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古代中国と宮古
中国最古の王朝と言われている「商殷」[紀元前17世紀頃〜紀
元前1046年]長いこと伝説の王朝と思われていましたが約
100年程前に殷墟が発見され、発掘作業が開始されま
した。それにより首都の遺跡(殷墟)であることが確認さ
れ実在した王朝である事がわかりました。
殷墟からは漢字の元となった甲骨に刻まれた文字や玉
石器、石彫類、貨幣(異説もあります)として使用された寳貝も
出土しました。財宝をあらわす漢字に、財、貯、資、貸、
賃など貝の文字が使われているのは貴重な貝が貨幣と
して使用されていた名残と言われています。
商(殷)王朝の貨幣にタカラガイが使用されたのは、中国
沿岸には生息しない貴重なものだったからです。
では、どこから入手したのか?
タカラガイは岩礁やサンゴ礁を好んで生息します。
それで沖縄の宮古諸島近海で採取されたものと思われ
ます。
タカラガイのことを宮古語でスビ貝と言います。
貝が貨幣として使われた時代は長くは続かなく、やがて
青銅製のものにとって代わられました。
※アサギ
民俗学者の柳田国男先生は、中国から宝貝を求めて
やってきた殷の人々が、宮古諸島に滞在した事に注目
し、「海上の道」において、「中国で貨幣とされた宝貝を
中国南部から宮古に求めにきた人々が伝え、稲作栽培
が島伝いに日本列島を北上し伝えられた」という稲作伝
来の南方ルートを唱えました。
※アサギ 沖縄語でアサギ とは、母屋の前に建てられた小さな家、離れ、離れ座敷のことです。このブログでは、『ちなみに』と言う意味で使っています。
桃香苺ミルクo(^-^)o
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宮古列島
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