊、配属⇒宮古中鉄血勤皇隊。

女子学徒隊。

第二十八師団第二野戦病院、 配属⇒宮古高女学徒隊。

第二十八師団第四野戦病院、 配属⇒宮古高女学徒隊。

宮古島陸軍病院、 配属⇒宮古高女学徒隊。

石垣島

女子学徒隊。

第二十八師団第三野戦病院、 配属⇒八重山高女学徒隊、八重農女子学

徒隊。



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女子学徒隊



戦場に動員された21校の学徒隊
学徒隊が動員された、学校名及び部隊名(学徒隊通称)、動員数


二、女子学徒隊

女子学徒隊が動員された、学校名及び部隊名(学徒隊通称)、動員数(教

師の動員数は除く)。

※沖縄戦で戸籍などの公文書等が灰燼に帰した事などの諸事情で、正確な動員数など分からなくなっている事もあり、不明であったり、諸説(最近になって動員されたと判明する場合もある為)あるものについては併記しました。
※日本政府は戦後70年以上経っても
沖縄戦の被害状況を調査しようともしませんhttps://blogs.yahoo.co.jp/xiuwa3001/21620963.html


1、沖縄師範学校、女子部。 ひめゆり学徒隊 157人。

2、沖縄県立第一高等女学校。 ひめゆり学徒隊 65人。

3、沖縄県立第二高等女学校。 白梅学徒隊 46人。

4、沖縄県立第三高等女学校。 なごらん学徒隊 10人。

5、沖縄県立首里高等女学校。 瑞泉学徒隊 61人。

6、沖縄積徳高等女学校。 積徳学徒隊 25人。

7、昭和高等女学校。 梯梧学徒隊 17人。

8、沖縄県立宮古高等女学校。 宮古高女学徒隊 48人。

9、沖縄県立八重山農学校。 八重農(女子)学徒隊 16人。

10、沖縄県立八重山高等女学校。  八重山高女学徒隊 約60人。


女子学生は、看護要員として県内各地の陸軍病院壕などに配置されまし

た。負傷した日本兵の手術補助や排せつ物の処理、飯上げ、水くみなど

が主な役割。配属された部隊によって、女子学徒隊の扱いも大きく異なっ

ていたと言われています。壕の奥の安全な場所から出ないように言われ

大事に扱われた女学生もいれば、厳しい部隊長の下で従軍した女学生た

ちは、敵の砲弾が雨あられのように降る中、芋を掘りに行かされたり、水を

汲みに行かされた学徒隊もあった。





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戦場に動員された21校の学徒隊
学徒隊が動員された、学校名及び部隊名(学徒隊通称)、動員数


一、男子学徒隊

男子学徒隊が動員された、学校名及び部隊名(学徒隊通称)、動員数(教

師の動員数は除く)。


沖縄戦で戸籍などの公文書等が灰燼に帰した事などの諸事情で、正確な動員数など分からなくなっている事もあり、不明であったり、諸説(最近になって動員されたと判明する場合もある為)あるものについては併記しました。
※日本政府は戦後70年以上経っても
沖縄戦の被害状況を調査しようともしませんhttps://blogs.yahoo.co.jp/xiuwa3001/21620963.html

1、沖縄師範学校、男子部。 
師範鉄血勤皇隊 386人。

2、沖縄県立第一中学校。 
一中鉄血勤皇隊・一中通信隊 371人、または273人。

3、沖縄県立第二中学校。
二中鉄血勤皇隊・二中通信隊 140人、または144人。

4、沖縄県立第三中学校。 
三中鉄血勤皇隊・三中通信隊 344人、または363人。

5、沖縄県立農林学校。
農林鉄血勤皇隊 130人、または173人

6、沖縄県立水産学校。
水産鉄血勤皇隊・水産通信隊 48人、または49人。

7、沖縄県立工業学校。
工業鉄血勤皇隊・工業通信隊 97人、または94人。

8、那覇市立商工学校。
商工鉄血勤皇隊・商工通信隊 動員数不明、戦死者114人。

9、開南中学校。
開南鉄血勤皇隊・開南通信隊 不明、または81人。

10、沖縄県立宮古中学校。
宮古中鉄血勤皇隊 不明。

11、沖縄県立八重山中学校。
八重山中鉄血勤皇隊 不明、または20人。

12、沖縄県立八重山農学校。(男子)
八重農鉄血勤皇隊 不明。

男子学生は、上級生は鉄血勤皇隊として、下級生は通信隊として戦闘に

参加、陣地構築や弾薬運搬、伝令や通信、戦車への斬り込み攻撃などを

行った。戦車への斬り込み攻撃というのは、木箱に10キロの火薬を入れ

た「急造爆雷」を背負って戦車に体当たりして爆破。装甲の厚い戦車車体

ではなく、キャタピラの切断を狙って、轢かれるようにして爆死。そのため

には身体が小さいほうが潜り込み易いとの理由で、少年達が多く斬り込み

を命じられた。







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学徒隊



学徒隊


沖縄地上戦では、一般住民も巻き込まれ、老幼婦女子

までも戦力化して敵前に送り込まれました。妊婦が斬り

込み攻撃する、また中等学校なども学校ぐるみで生徒

を前線に送り込むという悲劇も起こり、大規模で長期に

わたっての苛烈な戦闘が繰り広げられました。

沖縄に配備された日本軍の任務は、沖縄を守ることで

はなく、米軍を一日でも長く沖縄に引きつけて「出血消

耗」させ日本本土決戦を遅らせるための持久戦でした

その様な状況で学生2000人余り(正確な数は把握できていない)

が「鉄血勤皇隊」、「女子学徒隊」などに動員され、半数

以上が亡くなりました。

大東亜戦争(太平洋戦争)末期になると、戦況悪化、長期化

により兵士が不足。そこで陸軍省は、省令を発して、施

行規則を改正、昭和19年(1944年)12月の陸軍省令第5

9号「陸軍召集規則」改正および第58号「防衛召集規

」改正で、一部地域のみ防衛召集の対象年齢を引き

下げた。この一部地域とは、日本帝国本土とは区別さ

れた地域で沖縄県、奄美群島、小笠原諸島、千島列

台湾などに限り、17歳未満(14歳以上)であっても、志

願した者は、防衛召集できるとされました。

当時、内務省は陸軍省令は憲法違反の疑いもあり、ま

た“志願”が強制される懸念も示していました。

果たして、沖縄県では内務省の懸念は現実のものとな

りました。“学校ぐるみ”での学徒隊の編成ということ自

体が強制の契機ともなり、また学校や配属将校が勝手

に印鑑をつくり「志願」のために必要な親権者の承諾書

を偽造するなど、「事実上の強制」と云われるような事も

起こりました。

※ちなみに、戦後厚生省は、遺族補償に関して、鉄血勤皇隊における17歳未満の少年の防衛召集に法的手続きに問題があり、無効な防衛召集であったとして、鉄血勤皇隊の少年たちの軍籍を認めようとしなかった。
(結局は政治的配慮から「事実に基いて、軍人として処理すること」とした)





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住民を巻き込んだ悲劇



住民を巻き込んだ悲劇
沖縄戦 その時歴史が動いた

動画はこちらhttps://youtu.be/eNYl8m_tyRQ


昭和19年(1944年)3月22日、

大本営直轄の沖縄守備軍第32軍が沖縄に新設。

第32軍の任務は「皇土防衛」であり、沖縄戦における

使命は「国体護持」の為、米軍に甚大な損害を与えて、

少しでも終戦を有利に導くこと。そこで、第32軍は「軍

官民共生共死の一体化」の方針で住民指導にあたるこ

とに。沖縄の民は「皇室国体に関する概念、徹底してお

らず」、「命をかけて国を守る」、「天皇のために命をかけ

る」いう意識が乏しい土民と日本軍部からは考えられ

ていました。

そんな沖縄の土民は信用できない、住民を動員して「皇

防衛」するには、軍も官も民も共に死ぬまで戦うという

導が最も有効であると考え、第32軍司令官、牛島満

は着任後、「現地自活に徹すべし」、「一木一草にいたる

で戦力化すべし」と訓示を出しました。


昭和19年(1944年)10月18日に「兵役法施行規則」

10月19日は「陸軍防衛召集規則」を改正。

「兵役法施行規則」は徴兵年齢を満17歳に引き下げる、

「陸軍防衛召集規則」では、防衛召集の対象を17歳か

ら45歳までの国民に適用することとした。


昭和20年(1945年)2月、沖縄県は戦時行政に移行し

県下市町村単位の国土防衛義勇隊を編成。

男性は17歳から45歳、女性は17歳から40歳が現地

召集の対象とされましたが、実際には15歳以下の子

どもや60歳以上の老人も含まれていました。


昭和20年(1945年)2月14日。

日本の敗戦色は日増しに濃くなっていき、天皇の側近

「敗戦はもはや必至なり・・・・戦争終結の方途を講ず

べきものなり」と進言。

天皇は「もう一度戦果をあげてからでないと話はむつ

しいと思ふ」と述べ。日本の上層部は戦後、天皇制を

いかに維持していくかと苦心しつつ、沖縄戦「出血・持久

に突入していった。


「現地自活に徹すべし」戦闘に必要なものは現地調達

せよということだった。学校や民家が日本軍に使用さ

れ、食糧は住民に供出させた。

「主陣地以外ハ成シ得ル限リ土民ヲ利用ス」 と沖縄の

“土民”は老若男女、国民学校の児童まで徴用され、男

子学生は「鉄血勤皇隊」「通信隊」などに、女子学生

「従軍看護隊」として学徒隊に編成され、学徒たちは

法的根拠もないまま戦場へ送り込まれ、陣地構築、

令や通信、物資運搬などの作業に従事させられました。

また、戦車への斬り込み攻撃も命じられ多くの戦死者を

出しました。さらに老人、女性、そして子供までを「戦力

化」して、戦場に送り込み、なかには妊婦の女性までが

爆弾を背負ってお腹の赤ちゃんとともに米軍に突撃して

います。

このようにして日本軍、日本政府は「皇土防衛」の為に

縄の住民を「根こそぎ動員」していったのです。



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